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11.貴族の家と氷華

「ちょっと、ロイ。この状況なんなのか説明してよ……」

「オレだってわからねぇっての。なんかアッシュから今日は予定空けておいてくれって連絡が来たと思ったら、迎えが来て着替えさせられてあれよあれよと言う間に……」

「何それ! 私だって知ってたらちゃんと着替えたかったしっ!」


 静かに食事が運ばれてくる中、横並びに座ったシズクとロイが周りには丸聞こえなのに本人達ばかりひそひそ声で話をしているつもりで話をしていると、ベルディエットが妙に仲の良い二人に怪訝な顔で話しかけてきた。


「お二人は、ご友人なのかしら?」

「えっと、屋台のメンテナンスしてくれてる人です。友達かな?」

「する人、だ。こやつとは友達ではないかもしれん」

「ちょっと! そこは友達だって言ってよ」

「お前次第だ」

 

 キャンキャンと言い合いする二人があまりにも小気味よくて、堪えきれずに声を上げて笑ってしまったベルディエットに、シズクは取り繕う様に、すました顔で出された皿の上の何かの肉を口に運び、何かの味のスプーンでスープを含む。


 カラトリーは外側から使って、熱い食べ物もフーフーするのも音を出して飲むのも厳禁だったはず。高校卒業の時に学校でテーブルマナーの授業があったので、その時の記憶を総動員してシズクは食べているつもりだ。だが、ちゃんと凌げているだろうか。と不安になる。


 向かいに座っているエドワルドはと言えば、シズクとロイの遠慮のない距離感に少しだけ羨ましいと思いながら、自分の皿にスプーンを伸ばし続けていた。


「シズクは綺麗に食べるのね。どこかでマナーを学んだのかしら」

「あー、むかしねー」


 シズクはカラトリーの音を極力立てないようにと集中しつつもベルディエットに答え、あの面倒臭かったテーブルマナーの授業に感謝した。


「ロイ、今日は来てくれてありがとうね。こうやってゆっくり話せるのは学生の頃以来かな」

「あー、そうだな」


 文句を言っていた割にはロイもマナーは完璧で、育ちの良さを伺わせている。が、せっかくアッシュが和やかに話しかけてくれているのに相変わらずの塩対応だ。


「シズクもロイもなんか硬いなー」


《あたりまえじゃーっっ》


 エドワルドの一声に心の声がダダ漏れになりそうになるのをグッと抑えてシズクがジロリと睨んだが、エドワルドは気にする素振りもない。

 屋台で食べている時もそれはそれは美味しそうに、そして綺麗に食べるのだが、今は腹が立つほど上品な所作で優雅に食事をしている。


 何故今日この日に、名門セリオン家で食事をごちそうになっているのか……、シズクだって良く分かっていない。 


 翌日の夕方、エドワルドがドラゴンの情報が知りたいので急だが明日の午後時間をもらえないかとシズクの家にやってきた。

 この世界にはドラゴンはそこそこ存在するものかとぼんやり思っていたのだが、そんなことはなく神話級と言うか、御伽噺の中の生き物でまだ生態などが分かっていないという。色々な国と連携してこれからは研究を進めるが、直接対峙したシズクとベルディエットに今分かっている色や鳴き声、そのほか気が付いたことを教えて欲しいというお願いだった。


「もちろんいいよ! 明日どこに行けばいい?」

「いや、俺が迎えに来るから、家で待っててよ」


 もちろん二つ返事で引き受けた。

 

 シズクも協力は惜しむつもりはこれっぽっちもなかったのだが、お昼前にやってきたのは近衛騎士団のエンブレムの入った馬車。

 降りてきたのは軽装のエドワルド。


 それなりに緊張していたが、知り合いが迎えにきてくれたことにほっと安心して馬車に乗り込み、いつから弁当屋を再開するか、収穫祭にはこんなものを出すよ、などとついついおしゃべりに夢中になり過ぎて周りを全く見ていなかったのが悪かったのか。

 気が付くと門扉が開く音がして、シズクが馬車の窓から外を見ると……、手入れの行き届いた庭園に、見たことのない大きなお屋敷が見えたのだった。


「エドワルド……。あの、警ら隊の詰所にでも行くのかと思ってたんですけどね。ここはどこなのかな?」

「ん? 警ら隊の詰所は狭いし、騎士団の詰所は城のそばで仰々しいし、うちの方が少しはマシかなって思って」

「エドワルドの家!?!」

「そう。いらっしゃい。姉上もシズクが来るの楽しみにしてたよ」


 いや、そうじゃない。そうじゃないよ!?


 シズクの頭の中がはてなマークで埋め尽くされる。


 自分の中では警ら隊の詰め所で情報提供的な感じで話をして、警ら隊のおじさんやお兄さんたちにドラゴン見た事あるなんて凄いねー、大変だったねー、なんて言われて帰る……、みたいなものをイメージしていたのにだ。到着してみたら前世ヨーロッパの貴族が住んだと言われるカントリーハウスのような建物だったらそれはびっくりしてもおかしくない……はずだ。

 

 エドワルドのエスコートでおっかなびっくりシズクが馬車を降りると沢山の使用人達が笑顔で出迎えをしてくれた。玄関ホールに入ると豪華ではないが品の良い調度品が鼻につかないような丁度いい塩梅で飾られているのが見えた。


 ホールではアッシュとロイがシズクの到着を待っていたのだが、落ち着いた色のカジュアルだがとてもスマートな装いである。一方シズクはと言えば、警ら隊の詰所で事情聴取だけのつもりだったわけで、しかし持っている服も大したものは持っていないので最低限失礼のないようにと選んだブルーグレーのワンピース。


