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【10000PV 感謝】アリシアキャラバン漫遊記  作者: 武村真/キール
お姫様を目覚めさせる、三つの方法
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夢魔、探しています

「まずは動くわよ。ビット、フリッツは街へ出て、足で情報を集めなさい。わたしはこの屋敷でもう一度彼女の様子を見る」


 アリシアに指示されて、フリッツとビットは頷いた。すぐに部屋へと戻り、十分で支度をする。

 木綿を紺色に染めた長袖に、カーキ色のズボン、その上から柔らかい革でできた胸当てをつける。刃物を持つ相手と対するには貧弱と言える装備だが、フリッツは気にしていない。速度で相手の攻撃を避けるというのが、フリッツの戦闘スタイルだからだ。

 加えて、今は聞き込みが任務である。それほどの危険があるかは未知数であった。


「聞き込み……」


 そこで、フリッツは気づいた。

 夢魔の情報など、どうやって集めればいいのだろうか、と。

 頭の中で、いくつかの想定問答が浮かんだ。


「夢魔、知りませんか?」


 ――知るわけがない。


「夢魔、見ませんでしたか?」


 ――見ているわけがない。


「ちょっと夢魔っぽい痕跡とか、最近ありませんか?」


 ――あるわけがない。


「…………」


 そこでフリッツの想定質問は尽きてしまった。

 自分が聞き込みとか、探索とか、そういった事に向いてないことを改めて痛感して、フリッツは膝を抱えて座り込みたくなった。

 まさか本当にそうするわけにもいかず、フリッツは扉を空けて、既に支度を終えていたビットと並んで歩き始める。


「行きましょう、フリッツ」

「はい。具体的にはどうしますか?」


 フリッツはビットに尋ねた。ビットは基本的にアリシアの方針に従うが、知識は豊富で、頭も回る。自分で決められないわけではないのだ。

 ただ、普段はそれをすべて、アリシアに預けている。

 彼らの間には主従の関係を超えた、強固な信頼関係がある。

 フリッツにはそれがなんとも眩しかった。


「まずは街へ。領主と対立する勢力の確認から始めましょう」

「わかりました」


 フリッツはビットの方針に頷くと、二人して歩く速度をわずかに上げた。

 それでも、足音は石畳に響きもせず、二人は門の向こう側へと姿を消していった。




 夢魔にも、生きる権利というものがある。

 少なくとも、彼はそう考えていた。既に神話の時代と呼ばれるほどの過去、夢魔は敗北し、封じられた。それは敗北者に与えられた罰であり、それについて今更どうこう言う気はない。

 しかし、封じられた空間で、何もせずに。毒素に身体を蝕まれて朽ちていくという選択は、彼にはできなかった。

 なぜならば彼は、世界を愛していた。

 人間が栄華を謳歌し、勢力を広げていってもかまわない。

 ただ彼は、沈む夕陽を、おぼろげに輝く月を、季節を運ぶ風を、心から愛していた。

 だから彼は、封じられた世界から、この世界へと舞い戻った。

 いくつかの代償を払い、それでも残された時を愛する世界で過ごすために。

 彼は夢魔。

 かつて人と同じ世界に生き、世界に追われ――それでも世界を愛する、悲しき夢魔。

 眠り続けるお姫様を代償に、彼はただ願う。

 この世界で、生きていく場所が欲しいと。

 心から願い、手を延ばし――

 彼が掴んだのは、しかし何もない。暗闇だった。

  



 フリッツとビットは、日暮れまで歩きまわったものの、それらしい成果は得られなかった。わかったのは、テオドアは上手く領地を治めており、反乱勢力はあるものの、それはテオドアに対抗できるほどの規模ではない、ということだった。


「夢魔の単独犯行では?」


 フリッツは思いついたことをそのままビットに尋ねたが、彼は首を傾げ、穏やかに反論してきた。


「夢魔はいわゆる魔族。人間と違う存在ではありますが、別に人間と対立しているわけではありません」


 ビットの言葉は、フリッツの考えを根本から否定するものだった。

 それでは、何故夢魔は人間を眠らせるのか。その理由がわからなくなる。

 フリッツの疑問を解くように、ビットは言葉を続ける。


「彼らは人間の生気を力とし、人間と夢の中で交わることでしか、子孫を残せません」


 思わず歩みを止めそうになるフリッツに構わず、ビットは歩きながら喋り続ける。


「夢魔は魔族の中でも、人間と最も近しい距離にいます。だから、なるべく敵に回さずにすむなら、それに越したことはないのです」


 二人の距離は、一歩分離れていた。その差は広がらず、縮まらず、二人は歩みを続ける。


「もし、本当に人間と……いや、世界と相容れない存在があるとしたら」


 ビットは変わらず淡々と続ける。


「それは真魔イニシエートと呼ばれるものです」


 唐突にもたらされた、あまりに不吉な響きを含んだその言葉に、フリッツは思わず身体に力を込めた。

 夕陽に照らされて、左腕に巻き付いた黄金の腕輪が、キラリと輝いた気がした。

 フリッツは一歩、強く踏み出す。

 再び二人の距離が並ぶ。


「戻りましょう。今日の収穫はなさそうです」

「……はい」


 城へと戻りながら、フリッツは一人口の中で繰り返す。

 ――世界と相容れない存在。

 ――――真魔。

 夢魔を探しているはずなのに、その言葉は、耳にこびりついて離れなかった。

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