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2話 永久の約束

「おーい! ネムさんや! 起きてくれ」


 ネムに呼びかける老人の声。


 顔には太陽の光が当たり眩しく目を開けるのが辛い。


「……ん、何だ? 誰だ?」


「ワシじゃよ。ワシ、エルグじゃよ」


「すまない。寝てたみたいだ」


「いいんじゃよ。約束の二千ゼルじゃ。気になってたんじゃが、そこの隣の坊主は誰じゃ?」


〝ゼル〟は世界で最も文明が発達しているリゼル王国が発行する商品の売買や取引に使用される通貨のことだ。


「ああ、こいつか? 昨日、山の中でひ――」


「それ以上は言わんでよい。それより薬草あるかの」


「そうだな。レイ少しどいてくれるか?」


「……ん、わかったよ」


 ベンチから立ち上がったネムは解決屋(ユナンシア)の中にエルグ老人を招き入れ、依頼の品〝薬草〟を渡し、二千ゼルを受け取るのだった。


「これで依頼完了っと」


「ネムさん、ありがとう」


「またのご利用を!」


 依頼を完了したネムはエルグ老人を見送った後、レイに仕事を一から教えるため、手順が書かれているマニュアルを何回も読ませた。客への接待方法、依頼を受ける基準、そして最後に受理するための条件。


 これらを頭の中に叩き込んだレイは、ネムに客の対応をするよう命じられたのだ。


 だが、細かく書かれたマニュアルはレイとっては簡単な内容だった。


 幼い頃に英才教育受けていたこともあり、客の対応はお手の物。まるで上級貴族のような気品のある立ち振る舞い、言動すべてが優雅で素晴らしかった。


 客受けが良く『坊ちゃん、さすがだな』との褒め言葉ばかりが会談室に飛び交う。


 腕を組み、頷きながら満面の笑みでレイを見つめるネム。


(さすがだな! レイは!)


「よし、そろそろか。レイ! 休憩にしようか」


「わかった。そうしよう」


 仕事もある程度片付き、休憩がてら二人でフランの町中を歩きながら変哲もない会話をするのだった。


「レイ今日の仕事はどうだった?」


「初めてだったからな。何とも言えない」


「まあ、いいだろう。これからも頑張ってくれ」


「はいはい」


――これが二年前の出来事になる。


 もちろん、その二年間で色々と変化が起きた。


 レイは子供の容姿から、魔力が完全回復したため本来の姿――青年の姿へと変化したのだった。


 ネムはレイと過ごしてきたことで成長し、感情表現が今まで以上に豊かになった。


 そして毎日が輝いている。


 二人で一緒に驚き、悲しみ、喜び、苦しみ――白い紙に多くの色で絵を描いている気分にもなる。


 今までは仕事一筋、独り身で客への対応も暗い感じだったのだが、最近は『明るくなった』と常連からも言われるようになったのだ。


 世界は時間によって動く。時間を止めることなどできはしない。人間誰しも少しずつ〝終わり〟は刻一刻と近づいてくる。


(もう、私には時間がない。今のうちに……少しでも楽しい時間を)

 

