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01.ゴメンね。ありがとう。

「今日の売り上げもまぁまぁだったな」


 雫はお昼過ぎのオフィス街から戻り、小さな屋台を自宅のガレージに入れながら呟いた。


 東雲雫しののめ しずく 二十三歳。

 実家は商店街にある昔からある弁当屋、東雲弁当。

 両親はおかげさまで二人とも元気で、妹の茜の二人姉妹。四人家族である。


 小さい時から家業を手伝って、料理の腕前はそこそこ。長女の自分がその内家業を継ぐのだと昔から薄っすら考えていたのだが、それはまだ先の話だと思っていた。

 しかし大学を卒業した後就職した会社が不況のあおりを受け、あっけなく倒産してしまったのを機に、予定より早いが腹をくくって実家の弁当屋を継ぐ話し合いを両親と始めた。


 話し合いの結果二人ともまだ元気だし、まだまだ店で働きたいというので、自分は武者修行のつもりで移動式の弁当屋を始めることにした。


 移動式弁当屋を始めてからというもの、売り上げの計算や仕入れに献立。今では慣れてきたが、始めた頃は出店を予定している地域の保健所に飲食店営業の許可を取ったりと思ったよりもやることが多くびっくりしたものだった。

 

 そしてそんな忙しい中でも、近所に住んでいる友人と飲む時間はある。

 その日も雫は高校時代からの親友のエリと一緒に、地元の駅前にできた少しおしゃれなバーに飲みにやってきていた。


「雫知ってる? なんか昨日都内の銀行で強盗があったんだって」

「知ってる! ニュースになってたよね」

「その犯人、こっちとは反対の方に逃げてるらしいですよ」


 とりあえず頼んだビールを持ってきた店の店員が、ニュースで出ていた情報を教えてくれた。

 犯人は複数でどうやら車で関西方向に逃げていると言う。

 ここは埼玉で都内からなら逃走経路にも入らない。逃走経路に含まれる近隣の方々には申し訳ないが、安心して乾杯のビールを一気に喉に流し込んだ。


「かんぱーい!! 暑くなってきたからキンキンに冷えたビールが染みるー」

「かんぱーい! ぷっはー! うまーい!!」

「まぁなんだ、あれだ、念のため帰りは気をつけて帰ろう! でも今は飲もう!」

「うんうん! あ、すみませーん! 注文お願いしまーす!」


 たっぷり美味しい食事を食べ、美味しいお酒を飲む。

 そしてマシンガンのように喋る。


「場所によっては常連客もちらほらできたんだよ。また来てねって言われるとさー、そりゃもう嬉しかったりするし、イケメンのサラリーマンにもたまに遭遇できて眼福よ!」

「ははは。目の保養は大事よね。うちの会社の若社長もさー……」


 気の置けない友達とのひとときはあっという間である。


「この間さ、夏休みの自由研究で作ったやつの設計図が出てきてー」

「マジ? 懐かしすぎるんだけど! 今度……」

「申し訳ありません。そろそろ閉店時間になりますので、お会計をお願いいたします」


 最近の話から昔の話まで、会えば似たような話ばかりするのに飽きないのが不思議なもの。


 楽しい時間はあっという間に過ぎて、閉店時間がやってきてしまった。

 

 二人で割り勘して店を出る。

 エリとは向かう方向が違うので、店の前でお別れだ。


「会社の近くに出店予定の時は連絡するからお弁当買いに来て!」

「もちろん。じゃ、おやすみー。また来月も飲もうね」

「うん。また連絡するから。おやすみー」


 ひらひらと手を振りあって、反対側にそれぞれ歩いていく。


 いつもは明るい道も、ほとんどの店が終わってしまっているので明かりが少なくなんとなく薄暗く感じる。

 まぁ多少く薄暗くても勝手知ったる道である。ほろ酔いの雫は気にせず鼻歌交じりに上機嫌で歩く。


 途中で酔い覚ましに冷たいコーヒーでも買おうとコンビニに丁度足を踏み入れようとした瞬間、エリが名前を呼びながら走ってきた。


「エリ、どうしたの」

「さっき彼から連絡があって、話してた強盗犯がこの地域に潜伏してるらしいってニュースで言ってるみたい」

「え、まじ!? 関西方面に逃げたって言ってたのに」

「ガセネタかもしれないけど危ないから念のため車で迎えに来てくれるって。それまで二人でコンビニかどっか店に居ろって」


 別れてそんなに経ってはいなかったが、一人でここまで来るなんてエリも怖かっただろう。呼吸も上がり気味だし、甘い飲み物でも飲んで落ち着くためにコンビニのイートインコーナーに二人で座ってエリの彼が来るのを待つ。


 手持ち無沙汰なので、時間潰しのためにスマホで今日のニュースを読んでみる。


《都内で強盗事件。犯人は複数犯? 関西方面に逃走か》

《〇〇水族館で真っ白いシャチの子供が生まれました。限定公開の抽選は抽選専用ページで明日から》

《洗濯の極意。衣類の黄ばみをスッキリと落とす方法》

《梅雨明け間近。今年の夏は暑い! クーラーと扇風機を効率的に使って夏を乗り切れ!》


 強盗事件以外はこんなに平和な記事が続いている。

 そうそう身近に物騒なことが起こるわけがないのだ。


 雫はそう自分に言い聞かせながらスイスイとスマホの画面に指を走らせていると、エリの彼の車が駐車場に入ってくるのが見えた。こんな遅い時間にエリの彼も律儀な人だ。

 エリは彼の車に駆け寄って、何かを話し合っているようだった。


 その後に続いてワンボックスカーが一台コンビニの駐車場の一番奥に停車して、男の人が降りてきてコンビニの中に入ってきた。全部で四人。夜遅い時間だが週末だし友達とドライブにでも行くのだろうか、テンションが物凄く高く、何を話しているのかは分からなかったが早口で話している。

