アリシア旧友ネットワーク
「と、いうことで」
「はい」
「晩餐会よ。参加しなさい」
「勘弁してください」
宿に戻るなり、いつものことながら唐突に降ってきた会長の指示に、フリッツは秒で泣きを入れた。
「俺には向いていないですって」
「向いていないのは知っているわよ。その自己評価は正しい」
フリッツの後ろ向きな発言を、アリシアは全く否定せずに頷いた。
そしてそのまま、ぶった切る。
「それでも慣れろと言っているの」
まさに暴君であった。これだけ向いていないと主張していることをやらされるのはいつ以来だろうか。
フリッツは思わず考えた。そして割としょっちゅうであることに気づいた。
気づいたために、諦めも早かった。
「わかりました」
「はやっ!」
それは、思わずウィナが突っ込むほどに。
「あなた、いくら雇い主から言われたからって、一度拒否したのにそんなすぐ受け入れていいの?」
即席コンビを組んだせいか、ウィナの口調はずいぶんと砕けたものになっている。
「まあ会長の命令だし。これからキャラバンを大きくするには、俺みたいな人間でも偉い方たちとの付合いも知っていかないと、っていうのはあるから」
「素直か!」
天然対ツッコミ属性。案外相性がいいのかもしれない。
「そういえば、ウィナはどうして宿にまで?」
今更の質問に、ウィナは驚きで目を丸くする。この、天然脳筋が、という言葉はかろうじて口の中にとどまった。
「あなた達を晩餐会へご案内する役を頂戴したの。魔法師団の仕事ではないけれど、近衛内定の身としては断れないしね」
「ほーなるほど」
「わかっていると思うけど、近衛が案内に出てくるということは王族が主催だからね」
フリッツは固まった。まったくわかっていなかった。
「え、ラムさんじゃないの?」
震え声で尋ねるフリッツに、ウィナはもう溜息を隠しもしなかった。
「ラム隊長はあいにく仕事。主催はフラミー殿下よ」
慣れるための晩餐会にしてはレベルが高すぎる。フリッツはがっくりと肩を落とした。荒事担当の迫力はどこにもなかった。
「こいつ、世間知らず過ぎませんか?」
「わたしが拾わなければ、よくて傭兵、悪くてごろつきくらいの学しかなかったわよ」
だから教育に苦労している。フラミーなら許してくれるし、と続けるアリシアに、ウィナは目を剥いて反論する。
「我が国の姫殿下になんという扱い!」
その剣幕にアリシアは驚き、わざとらしく口元を押さえた。
「そうよね。ごめんなさい。あなたから見て問題がないように、しっかり教えてあげて。近衛なのだからできるでしょう?」
「それは、もちろん。って、あれ?」
「よろしくね」
アリシアがにっこり微笑み、ウィナは自分のミスに気がついたがもう遅い。
「は、はめられた……」
ウィナも肩を落とした。隣ではフリッツが死んだ魚のような目で固まったままだった。
せっかくの一張羅も中身がくたびれていては意味がない。
フリッツの様子はまさにそれを証明していた。
結局アリシアに押し付けられた後のウィナは流石近衛(候補)とでもいうべき生真面目さを発揮して、きっちり二時間、フリッツに晩餐会での作法を叩き込んだのであった。
それはそれはスパルタで、手も出るしなんとなれば魔法だって遠慮容赦なく飛ぶという始末だった。
物理と精神の両面から責められて、流石にフリッツといえども疲労が見て取れる、ということである。
そのウィナはといえば、どうも仕事はフリッツ達を案内することまでだったらしく、さっさと宿舎に帰っている。もしくは、体力の限界を迎えてベッドにダイブしている。
先を歩くアリシアとエスコートするビットはスマートなものだった。特にアリシアは完璧によそ行きの仮面を被り、会場に入った一瞬、来客の視線が集中するのがわかった。
しかし、そんなことに慣れきっているアリシアは視線を完全に無視する。
わずかに頬を赤らめたウエイターから泡の立ち上るグラスを受け取り、迷いのない足取りで進んでいく。
その先にいるのは、青と黒が混ざった髪を持った青年、ロデル。彼も正装しており、杖の類は持っていない。
「来たか」
「よくもまあ、堂々といるわね」
「私は正式な招待客だよ。たまたま休暇で王都に滞在していた要人を、王国の首脳部はたまたま予定されていた晩餐会に招待した、というだけさ」
ロデルはわざとらしく片目を瞑って返答する。
その作られた軽薄さに、アリシアが嫌そうに顔をしかめた。
「堅物腹黒のウインクとか勘弁してくれないかしら?」
「ようやく不自然にならないくらいになったと思うのだが、ダメか?」
「不自然極まりないわよ」
一瞬で情けなさそうな顔になるロデルに、アリシアは容赦なくダメ出しをする。
そのまま、溜息をついた。自然に見せる悩まし気な表情は恐ろしいまでの色気を持っているが、フリッツはそれが作り物であることを知っている。
恐らくはロデルも同じなのだろう。今度はロデルが顔をしかめた。
「女は怖いと言うが、君は相変わらず極めつけだな」
「これぐらいできて、不自然じゃない、っていうのよ。それに」
アリシアは肩をすくめ、困ったように言う。
「あなたが本当に軽薄だったら、わたしも警戒しなくていいんだけれど?」
