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「なになに? とうとう雫にも好きな人が出来たって?」

「いや、だからそんなんじゃなくって……」

「ぬぬ、私の雫にこんな顔をさせる輩はいったいどこのどいつだ?」

「ち、違う違う。違うって言ってる! エドワルドはそう言うのじゃないの! 何年か前にこの街でであったんだけど、凄く良くしてくれる人でね、カッコイイし可愛いしご飯は美味しそうに食べるところがいいって言うか。で、たまになんていうの? いい雰囲気? になる気がするんだよ」

「ふんふん。おねいさんにぶっちゃけなさいって」


 しどろもどろの雫の横腹辺りに、エリが揶揄うように肘うちしてくる。

 目の前にはこの数年で見つけたユリシスの名産と弁当屋で人気のあるメニューを並べつつ、アイスクリームやかき氷なんかも準備してある。


「で? 本当のところどうなのよ」

「本当って言ったって……、結婚を前提に付き合ってって言われて……」

「かーっ! なにそれ!! 最高かよ!」

「かかか、揶揄わないでっ! でもさ、エドワルドが私の事なんで好きになったのかとか良く分かんなくって」


 雫が不安そうに瞳を揺らすとからかい半分だった先ほどとは打って変わって、心配事にうんうんとエリが頷いて聞いてくれる。

 それだけで頭が整理されていくような気がしてくるから不思議だ。


「人を好きになるなんて、理屈じゃないよ。じわじわ好きになる人だっているし、友達だったのに急に恋愛感情に発展する人も、雷に打たれるみたいに一目ぼれする人だっているじゃん」

「いやだってさ、私よ? 私。絶世の美女ってわけでもエロカワとかでもない、いたって普通の弁当屋が転生したからって、あんなイケメンに愛される世界線あるわけなくない?」

「雫よ、世界線は、星の数ほどあるものじゃて。でもほら、結婚を前提にしてーなんていうほど相手からしたら熱烈なんだからアプローチがは絶対にあったと思うんだよね」


 あった、だろうか?


 友達のようで家族のようで、いつもひだまりみたいに温かくて、時折とびっきり優しく微笑んでくれるエドワルドと一緒にいるのはとても心地よい。初めて会った時は強盗から守ってくれたし、ドラゴン絡みで大怪我をしたときには仕事だけれども助けに来てくれた。頼まれたからだとは思うが良くなるまで病院の送り迎えに付き添ってくれたり、お祭りがあれば仕事も忙しいのに手伝ってくれるのは正直ありがたかった。自己満足のクリスマスにも付き合ってくれるし、オリンジデーのプレゼントもちゃんと使ってくれている。手違いで攫われたりした時も探し出してくれたし、移動門(マイグレーション)を通る時は優しく肩を抱いて一緒に通ってくれるし、シズクが作る食事をいつも美味しい美味しいと言って綺麗な所作で食べてくれる。よく食べに来てくれるから、ボーノ・ボックスのメニューはエドワルドの好きな品を毎日必ず一品ラインナップに入れている。

 他にもベルディエットやクレドの話を交えてユリに話していく。


『もう、何それ! クレドって人当て馬なのに全然当て馬感ないじゃん。いい人なのに可哀そう……』というユリの独り言は雫には聞こえなかった。

 

 そして初日の出を二人で見たときはどうだっただろうか……。

 エドワルドとシズクの間を風は二人の間を抜けることが出来ず、仕方ないなと遠慮がちにその側を静かに風が抜けて、雫を見るそのまなざしが物凄く優しくて、ずっと一緒に居たいなと思ったら、微笑んで何か言っていた気がする。


――俺の気持ち、伝わった?


