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13.シュシュ

「次は二週間後でいいかな。仕事は、そうだね……、体力も結構戻ってきてるみたいだし、来週から再開してもいいでしょう」

「本当ですか!」

「でも様子見ながらですからね? 受けた傷がどんな時にどうぶり返すかわからないんだから」


 ようやく治療院の医院長から仕事を再開してもいいと伝えられたシズクは、飛び跳ねながらガッツポーズを派手に決めた。

 周りの看護師からは、元気ねー、などと揶揄われて笑われたのだが嬉しいのだから仕方ない。


 確かにしばらく前までは少し動いては息切れして動けなくなったり、どこに行くにも休み休み向かっていたのだが、セリオンの屋敷に行ったりかき氷を作ったりと夏休みのような日々を過ごしているうちに随分と良くなったという訳だ。


 しかし仕事再開のお墨付きをもらったからと言って、今日からすぐに再開できるわけではない。

 営業時間は念のため朝から昼食後ぐらいまでにしておこう。様子を見て夕方頃まで伸ばしていければいい。そう思うと善は急げ、とりあえずメニューを決めてから食材の買い出しをして……、そうだ!再開するにあたって周りの店の人にも挨拶回りしておこうと治療院帰りにふと思い立ったシズクは、市場メルカド・ユリシスに足を向けた。


 風の噂や市場の情報ネットワークから、シズクがかなり危なかったことをほとんどの人が知っていたようだ。大事にならなくて良かったと顔なじみが集まってきては、良かった良かったと肩を叩いて喜んでくれるのがなんだかくすぐったくて嬉しくなってしまう。


「シュシュ!」

「シズクー!」


 いつも店を出しているそばまで来ると、丁度お針子の友達シュシュリカマリルエルが前から歩いてきたのが見えてた。声をかけるとものすごい勢いで走り寄ってきて、ぎゅっと抱きしめてくれた。


「ドラゴンと一戦交えてワンパン食らわしたって聞いたよ! 凄いね!」

「そんなわけあるかっ! 息も絶え絶えだったよ」

「うっそ! 結構噂になってるのに」

「くっそぅ。噂の出所叩いてやる!!」


 しゅっしゅとシズクがエアパンチを繰り出しながら、キャーキャーと逃げ回るシュシュリカマリルエルを追いかけまわしようやく捕まえる。シュシュリカマリルエルは急に静かになって一言『おかえり』と呟くようにうつむいて、小さく震える声で言うと、『ただいま』と静かにシズクも答えた。


 ほんの少しだけ静かな時間が流れたが、すぐに屋台が出ていない間の話をシュシュリカマリルエルはいつもの楽し気な調子で話してくれた。お見舞いに行こうと何度も思ったのだが、急に家に行ったらびっくりされるのではないかと思って控えていた事、変な噂もあったけれどみんなシズクの無事を願っていた事。


「私さ、ほら出身地が南の方だから、こっちの人には珍しい髪の色してるでしょ? 急に行ったら家の人びっくりしちゃうかもしれないし……」

「そう? 確かにここら辺ではあまり見ないけど、黒くて綺麗だよ?」

「そう……かな」


 前世自分が日本人であったからか、黒い髪には何の抵抗もない。シュシュリカマリルエルによれば故郷の南の方にある大陸では黒髪が圧倒的多数派らしいのだが、ユリシスでは髪の色のバリエーションは多いものの、黒髪は確かにほとんどお見かけしない。


「気にしすぎだって」

「流石にシズクと一緒に住んでいるベルタさんもびっくりするんじゃないかと思って……。お見舞い行けなくてごめん」

「そんなこと気にしなくってもいいのに。リグもエリスも髪の色なんて気にしないし! 私は亜麻色の髪色だし、リグは真っ赤、エリスは桃色。 人それぞれなんだから気にしなくっても平気だって!」


 フンっと鼻を鳴らし腕を組んだシズクの勢い勇んだ仕草が妙に気に入ったのか、シュシュリカマリルエルは同じように鼻を鳴らし腕んを組んで大きく頷いた。


「へへ、元気出た! 元気出たついでにちょっと相談乗って!」


 いつもの調子を取り戻したシュシュリカマリルエルと、立ち話もなんだからと市場の中にあるカフェでお茶を飲みながらその相談に乗ることにした。


「お? シズク! 元気になったんだね」

「おかげさまで、えへへ」

「聞いたよ! ドラゴンにワンパンお見舞いしてやったって?!」

「……」

「ね、結構噂になってるって本当だったでしょう?」


 そんなことないとシズクは思っていたのに、本当に噂になっているようで悔しい。

 誰だか知らないが、本当に噂の出所を確かめてとっちめてやらなくてはいけないと本気で思う。


 いつまでも子供のように拗ねてはいられないので、オリンジのジュースとパウンドケーキを二つずつ頼んだ。


「で? 相談ってなに?」

「あのさ、秋の収穫祭あるでしょう?」

「もう一か月後だよね」


 秋の収穫祭はこのユリシス国で一番大きなお祭りだ。

 由来は……、シズクは知らないがとにかく国一番の大きな祭りだという事だけは知っている。沢山人が集まるとリグもエリスも言っていたので、以前お針子のみんなに収穫祭の出店で出すポテトチップスや大学芋を味見してもらった。かなり評判も良かったのでシズクは当日、ポテトチップスと大学芋と、あとはアッシュと約束したじゃがバターならぬ百日芋バターは間違いなく出すつもりだ。