 

 その四人を見送ると、外でエリが早く早くと手招きしているのが雫からも見えた。

 エリの彼も同じように手招きしている。本当にとてもお似合いの二人だな、ごちそうさん。などと思いったその瞬間に、二人の顔に焦りが見えた。


「なんだなんだ?」


 その時雫は二人の表情の真意が全く分からなかったが、コンビニのイートインから立ち上がると先ほど店内に入ってきたテンションの高い四人組の内二人がレジでもめているのが見えた。

 もう二人は雫の目の前に何故か立ちふさがっている。


「あの、すみません……」


 そう言って外に出ようとするが、その二人がどうしても邪魔をして外に出してくれない。

 雫だけではなく、店内にいた他の客も同様に外に出してもらえないようだった。


「申し訳ないのですが、迷惑なのでやめてもらえませんか」


 雫がそう啖呵を切って無理矢理外に出ようとした瞬間、男が一人近づいてきて体当たりしてきた。

 どすりと当たった脇腹が、どうしてだかとても熱く感じる。


 立ち眩みのような眩暈を感じた後、全身をなにかが這うような感覚があって、とても気持ち悪い。

 すぐにその男達に自分の身体を触られているのだと気が付いたが、気持ち悪くて突き飛ばそうとしているのになんだか脇腹の辺りがさらに熱くて、身体に力が入らない。


 場違いではあるが、好きでもない人間にこんなふうに触られるのは、こんなにも拒否感があるのだと思いながら、押し返そうと試みるがどうも体が言う事をきかなくてうまくいかない。


「離れろっ! 確保、確保!!」

 

 沢山の怒号のような声が遠くで聞こえると、気持ち悪く触られていた感覚が離れていった。


 良く分からないけれど、先ほどまで煌々と明るかった店内が急に暗くなって、なんだか遠くで争う音だけがが何となく聞こえるが、身体を誰かが支えてくれているようだ。


 今度は気持ち悪くはなかった。


「雫、ねぇ、雫! しっかりして」


 エリを見ると泣きながら支えてくれているようなので雫はありがとうと口にしてみたが、うまく声が出なくて掠れてしまう。


『エリ、どうして泣いてるの?』


 と聞いてみたつもりなのにどんどん自分の口が動かせなくなって、さらにエリの心配そうな声が聞こえる。何とか安心して欲しくて、一生懸命口を開くととぎれとぎれだがようやく声が出たような気がした。


「エ……リ……、ど、した……? なかな……いで?」

「泣いてなんかいないわ。だから、ほら、もう起きて! しっかりして!!」


 なんでこんなに必死な声で励ましてくれているのか理解できないが、なんだか凄く抱きしめられている感覚だけは分かる。


「お願い。お願い。雫、逝かないで……」

「どこに……も……い……かない……よー……」


 エリに手を握られているような気がして、雫はそれをちゃんと握り返したのにまだ泣きそうな、いや泣きながら雫の名前を呼んでいる。

 何とか答えようとするのに先ほどから口がうまく動かないし。脇腹の熱さが沸騰するように全身に広がったかと思うと、今度は急に寒気が襲ってきた。


 寒気を押さえたくて自分の身体をさすろうとした時、今までなかった手の感覚と嗅覚が急に戻って来た。


 ぼたぼたと何かが抜け落ちるような感覚。

 ぬるり、としたものが手を濡らす。

 色は良く分からないが、鉄の匂いが鼻をつく。


「×××!! ×××!!!」


 あの男達が遠くで金切り声を張り上げて何かを言っているようだったがまったく聞き取れなかった。いいことを言われているような感じはまったくしないので、何を言っているのか聞こえなくて良かったかもしれない。


 なんだか寒気の後は、猛烈な眠気に襲われる。

 雫も何となくだが自分が置かれている状況が分かってきた。


《私、死んじゃう、やつかな……》


 もう助からない。雫自身がそう自覚すると同時に身体はもっと寒くなってきて、どんどん声が遠くなってしまった気がする。


 遠くでエリの泣き声が聞こえる気がする。


《エリ、泣かないで》


 そう手を伸ばそうとしても、雫の腕はもう上がらないし、エリに泣かないでと伝えた声が聞こえたのかも、もう分からない。

 

 ゴメンね。エリの会社のそばでお弁当を売る約束果たせなくて。

 ゴメン。来月また一緒に飲む約束守れなくなっちゃって。

 ゴメンね。二人の結婚式、何年先になっても出たかったんだけどもう無理かも。

 これがトラウマになっちゃったら、ほんとにゴメン。


 ありがとう。こんなお別れになっちゃったけど、私と友達でいてくれて。


 最後の最後に、エリに向かって微笑んで手を握り返したつもりだったのだが、ありがとうは伝わっただろうか。


 なんとか伝わってくれたらいいなと思いながら、雫は静かにその瞳を閉じた。

 

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