18話 小さな魔王様
二人の了承を得たレイはコクエイから小太刀を受け取り、地面に一滴の血を垂らす。
そうしたら不思議なことに、今まで明るい場所だったはずが徐々に暗くなり始め、やがて何も見えなくなるのだった。
隣にいたはずのエリカや正面にいたヘルヘイム、そしてコクエイまでもが……。
レイは召喚というこの儀式のようなことをあまり行いたくなかったが、この際は仕方がない。
魔力も超級魔法以上に消費し、さらには身体の疲労も溜る。
だから、使用したくないのだ。
でも、エリカが造り上げたこの国スメラギを守るためなら仕方がないことだ。
自分の魔力と疲労ですべてが平和に収まるなら誰も文句は言わないはずだ。
そうレイが考えている時、暗闇の中から一人の妖艶な女性の声が響き渡る。
「魔王様、久しぶりね。ん? あれ、これは人間の気配? 三人ほどかな? 不思議なこともあるね、今回は何用であたしを召喚したの? 食事を作るため? それとも、あたしと結婚してくれるの?」
レイにこのように問いかけた一人の女性――名前はセシル。レイが魔王の座に就いた時からの側近であり、レイの姉であるユイナとは幼馴染の関係だ。
それもあってかレイの側仕えを自分から進んで行い、普段からメイド服を着用している。
彼女にとってこのメイド服はレイに生涯仕えるという、心の現れだと姉であるユイナからレイは聞いたことがあった。
当時、一緒に街中を歩くのに恥じらいもあったが、彼女が仕えてくれている以上、レイは一切彼女に不満を漏らすことはなかった。
だが、少々変わった性格をしているためレイが苦労することも多かったが、姉であるユイナ以外で信用できる者と言えば間違いなくセシルと答えるほど、レイは彼女を信用しているのだ。
「セシルその最後の発言は控えるよう頼むよ、今日の朝から大変だったんだ。察してくれ」
「そう、確かに可愛らしい姿になってるけど……これはこれでそそられる。あたしの中に何かが目覚めようとしている気が――あああ! 堪らないよ‼」
「お前は何を言って…………ま、またこの姿に! せっかく戻ってたのに……最悪だ…………」
「そう落ち込まないで。可愛いま・お・う・さ・ま」
「可愛いって言うな!」
召喚が終わり徐々に暗闇から光が差し込んでくる。
(ヤバい、この姿じゃまたトラブルに巻き込まれる)
そう思ったレイはセシルにすべて任せその場から立ち去ろうとするが動けない。
この時レイは忘れていた。
――エリカに自分の影に杭を刺され、動きを封じられていることに……。
必死にもがくがやっぱり動けない。
そんなレイに気づいたエリカは憐みの目で見つめるのだった。
「レイ兄どうしたの? そんなバタバタして、あれ? 気づいたら可愛い子供がここに紛れ込んでる!」
「だ、誰が子供だ! お前、やっぱりさっきのこと根に持ってるだろ⁉」
「そんなことないよ」
エリカはニヤニヤしながらレイを見つめながら身体を寄せる。
「そ、そんな目で俺を見るな! みんなして!」
「姫、何ですか? この可愛い生き物は?」
「すごいでしょ! これがレイ兄の可愛い所だよ。みんなこれは希少だよ! 女神様がこの世に降りてくるぐらいにね!」
(え! そんなに⁉)
レイはそう思うのだった。
今のこの状況を利用すれば利用すればこの場から逃亡できると考えたレイはエリカにつぶらな瞳で話しかける。
「ねえ、エリカ身体が痛いんだ。杭を抜いて欲しいんだ、お願い」
レイは必死に少年のような可愛らしい演技をするのだった。
一応、元魔王という肩書きもあり、さらにプライドも傷つくがこの場から去ることだけを考えると捨てることも選択肢の一つだろう。
お願いされたエリカは何かもやもやした感情が芽生え始めた――それは、女性ならではの母性本能だった。
「いいよ、動けるようにしてあげる」
「ありがとう」
決して杭を抜いてもらうまでは油断してはならない。
もし、少しでも演技を怠ることがあればその時は間違いなく可愛がられるという地獄を見ることになるだろう。
そして、エリカの手が杭に近づくにつれ、レイの心臓の鼓動は徐々に早くなっていくのだった。
「レイ兄抜いたよ、動ける?」
レイはすぐに椅子から立ち上がるとその場を走り去りながら言葉を残す。
「ははは! エリカのバカめ、逃げ出してしまえば俺の勝ちだ! 油断したお前が悪いからな! 恨むなよ」
「あー、逃げられた、油断したなぁ……なーんてね! 弟子達捕らえよ!」
『了』
エリカの指示を聞いた忍軍鵺代が一斉に動き出す。
「な、何だと⁉ 卑怯だぞエリカ!」
「そんなことないよ、『どんな些細なことでも油断するな』って言ったのはレイ兄だよ!」
「そ、そうか、でも、お前達に俺を掴まえることはできない」
「ふーん、そう、なら逃げ切ってみてよ。そんなお子様ボディで逃げ切れるならね!」
レイは必死に忍軍鵺代から逃げるも、呆気なく捕らえられるのだった。
――その時間はおよそ三十秒。
魔力を使用し逃げようとも考えたが、その肝心な魔力も底を尽き魔法が一切使えない状況だった。
「レイ様、観念してください。姫の所に戻りましょう」
リュウカはレイを抱えたまま、風のような速さでエリカが待つ場所まで移動する。
そしてレイはエリカの前に正座で座らされるのだった。
「逃げたことに対する言い分は? それと弟子達の前でわたしを侮辱した言い分も聞かせてね、レイ兄!」
エリカの笑顔の裏に怒りを感じるレイ。
だが、ここで推し切られる訳にもいかない――レイも重傷なレベルの負けず嫌いだ。
エリカもレイと暮らしていた時期が長いからか、もともとそのような性格なのか、それとも真似た結果このような性格になったのかは不明だが、かなりの負けず嫌いに育ったのだ。
この負けず嫌い同士の激しい言い合いという戦いは長い時間続き周りは頭を抱える。
「チキショー! お前なんか嫌いだ!」
「うわー、そんなこと言っていいんだ⁉ 言っていいんだ⁉」
「何で二回言うんだよ、語彙力ないのか?」
「何なのよ! 元魔王だからって調子に乗るのも大概にしてよね、ホント呆れるよ。チビ魔王!」
「ち、ちち、チビだと! 今言っちゃいけないこと言ったぞ! 身体のこと言うなんて、何て奴だ! この人でなし!」
そこに二人の口喧嘩に嫌気を差したコクエイが止めに入るが収まらず、最終的にはセシルが止めに入るのだった。




