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10.近衛騎士団

「目撃者の情報によると、街の外にある畑からユリシスの南に向かって飛び、そのままさらに南に向けて飛び去っていったようだとのことです」


 近衛騎士団では先日のドラゴンの出現に関する会議が、今まさに会議室で行われている。

 あの日出動要請を受け、シズクとベルディエットを助けたエドワルドももちろん会議に参加していた。


「それからその後のドラゴンの行方についてですが……」


 ドラゴンがこの地から南に飛び去ったであろうこと以外、今現在も詳しい行先については分からず隣国に現れたという情報もないという報告がされた。

 自分達でその姿を見る事も、何か手がかりをつかめなかった歯痒さが皆の表情から見てとれる。

 

 幸い、と言っては語弊があるがドラゴンによる被害は先日セリオン城下の畑で起こったシズクの怪我以外にはなく、今の所田畑を荒らされた形跡も、それ以外の人的被害も全くなかったことが追加報告されると、団員達から安堵の声が漏れた。


 今回の件を受け、無闇に民衆の恐怖心や警戒心だけを掻き立てることはしたくないが、いざという時のため近隣でドラゴンが出没したこと、さらに発見した者はすぐにその場を離れ警ら隊などに知らせるようにと国王の名で御布令が出された。


 しかし、実際ドラゴンなどどう警戒して良いものかわからないので、民衆のほとんどは普段通り特に変わりなく過ごしている。

 

 そして、今回神話級の生き物であるドラゴンが突如現れたことに関して、今後近隣各国と協力して調査を進めることが早々に締結された。各国の過去の文献などを参考にしながら対応して行けるように連携を始めてはいるが、しかし各国のドラゴンに関する文献もユリシス同様、御伽噺のようなものが多いようで難航することが予想される。


 またその場に残されていたドラゴンの鱗と爪の欠片と思しき白い硬い石のようなものについては、現在解析中である。

 生態などについてもこれから解明していくしかなく、こちらも今以上に詳しい情報は今すぐには手に入りそうもなかった。


 しばらくは特段目新しい情報のない報告ばかりが続き、それが終わるとこれからの予定などの報告が始まった。


「近隣各国との情報交換は準備出来次第始まる予定で、早ければ来月の収穫祭前後にユリシスに到着予定です」

「ドラゴンの鱗と爪の欠片については、専門家がいない為魔法技師のロイ殿の工房にも助力をいただいて現在解析を進めています」

「現場から先に逃げていた神父と子供たちからの聞き込みは既に終了しておりますが、実際にその姿を見たわけではなく相当の威圧感であったことを口々に言っておりました。詳しくはこちらにまとめてありますのでご覧ください」


 次々に告げられる報告の中にロイの名前を聞いて、アッシュは後で休憩がてら挨拶にでも行こうと考えていると、それを見透かしたように副団長のアレックスが小声で告げる。


「時間は作りますので、仕事は抜け出さないようにお願いします」


 出来る部下は何でもお見通しである。


 その後もしばらくは目新しい情報もなく、何もかもが不確かな予定と大まかな憶測の報告が延々と続く。

 この会議も始まって二時間ほど経った。

 会議の参加者である近衛騎士団員たちの集中力もほぼ尽きかけたと思った時、ようやく最後の報告がされた。


「それでは最後に……」


 怪我を負っていたシズクが先日無事に退院し、経過も順調であることをエドワルドが告げると、あまり建設的な報告もない中重たく張り詰めていた雰囲気の室内に、大きく安堵の声が広がった。


 国の中でも名門貴族であるセリオン家の長女ベルディエットをドラゴンから守り、自ら深い傷を負った一般庶民のシズクという健気で勇気ある少女の献身……という、かなり脚色された話が近衛騎士団の中で広がっていたからだ。


 この脚色された話を次に会ったらシズクに教えてやろうとエドワルドは思っている。

 どれだけ恥ずかしがってくれるのか、いや、シズクなら一緒に面白がってくれるかもしれないと楽しみで頬が緩むのを我慢していたのだが、めでたい報告内容に緊張感が和らいだからか、急にまた皆の口が軽くなる。


「現場に落ちていたドラゴンの鱗と思われるものだが、実際に本物か誰も見たことがないだろ? 本物かどうかが判断できんよな」

「いや、実際対峙したお二人のどちらかにドラゴンと同じ色合いなのかを見てもらうのが一番早いであろう」

「そうはいっても二人共女性で、こんな男ばかりの騎士団に来ていただくなど……」

「しかし、シズク・シノノメノと会えるとはなんとも嬉しいものだ」


 先ほどまでの重苦しい雰囲気はどこかに消え、副団長や古参の騎士団員の中ではもうベルディエットとシズクに来てもらうことが確定しているかのよう話ぶりで、もしも断られたら……などと考えることが恐ろしくなるような、なんとも収拾がつかない勢いで盛り上がり始めてしまった。