「そう、もう一か月後なのよ……」


 先ほどとは打って変わって浮かない表情をシュシュリカマリルエルが浮かべると同時に、ジュースとパウンドケーキが運ばれてきた。

 口に入るか入らないかといった程度の大きさの氷が二つ、グラスの中に入っている。


「ここも氷は食べちゃダメなのかな?」

「氷は食べるものじゃないでしょう?」


 食べれます―!と、ささくれそうになる気持ちをパウンドケーキを口に入れ鎮める。


 ちなみにこの前作成したかき氷機は、エドワルドの父であるロイルドたっての希望でお嫁に行ってしまったのだ。今はまたリグとかき氷機二号を作成中なのだが、今度は氷の削りをもっも調節できるよう設計から見直している最中である。

 収穫祭の時期にまだ暑いようであれば、そこでシズクは披露するつもりで秘密裏に準備を進めているので、今ばれるわけにはいかないとポーカーフェイスを決め込む。


 ……バレたからと言って、別にどうという事もないのだが。気持ちの問題である。


「で? 収穫祭の何が問題なの?」

「あのねー」


 シュシュリカマリルエルによると、所属している工房で今年はお針子個人で小物を作ってもらうというお題が出でてしまったらしい。

 別に腕に自信がないわけではないのだが、折角ならば手に取って使ってもらえるものを作りたいと考えれば考えるほど何を作っていいかわからなくなってしまったというのだ。

 当初シュシュリカマリルエルが考えたのは、動物を模った小さなぬいぐるみ、バッグやポーチなど、誰でも考えるものばかり。自分だけのオリジナルで可愛いものがいくつか作れたらいいが、何かいい案はないか……という事のようである。


「うーん。髪留めみたいなのは? バレッタの見えるところに綺麗な布で盛ったり、かんざしに綺麗な刺繍を飾ったりさ」

「そう言うのは先輩が考えてもう作っちゃってるんだもん……」

「じゃぁ、ヘアバンドの可愛いやつとか?」

「ヘアバンド? 顔洗う時とかに使ったり、汗止めの?」

「そうそう、そのヘアバンド可愛かったらちょっとおしゃれじゃない?」


 髪留めと言えばバレッタやかんざし、ヘアクリップなど沢山あるがこの世界にはヘアバンドはあまり可愛いデザインや色のものもなく茶色や黒ばかり。家で使うとはいえ少しは可愛い柄や色があったらいいなと言うシズクの願望でもあった。


「うーん……。あ! 待って! いい事考えた! これはいけるんじゃないかな……。うわ! ありがとう! シズク」


 急に何かを思いついたのか、お礼を言った後急に無言になって手を付けていなかったパウンドケーキを一気に口に入れてからさらにジュースを一気飲み干し、シュシュリカマリルエルはごちそうさまと言って勢いよく立ち上がった。


「いい考えが思い浮かんだから、形にしてくる! 出来たら持ってくるよ!」


 シズクを店に残して盛大に手を振りながら帰って行ってしまった。


「おいおい……、まぁいい考えが浮かんだならまぁいっか」


 ぽつんと残されたカフェの店内で、残ったジュースとパウンドケーキをゆっくりと味わいながら食べる。

 パウンドケーキに使われているナッツ類はクルミに似たものとアーモンドに似たもの、あとはドライフルーツが入っていて触感も楽しい。

 オリンジジュースがパウンドケーキで少しだけパサつく口の中をさっぱりさせてくれる。


 この世界にも美味しいものは溢れてるけれど、氷の時のようにまだまだ自分の知らないこの世界独特の固定観念がきっとあるのだと思うと、何となくこの先が面白くなりそうな予感がして思わず笑ってしまった。


「なに? シズク。随分楽しそうじゃない?」

「楽しいよ。これからきっとね」

「これから? あぁ、収穫祭あるもんね。きっとシズクの店が話題を掻っ攫うこと間違いなしよ」


 声をかけてきた顔見知りの店員は、先日の井戸端会議で出てきたというポテトチップスと大学芋の噂を聞いて、食べたいから絶対に作って欲しいと念押しして自分の仕事に戻っていった。

 食べていたのはシュシュリカマリルエルと同じ工房の四名だけだというのに、結構話題になって期待値が上がっているなら考えていたよりも量を多く作っても大丈夫だろうか。


「色々楽しみだな」


 シズクは一口大になった氷を一つ、こっそり口に入れて店を出ようと席を立つと、先ほど出ていったシュシュリカマリルが店に向かって走ってくるところが見えた。

 出ていってから一時間も経っていないのに、何があったのかとシズクは心配になる。


「シュシュ! どうしたの? 何かあった?」

「いや、出来たから見てもらおうと思って戻って来たのよ。ほらこれ! まだ試作のヘアゴムなんだけどどう?」


 シュシュリカマリルが持ってきたのは、ヘアバンドでもヘアターバンでもなかった。

 手首にはまるぐらいの大きさの、ふわふわとした可愛い髪留め。


「シュシュ……だ」

「シュシュですけど、なにか?」


 シュシュリカマリルの手に、前世で良くお世話になっていたシュシュがそこにあった。


「店の端切れで作れるし、思ったよりも簡単に作れたんだよね」

「うんうん、良いと思うよ。これからここに長いリボンとか付けたら可愛いかも」

「ちょっ、こんな? こんな感じ?」


 とスケッチブックを持ってきたシュシュリカマリルに、デザインについてのアドバイスが欲しいと腕を掴まれ、今立ったばかりの席に戻されてしまった。


 時間はまだあるし、店の再開はそこまで急いでいない。今日はこの目が爛々と輝いて新しいものを生み出した友達に付き合うとするか。


 シュシュリカマリルの発案したこのヘアゴムが《シュシュ》と呼ばれるのももうすぐである。

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