 ネムは暗い表情をしながらそう思うのだった。


「仕事は今日、なさそうだな。レイ二人で出かけよう」


「いいよ。行こうか」


 二人は解決屋(ユナンシア)を後にし、しばらく広大な花畑を見ながら歩き続ける。


「なあ、レイ。前さ何でも望みを叶えると言ってくれただろ」


「ああ、言ったが……」


「決まったんだ、私の望み。それはな……私の身にもし、何かあった時この解決屋(ユナンシア)を守ってくれ。経営などはお前の好きにしてくれて構わない」


「急に何だよ? 縁起が悪いこと言うなよな」


「あはは! ごめん、ごめん。あっ! レイちょっとすまない、忘れ物した。ちょっとここで待ってろ」


「はいはい。待ってるよ」


 ネムはなにかを忘れたのか解決屋(ユナンシア)の中に姿を消した。


 レイは疑問に思うが大人しくその場で辺りを見渡しながら待機するのだった。


「おお! レイ君じゃないか!」


「あ、どうも。ミランドさん」


 話しかけてきたこの男性はミランド・フラン。この町、フランの領主の息子でネムを毎日のように口説きにきている暇な御仁だ。


「レイ君。ネムさんの身体の調子はどうだい?」


「普通に元気ですが……なにかあったんですか?」


「聞いてないの? もう末期の病気らしくてね……」


「ハッ⁉ 今、なんて言った⁉」


「だから、末期の病気で――」


 レイは思わず走り出した。走って、走って、走った。息が切れるほど全力で――。


「ネム! いるか⁉」


 解決屋(ユナンシア)の扉を勢いよく開け、何度も、何度も呼びかける。


「ネム! ネム! ネム‼」


 返事がなく、物音すらしない。


 最近、ネムがこっそりと入る会談室の隣の部屋。今まで気にしたことはなかったが、もしかしたらと思いレイは初めてその部屋に足を踏み入れた。


 だが、目に入ってきたのは衝撃の光景――ネムが意識をなくし、倒れている姿だった。


「う、嘘だろ! ネム! 起きてくれ!」


 すぐに町医者のミゲルに連絡したレイは何かしたくても見守ることしかできない。何が原因で倒れたのかもまったくもってわからないからだ。


「――レイ君! どこだい⁉」


「会談室の隣です! 急いで!」


 走って駆けつけたミゲルは、ネムに〈治癒(ヒール)〉を唱えた。


 レイは祈る――女神(イデア)に。


 そして、祈りが届いたのか、ネムは奇跡的に息を吹き返し目を覚ましたのだ。


「……ネム良かった。……本当に……」


「……泣くな、レイ」


「え…………」


 無意識のうちにレイの目から涙が溢れる。その涙は頬を伝いネムの顔へと流れ落ちるのだった。


「レイ……本当にすまない。黙っていて……」


「そんなことはいい。今の魔法で治ったのか?」


 レイは確認を取るが、ミゲルは首を横に振り続ける。


「な、なんで……ネムが……どうして」


「レイ、よく聞け。人間は脆いんだ、お前と違って。すまない、ミゲル外してくれないか」


 ミゲルは首を縦に振ってからその場を後にした。


「……私は……今まで……頑張ってきた。子供の頃……両親を殺され……た場所で〝おにいさん〟と……やくそくしたんだ。つよ……く、ごほっ、ごほっ。いきて……また、あったときに……ほめてほしくて……」


「そうか……やっぱりか。ネムがあの時の少女だったんだな……」


 レイの過去の記憶が蘇る。


 あの時、確かに一人の少女を救った。強く、強く抱きしめた感覚はまだ、腕に残っている。


『いつか、君の成長を見に行くから』


『ほんとうに?』


『ああ、俺は約束を必ず守る』


『うん! わたし、がんばるから……あいにきてね』


『約束だ。必ず』


 ネムは待ち続けていたのだ。ずっと、ずっと。いつかレイが自分の成長した姿を見にくると信じて……。


「ごほっ、ごほっ。……うん。めがみえなく……なってきた。おにいさん……てをにぎって」


 声だけが聞こえる。だけど、安心する。〝子供の頃〟のように。


「大丈夫だ。俺はここにいる。安心しろ」


「おに……い……さん。わた……し……がんば……たよ」


 あの時のようにレイはネムを強く抱きしめた。強く、強く、強く。


 心が痛い、苦しい。大事な人が息を引き取る姿を見たくない。


 どうしてもレイはそう思ってしまう。


「安心して眠れ。ネム・ユナンシア。この解決屋(ユナンシア)も含めて、後はすべて俺に任せろ。これが……最後の約束だ」


「あ……が…………とう。お…………さん」


 ネムはレイの腕の中で穏やかな顔をしながら息を引き取った。


「今までありがとう。俺にとって大切な人よ。女神(イデア)のもとで見守っていてくれ」


 その後〝ネム・ユナンシア〟の追悼式が行われた。


 その、突然の死に、悲しく思わない者は誰ひとりいなかった。


 フランの町の人々、それ以外の都市や町からも多くの人々が訪れた――女神(イデア)のもとへ送るために。


 レイは絶対に忘れなかった。彼女の存在を……そして。


――最後に交わした約束を――

ここまでお読み頂きありがとうございました。m(_ _)m


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