 

「エドワルド。ベルディエット嬢とシズク・シノノメノにお願いしたら、お会いしてくださると思うかい?」


 優しい口調でアッシュが問うと、エドワルドは眉を顰めた。ベルディエットは貴族でセリオンの娘である。嫌ならば断わることも可能だが、シズクは一般市民だ。一般市民は基本的に王国直属の近衛騎士団からの呼び出しを断ることは出来ない。

 しかし、シズクはまだ退院したばかり。無理はさせられない。


「姉は問題ないと思います。しかしシズクはまだ退院して十日程です。先日通院に付き添いましたが自宅から治療院までの道のりは問題ない様子でしたが、流石にこちらに来てもらうのは難しいかと思います」


 きっぱりとエドワルドが難しいと告げると、やっぱり来るのはまだ難しいか……と残念そうな声が広がった。

 団員のほとんどが貴族なので、自らが足を運ぶことはあまり考えていない。


 ここは友人であるシズクの為にも、エドワルド自身が防波堤になる覚悟で何があっても断るつもりで待ち構えた。

 

 しかしアッシュの口から出てきた言葉は、まったくもってエドワルドが思っていたものとは違うものであった。


「それはそう。まだ傷の癒えない女性にこんなむさ苦しい近衛騎士団に来て欲しいなんて言えないよ。もしね、シズク・シノノメとベルディエット嬢さえよければ何処かの店にご招待して、食事でもしながら少しお話を聞かせてもらえたらいいなって思うんだけれど、エドワルドはどう思う?」

「ぇあ……」

「ん?」

「いえ、シズクをこちらに呼びつけたりはしないと聞いて、安心しました……」

「お願いするのだからね、当たり前だよ」


 アッシュの何でもないような顔でそう言ってみせるところが団員のみならず、一般市民にも人気のある一端なのだとエドワルドは目の当たりにした思いである。


「どこかに招待するなら、シズクも問題ないと思います。予定はいつにしますか?」


 うーん、早ければ早いほどいいんだけれど……、と困った顔をちらつかせて副団長に目線を送る。


「……。団長の予定ですが、直近であれば明後日の午後は何も入っておりません。お話を聞くならばそこが最短ですね。どうしますか?」

「ではそこでお願いしようかな。一応対外的にもこの前のお話を聞きたいってことで近衛騎士団の名前でご招待しておいてね」

「ではそこでロイ殿のご挨拶もすませましょう」

「それはいいね。お願いします」


 はいはいと軽く相槌を打ちながらアレックスが予定をどんどんと詰めていく。


「お話を聞く場所は、レストランか大衆居酒屋か、あぁ、カフェもいいですね。ロイは人見知りなので個室がある場所がいいですが皆さんどこかおすすめのお店はありませんか?」

「ベルディエット嬢もいるなら城下では難しいのではないでしょうか」


 団員の誰かが呟くと、別にここにいるものすべてと一緒に食事をするわけではないのに、何故か「あー……」と残念そうな声が広がる。

 

「確かに……」


 貴族界でも高嶺の花と言われているベルディエットと、近衛騎士団長のアッシュが城下の居酒屋などにいるとなれば、出会い目当てで有象無象の貴族と庶民が押し寄せる可能性が充分にある。


「あれかな。団長の家か、セリオンの家でお茶会が妥当じゃないか?」


 ぽつりと聞こえた一言がエドワルドの耳に聞こえると、それだっ!と大きな声を出して座っていた椅子から立ち上がった。


「それ! それです!! うちはいつでも大丈夫ですし、多分両親も姉もシズクをうちに招待するなら異論はないはずです。明後日の午後。うちで食事にしましょう!」


 安直ではあるが、周りに気を使わなくていい分ベルディエットもアッシュも安心感があるだろう。ロイについてはあまり知らないし、何回か工房に行った時にはつっけんどんな物言いもあったが、アッシュがいつも気にかけている人であれば悪い人ではないはずだ。

 シズクにいたっては悪いどころか自分にも良くしてくれるばかりか、ベルディエットの命の恩人である。


「それはいいですね。セリオンのお宅にお招きされるなんて、少しドキドキしますね」

「何言ってるんですか。うちなんて普通ですよ」

「ふふふ。普通ではないと思いますけれど……。あぁ、残念ですがご招待されるのは僕だけですからね。皆さんはお留守番をお願いしますね」


 わかっていたことではあるが、団員はがっかりと肩を落とし残念な気持ちを余すことなく見せつけたが、アッシュはどこ吹く風である。


 そうと決まれば準備を始めなければ。

 ドラゴンと対峙した時の話を聞かねばならないので、少し恐ろしい話を蒸し返さなければならないかもしれない。


 美味しいものを食べてもらったりしてできるだけ穏やかに話ができるよう頑張ろうと、謎の気合いを入れてエドワルドは会議を後にしたのであった。


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