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【10000PV 感謝】アリシアキャラバン漫遊記  作者: 武村真/キール
お姫様を目覚めさせる、三つの方法
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決闘するは浴場にあり?

 着替えとタオルを持ってフリッツが向かったのは、宣言通りの公衆浴場だった。街道沿いの宿場町には珍しいこの公衆浴場は、とにかく旅人に人気がある。

 フリッツは入り口で料金を払い、男、と書かれている脱衣所へと入った。いかにも風呂場といった独特の湿気があるが、フリッツは気にもとめずに部屋にいくつもある籠の中に、自らの衣服を入れていく。

 決してマッチョという体型ではないが、露わになった上半身には一切の無駄な贅肉がついていない。よく見ればいくつもの小さな傷が無数にあり、フリッツが歩んできた道が決して平坦ではなかったことを物語っていた。

 フリッツは衣服をすべて籠に入れた。小銭の入った小さな布袋を首から下げ、左腕に巻きつけている腕輪をつけたまま、脱衣所から浴室へと続く扉を開ける。

 浴室は広く、少なくとも公衆浴場としての機能を充分果たしていた。

 ただし、時間が中途半端なせいか、人の数は思ったよりも少ない。

 浴室に満ちた湯気のせいで視界がはっきりしないが、それほど多くないのは間違いない。

 身体を洗い、湯船に向かう途中で一人の先客とすれ違った。恐らく、たった今湯船から上がったのだろう。

 それはいい。何の問題もない。

 だが……、とフリッツは我が目を疑った。しかし、確かめようとすれ違った人物に振り返る事も出来ない。

 なぜなら、フリッツにはすれ違ったのが女性に見えたからだ。

 フリッツは自分の感覚がずれていることを願いつつ、湯船に入った。

 一人だけいる先客に軽く挨拶をして――

 気づいた。

 先客も女性であることに。それも、かなりの美人だった。

 年はフリッツとそう変わらないだろう。頭にタオルを巻いているせいか、意志の強そうな大きな黒い瞳が強調され、上気した頬も合わさって少女の魅力を引き出していた。浴槽の縁には、湯船から上がるときに巻くための大きめのタオルが置かれている。

 思わず固まるフリッツの前で、女性も表情を引きつらせた。


「ふ、ふりっつ、さん?」

「え……?」


 フリッツは不意打ちで名前を呼ばれた事に驚いたが、すぐに声に聞き覚えがあることに気づいた。


「あっ!」


 驚きの種類を変えて、フリッツはもう一度少女を見た。

 どこからどう見ても少女――性別で言うと女――である。しかも付け加えるならば、美少女であった。

 そして、その美少女の名前を、フリッツは口にする。


「もしかして……クリス、さん?」

「うわあああああ! もうばれたー!」


 間道で助けた騎士の名前を呼ぶと、肯定するように少女は頭を抱えた。


「どちらかといえば自分からばらしたような……」


 うっかりと突っ込んだフリッツに、クリスはキッ! と睨みつけるような視線を向けてきた。


「どこが!」

 

 その半ギレに近い力強さに、ちょっと引きながらもフリッツは答える。


「いや、変装しているのにわざわざ公衆浴場入ったり……」

「汗と血を洗いたいの! 当然でしょう!」


 クリスの反論に、フリッツはまたしても言わなくてもいいことを口走る。


「そんなのにも耐えられずに、よく男装して旅なんかできるね」


 ひくり、とクリスの頬が引きつった。


「意味なくない?」


 フリッツがよくわからない口調でとどめの一言を口にした。

 クリスのこめかみに青筋が浮かび、大きな瞳がじりじりとつり上がっていく。

 そして、それが斜め四十五度の角度に到達したとき、不意にクリスが叫んだ。


「あなたにわたしのどんな苦労がわかるっていうのよ!」


 フリッツとしてはそう叫ばれると――原因が自分にあることには気づいていない――、周囲の迷惑だ、という視線が気になるのだが、クリスは気にも止めていないらしかった。

 ざばあ、と音を立てて湯船から勢いよく立ち上がり、フリッツに指を突きつけた。


「決闘よ! 騎士を侮辱するとどうなるか、思い知らせてあげるわ!」


 クリスは高らかに宣言したが、生憎とフリッツはそれどころではなかった。

 指とともに眼の前に突き付けられた二つのふくらみとか、なんだか色々と視界が大変な事になっていたからだ。

 フリッツが反応しないのを不思議に思ったのか、クリスはようやく周囲に視線を走らせた。視線も更に強さを増しているが、そこに込められた意味が変わっていた。

 非難ではない視線の集中に、クリスはようやく自分の状態を確認した。


「きゃあああああああああああああああああああ!」


 あまりにお約束の反応にも、フリッツは突っ込む気も起きなかった。というか、頭の中がピンク色に染まりそうになるのを抑えるのに手一杯だった。




「ということで、決闘します」


 宿に戻るとクリスは開口一番、一階の食堂でお茶を楽しんでいたアリシアにそう告げた。

 アリシアは一度眼を瞬かせたものの、何事もなかったかのようにお茶を口に運んだ。

 それから、直立不動で立ってはいるものの眼を泳がせているフリッツへと視線を移す。


「まあ、大体の事情はわかったから、好きにするといいわ」


 フリッツの様子を見てアリシアは鷹揚に頷いた。すると、クリスは我が意を得たりとばかりに眼を輝かせた。


「ありがとうございます! では遠慮なく、あなたの従者をなます切りにさせていただきます! いや、みじん切りも捨てがたいですね!」


 それはもう嬉しそうに言うクリスとは対照的に、フリッツは嫌な汗を流していた。

 そもそも、自分の何が悪かったのかすら、わからない。

 それにも関わらず、アリシアはニヤニヤとした笑みをフリッツに見せつけるようにしてから、クリスに告げた。


「あなたの本当の性格が少しわかったわ」

「あぅ……」


 さらりと棘を刺されて、クリスはわずかに萎んだ。しかし、アリシアは追撃することなく、向かいの席置物のように座っていたビットに声をかけた。


「ビット」

「わかりました」


 名前を呼ばれたことを最終決定と受け取り、ビットは頷いて席を立った。

 そのまま、宿の店主がいるカウンターへと向かう。

 裏庭を使わせてもらうという交渉は、すぐにまとまった。


「乙女の裸身を見た罪は重いわよ」


 不敵な笑みを浮かべてそう言ってくるクリスに、フリッツは頭を抱えたくなった。


「じゃあ公衆浴場なんか入らなければいいのに。しかも男湯だったし」


 そう言い返したかったが、何を言っても無駄どころか、火に油を注ぐだけのような気がしたので、フリッツは沈黙した。


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