二人の視線の温度が急速に下がる。周囲にはわからない程度に、しかしフリッツには一触即発に見える程度に。
「なに、何もしないさ。ここではな」
「ラムのお膳立てを待ってなさい」
アリシアがはっきりと言うと、ロデルは視線を元に戻した。フリッツは知らずに緊張していたことに気づき、肩の力を抜いた。
「待つ気はあるんだぞ? ただあいつはアホだからなあ」
「否定できないわね」
「二人ともひどいわね。一応わたしの恋人なんだけど?」
周囲の喧騒に紛れて声をかけてきたのは、燃えるように赤い髪を持った女性だった。
アムネジア王国では初めて見る、やや浅黒い肌。そして、誰もが目を引かれるであろう勝気な赤い瞳。その身体を包むワンショルダーのドレスもまた、赤だった。
「久しぶりね、フラミー」
「少し早いが、この度はおめでとう」
彼女に向けて、アリシアとロデルは先ほどまでのことがなかったかのように穏やかな表情でグラスを掲げた。
フラミーはわずかに頬を染めて、ありがとう、と返す。
「ビットも久しぶりね」
ほぼ置物であるビットにも気さくに声をかける。名前からはこの国の王女であることがわかるが、その気安さはまるで――
視線で尋ねると、アリシアは頷いた。
「さすがにあなたでもわかるわね。フラミーもわたし達の旧友よ。まあ、スクール時代はライバルパーティー、ってところかしら」
「後半はずいぶん差がついちゃったけれどね」
アリシアの言葉にフラミーがわずかに苦みを加えて補足する。
「いつの間にかラムとくっついていたしね」
「うぐぅ……」
王族にあるまじき呻きをあげて、フラミーは眼を逸らした。このゴールに至るまでに相当色々あったことが、フリッツにも想像できた。
「しかしこうして聞くと会長の旧友ってとんでもない方ばかりですね。大陸トップクラスの精霊魔法の使い手に、大国の宮廷魔導士に、果ては王族とか」
呆れた声を出すフリッツに、フラミーが視線を向け、にやりと微笑む。どうしても王族に見えない。ましてやフリッツのイメージするお姫様とは全く違う、好戦的な笑みだった。
「あなたアリシアの部下? 初めまして、フラミー=フレイヤよ。フラミーで構わないわ」
「あ、はい。会長の下で働いています、フリッツです。よろしくお願いします。フラミー様」
「そう、フリッツね。フリッツ。わたしは確かに王族だけれど、精霊魔法の実力を認められて王族に養子に入ったの。王族だからとんでもない、という認識は改めてもらえると嬉しいわね」
好戦的どころではなかった。フリッツが凍りついていると、ロデルが口を開く。
「フラミー。彼は大人しそうに見えるが相当やるぞ。昼間君たちの近衛騎士団を相手に大立ち回りをしていた」
擁護どころか燃料を投下するロデルに、フリッツは半眼を向ける。内心での警戒レベルも上げることにした。
案の定、フラミーは興味を深めたらしく、へえ、と声を上げた。
「報告にあったウィナと一緒に暴れたやつが、フリッツなのね。ぜひわたしともお相手願いたいわね」
「王族が率先して暴れようとするんじゃないの」
下手をすれば今からやろう、と言い出しかねない様子に、アリシアが割り込んだ。
「その血の気の多さはどうにかならないの?」
「アリシアに言われるのは心外ねー」
秒で返したフラミーの言葉に、フリッツは心の中で何度も頷いた。趣味が盗賊狩りの女傑に血の気が多いと批判されるのは冗談でしかない。
「まあいいわ。話を戻すと、フリッツの指摘は的を射ているわよ。アリシアやわたしの友人たちはちょっと突出している実力者が多いの。不自然なくらいにね」
「え、まだいるんですか?」
フラミーの言葉に、うっかり素で聞いてしまうフリッツ。ウィナが即席で施したメッキはあっという間にはがれている。
フラミーは頷くと、なぜか得意気に語り出した。
「そうね。ロデルと同じ騎士王国の隊長格にタイムっていうのがいるわね。でも何よりも、大陸に10人しかいないS級傭兵のうちの二人はわたし達共通の友人よ」
得意気に語るだけあって、とんでもなかった。どうにも王女の評価基準が腕っぷしに偏っているが、脳筋傾向が強いフリッツは気づかなかった。
「そもそもアリシアもビットも、商人としてはおかしな実力者だしね。あなたも大変よね」
「ええまあ、大変です」
「そうは言いますが、フラミー」
脊髄反射のような速度で頷いたフリッツにかぶせるように、ずっと黙っていたビットが口を挟んだ。
「このフリッツは、わたし達の中の荒事担当ですよ」
「……」
フラミーの表情が固まり、ゆっくりと改めてフリッツを観察する。それは上から下までもう、じっくりと。
「この一見大人しい子が? 確かに身体つきはいいけれど」
「はい」
「近衛騎士団蹴散らしたのだけじゃ判断できないなー、なんて思うんだけど」
「アリシアさんもわたしも基本的に接近戦でフリッツには勝てませんよ。二人がかりでも」
「……マジ?」
「マジです」
再度フリッツを見るフラミー。そして、彼女はゆっくりとかぶりを振った。
「バケモンじゃん」
断言されてフリッツはちょっと傷ついた。そして、王族でもじゃん、なんて言うんだなあなどとのんきなことを考えていたので――
ビットが一瞬鋭い視線をロデルに向け、ロデルが肩を小さく竦めて返したことに気づかなかった。