 どくんと鼓動が大きく跳ねて、風で聞こえにくかったその声が鮮明に思い出された。

 かーっと耳どころか全身真っ赤なのではないかと思うほど体が熱くなる。


「もう。なにそれ! そんでいちいち神エピソード! っていうか雫もそのエドワルドって人のこと結構好きだよね」

「え?」


 出会ってからのあれこれを説明している間、徐々に口元がニヨニヨしてきたのは分かっていた。

 ニヤニヤ、ではない。ニヨニヨという言葉が適切である。

 ユリシスに来てから色々あった事をエリに話せば、それはそれは自分の事のように一喜一憂しながら友人の話を聞いていたが、オタクノリで好き結婚してと言ったと話したところで、エリがおでこを強烈なデコピンをかます。ともう我慢できずに膝を叩いてそう言った。


「うちの雫ちゃん、恋愛関係は昔からちょっとぼんやりちゃんだからね。嬉しすぎてオタクノリで『好き結婚して』って言っちゃうのは私は分からなくもないけど、エドワルドにしてみたらそりゃびっくりするでしょうよ」


 一人漫才のようにエリが、ぱしぱしと自分の膝を叩き、ただし眉間にしわを寄せる。


「で、雫はどうするんの? ほんと聞いた感じエドワルドって人の事好きなんだなって私は感じたけど?」

「ちょっと身分差とかあるし」

「気にする人ならプロポーズなんてしないでしょうよ」

「身長差もあるし」

「関係なくね?? あ、対格差があると大人の仲良しする時ちょっと、みたいな?」

「ちょ、ちょ、そこまで体格差ないから!!」


 散々なノリだったと言うのに、ひとしきり会話の応酬が終わったあと、急に雫の手にエリが自分の手を重ねて珍しく真剣なまなざしを向けた。


「楽しいって気持ちが盛り上がって出てきた言葉だったとしても、それがきっかけで大事だと思っている人に、まじめにプロポーズされたんなら、全力で考えて返事するのがイイ女ってもんよ」

「全力で考える?」

「そ、手はつなげるか、ハグは出来るか、体の関係を持つことに嫌悪感はないか……」


 エリの声が少しずつ遠くなっていく。そばにいたはずだったエリと重ねた手のぬくもりも声も遠く離れていく。せっかくエリと話が出来たのにと悲しくなってじわりと涙が出そうになるのをぐっと我慢していると、温かなぬくもりが身体をふわりと優しく包んだのが分かった。そっと頬を撫で、手を握られると温もりがなくなった指先に温かさが戻って、心がポカポカする。

 

――私、この温かいの知ってる……


「えどわるど?」

「おやすみ。答えはまた今度聞かせて」


――全部全部……本当はもう決まってるんでしょ?どんといっちゃいなさいよね!


 エドワルドの声とエリの声が重なる。

 シズクは眠気に逆らえず、ありがとうとなんとか言葉に出すと、エリがひらひらと手を振ったように思えた。




 ぱったりと卒倒してから、どうやって部屋に戻って来たかは全く覚えていない。

 だが、ベッドに寝かされて、起きたら朝だった。


「恐ろしいほどにすっきりじゃん……」


 卒倒した時間から考えるとかなり長い時間眠っていたようだ。そりゃぁこれだけ頭も体もすっきりするってものだ。とベットから起き出しシズクは身支度を整える。


 エリと話をしたような、気がする。

 あの頃のように軽口をたたきながら、からかわれたり、叱咤激励された気もする。

 もしかしたら自分が作り出した幻だったのかもしれない。

 だとしても目の前にいたエリに背中を押された事だけは、間違いなかった。


 机の上に置かれたメモは、エドワルドの名前で指定された日にこの店に来て欲しいと簡潔な文章と丁寧な字で書かれていた。これだけわかりやすく書かれていれば、文字を覚え始めたばかりのシズクにも充分読めた。その心遣いが嬉しい。


――本当に、そう言うところ、好きなんだよなー。


「よぉーっし! イイ女になりますか!」


 気持ちはさっぱりすっきり。しかし全力でする返事とはいかに?なんて考えながら今日の仕事の為にシズクは勢いよく自分の部屋のドアを開けた。

お読みいただきありがとうございます。

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