 エドワルドはどこに行くとも言っていなかったしちゃんと聞かなかったシズクも悪かったが、貴族のお屋敷に連れてこられるのであればちゃんと教えて欲しかったと思いつつも、教えてもらったとしてもこういった場で着る服を一着も持っていないという事実を目の当たりにして、今に至るのであった。


 正直緊張で何を食べたのかまったく覚えていないのだが、自宅だからだろうかエドワルドとベルディエットは終始穏やかで、アッシュも和やかに二人の会話に入っている。

 

「食事もいただいたし、デザートが来るまで本題のドラゴンの事を話してもらってもいいかな?」


 アッシュがようやく本題を切り出すと、近衛騎士団でもわかっているのは南に向かって飛んでいったようだということと、落ちていた鱗の色が紅かったことだけだという。これは何としても情報提供の義務を果たすべく、ド緊張して食事内容をあまり覚えていない事と洋服の事は一旦横に置いて、ドラゴンについて思い出した事を言葉にしていく。


 威圧感が凄かったこと。

 皮膚が紅く硬そうであったこと。

 玉虫色の目だったこと。

 何かを探しているような感じがしたこと。

 それぐらいしか結局見ていない事。


「私も、何かを探しているようなしぐさは見ましたわ」

「ただ探しているように見えたって言うだけで実際は分からないです。周りには何もなかったし」

「そうですわね」

「興味深くはありますね。こちらも報告しておくことにしましょう」


 そう言って手帳にメモを取ると、少しだけ考えてシズクに聞いた。


「シズク・シノノメ?」

「はい。あのフルネームだと長いので、出来れば名前呼びでお願いします」


 アッシュが了承したとばかりにこくりと頷き微笑んだ。


「シズク、タマムシイロとはどういったものですか?」

「うぇ? 玉虫色は……、えっと光の当たり方によっていろんな色に見える色のこと、です」

「光の当たり方によって見え方が違う? シズクは面白い言葉を知っているんですね」

「こいつの感性、たまに独特なんだよ」


 面白いと言うわけでは決してない。独特でもない。普通の日本人であれば充分に通じる言葉が、ユリシスと言うかこの世界では通じないだけである。


「そう言えばね、傷はもう大分いいのかな?」


 ドラゴンの事については正直まったくわからず色と姿形ぐらいしか話せることがないのでひとまず事情聴取は終了のようだ。


「はい。先日二度目の通院日だったんですけれど、痕が残るのは仕方ないですけど思ったよりも綺麗に治りそうな感じです。体力も戻ってきましたし、店ももう少し様子を見てからですが思ったよりも早く再開できそうです」

「やっぱり痕が残りそうなのかい?」

「さすがに残るんじゃないですかね。でもまだ若いんでそのうち薄っすら見えるかなーぐらいにはなると思いますよ」


 あっけらかんと言ってのけるシズクだが、それでもベルディエットとアッシュの顔色は冴えない。


「結婚前の女性の体に傷が残るなんて……何と言っていいか。僕らが到着するのがもっと早ければ違ったかもしれない」

「万が一、傷の事で縁談が破談になるようなことがあれば、私が責任を持ってお相手を探しますから……」

「もう、二人とも何言ってるんですかー。ほらほら、そんな苦いものを食べた時みたいな顔しないでくださいよ。多少傷が残るぐらい大したことありませんから。ほらこの話ももうおしまいにしましょう! デザートが運ばれてきたみたいですよ!」


 本当に気にして欲しくないのだが、貴族とはそう言う生き物なのだろう。


 生きてきた環境や考え方が違うから理解してもらうことは難しくても、本当に気にしていないという事だけはちゃんと伝わってくれたらいいと、心から願ってやまない。


「おぉ、これは見事な氷華だね」

「エドワルドは氷の魔法の使い手だったな。これは君が?」

「そうなんですよ。大きさを調整するの大変だったんですけど、シズクも来るし頑張りました!」


 気持ちを切り替えるちょうどいいタイミングで運ばれてきたデザートの皿を見ると氷の中に花が閉じ込められているのが見えた。


「綺麗だね! 夏って感じする」

「そう? 喜んでもらえたなら、頑張ってよかった」

「ではいただきます!」


 薄らと色付いた少しだけ甘い匂いのするとろりとした液体の中で綺麗な氷華が皿の中に浮かんで、まさに涼を呼ぶようである。

 中に入っている花も食べられるものに違いないと、氷をスプーンに乗せ口に入れようとした瞬間、ロイに横から手を掴まれてしまった。さらにエドワルドも信じられないと言った顔でシズクを見ている。


「シズク! 食べられるわけないだろ!」

「は? 何言ってんの。食べられないわけないし」


 冷やすために浮かんでいるならば食べられないわけがない。体に害があるならば元々浮かべたりなんかしないのだから。


 なんとかスプーンを持ち替えて口に運ぼうとしたが、今度はエドワルドが手を掴んで口に入れようとするのを拒む。シズクげぐぐっと腕に力を入れても、さすが体を鍛えている近衛騎士団員。自分の腕だというのにまったく微動だにしない。


「ぐぐぐっ……?なんでそんな頑なに? 親の仇? それとも宗教上の理由で?」

「そんな大層な理由なわけないよ。溶けにくくて固いからでしょ! シズクこそなんで頑なに食べようとしてんの」

「は??」


 氷を食べたりしないということは、この世界にはもしやあれがないのか?


「なにそれ。氷を食べないなんて……。じゃぁ、もしかして……かき氷は、存在しないの?」

「かきこおり、また変な言葉使ってくるな、お前は」


 呆れたようなロイの声と、悲しみのあまり止められたにもかかわらず、少し緩んだうちに氷華を一口舐めたシズクの声が響いた。


「つめたーい!! 普通に氷美味しいじゃんーっ!」

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