プロローグ
そこは、一言で言えば地獄だった。
地は裂け、風は吹き荒れ、炎が周囲を焼き踊る。水すらも救いではなく、人を飲み込み、何処かへと消えていく。
起きていることは、一言で言えば惨劇だった。
多くの精霊使いが、そしてその仲間が物言わぬ躯となって果てている。姿があればまだいい方で、炎に、水に飲まれた者は、倒れている者の倍はくだらない。
そこで立っている者はわずか十三人。九人が人間で、四人が魔族であった。
「くそっ……」
大柄な黒髪の少年が悪態をついた。傷だらけの身体でもしっかりと剣と盾を構え、魔族たちを見据える。
「癒しを、わたし達に」
背後の金髪の少女が傷を治す聖魔法を発動しようとして、そして失敗する。この地で聖魔法が働かないことはわかっていたが、それでも再度突き付けられた事実に歯噛みする。
「参ったわね」
緑色の髪をポニーテールにした少女が嘆息した。諦めにも似たその呟きには、しかし絶望は乗せられていない。そのことを少年は頼もしく思った。
そのことに勇気を得て、少年は魔族の一人に視線を向けた。見た目だけなら少年とそう変わらない。色素の薄い髪をツインテールにまとめた魔族だ。
「……ごめんね。わたしなんかに関わったから」
目を伏せ謝る魔族は、人間の少女とほとんど違いが判らない。しかし、言葉を発した口には人間にはありえない発達した牙があった。
それは、夜魔と呼ばれる魔族の特徴だ。
「メーナ。君に謝ってほしいわけではない」
慰めを口にしようとしたはずが、少年から発せられたのは固い言葉だった。
冷たい言葉にメーナと呼ばれた夜魔が瞳を伏せるが、ポニーテールの少女がそれを断ち切った。
「メーナ。こいつが言いたいのはそんなことじゃないわよ」
言葉を紡ぎながら、黒い短剣を構える。それは溌溂とした印象を与える少女には不釣り合いに禍々しいものだった。
「精霊の宴でこんなことをしでかしてくるとは思わなかったわ。お祭り気分でいたわたし達にも、その辺で死んでいるクソ精霊使いにも問題はあった」
「まあそうだな。うまく人間の隙をつけた。いかな天才パーティーともてはやされようと、正面から私達には敵わんだろう」
メーナではなく、額に三本の角と、血のように赤い目を持つ魔族が答えた。
少女は視線をその魔族に移して答える。
「あんたともそこそこ付き合いは長いけど、今回は見事にしてやられたわ。でも、ただでは返さないわよ?」
「まったく、人間というより魔族のセリフだな」
「うっさいわね!」
少女が叫ぶと、それに呼応したように風が舞った。大地に吹き荒れる風を切り裂く鋭さをもって、魔族に迫る。
「あわせなさい!」
「炎の鞭!」
少女の声に呼応して、赤毛の少女が魔法を発動する。巻き起こった風を取り巻くように、炎が鞭となって魔族たちへと迫る。「精霊の宴」の地では精霊魔法は問題なく発動する。
「闇の牙よ!」
同時に、金髪の少女を守るように立っていた、小柄な茶髪の少年が闇の魔法を発動した。
「正面からでは無理だというのに」
しかし、赤い目の魔族は慌てず、むしろ嘆息めいた言葉とともに対抗魔法を展開し、風と炎、闇を吹き散らす。
そこに、ひと際強い声が響いた。
「雷撃よ!」
声の強さよりも、その魔力の大きさに誰もが目を見張った。それは、人間が放つにしては規格外の大きさであった。
「馬鹿なっ!」
焦った声を上げた赤目の魔族とともに、他の魔族も慌てて対抗魔法を展開する。
だが、金髪碧眼の少年が放った雷は対抗魔法による防御壁を突き破った。
「があああああっ!」
苦悶の声が魔族たちから漏れる。その隙を逃さず、少年はメーナに駆け寄り、その手を引く。
「あ……」
「僕は、君に謝ってほしいわけじゃない。君を、迎えに来たんだ!」
その言葉の強さは、先ほどの雷撃と並ぶかのように強く、しかし優しかった。
メーナは目を見張り、青と黒が混ざった髪をした少年を見つめた。
見つめ、頬を紅潮させ、嬉しそうに微笑み――そして首を横に振った。
「ありがとう、ロデル。でもわたし、やっぱり行かなきゃ」
ちゅ、と軽く唇をロデルの頬に触れさせ、メーナは牙を強調するように獰猛に笑む。
「だってわたし、魔族だから。ちゃんと同族を止めなきゃ」
少女の影が伸び、魔族たちを飲み込む。
「全部終わったら、迎えに来てね」
振り向いて微笑んだ彼女の口元には牙が覗いていたが。
そんなことは些細なことで、少年ロデルは見とれ、決意した。
「必ず。必ず迎えに行く」
その後、メーナの姿も、他の三人の魔族の姿も、見たというものはいない。
そのまま、時は流れ――少年たちは青年と呼ばれる年になり、それぞれの道を歩み始めた。
再開します! しばらくは不定期更新で仕事との兼ね合いを見ていきます。