17話 商人ヘルヘイム
さっきまでの騒動は何だったのか……レイは不思議に思っていた。
普段は落ち着いているエリカだったが、何が原因であそこまで暴走したのかはわからない。
今は商人との会談、そして交渉をしている最中だ。
レイはエリカを横目で見るが、さっきまでの暴走が嘘のようだった。
落ち着き、凛々しく、そしてこのスメラギの姫らしい対応を行っているからだ。
「うーん、じゃあ、これとこれね」
エリカがそう声を上げ、指さしたのは商人から提示されたカタログだった。
そこには食料や家具など様々な商品が記載されており、気に入った物を指摘し金銭を払うことによって、後日国に届けられる仕組みとなっている。
だが、今回エリカが注文したのは保存食ばかり。
その注文に商人は驚き、エリカに問いかけるのだった。
「エリカさん、いよいよ始められるのですね……?」
「まあ、そろそろかもね……レイ兄とも会えたし」
エリカはレイを見つめ、そう答えた。
「ああ、そうですか。この方がレイさんなんですね⁉ 驚きましたよ、かなりお若く見えるので。僕の想像ではもっと、こう髭がもじゃもじゃ生えて、いかにもザ・オジサンみたいな印象だったのに」
レイに対してこのような失礼な発言をしたのは、商業ギルドのギルドマスターであるヘルヘイムだ。
商業ギルドとは各国が注文した荷物を現地まで届け、さらには失業者のサポートまで行っている、世界でも有数の大きなギルドだ。
今回、スメラギに一商人として訪れたヘルヘイムは、年齢はかなり若く、この若さであの大きな商業ギルドのマスターに昇格したということは、かなりのやり手であり、人々からの信頼もさぞ厚いのだろう。
「あ、そうだ、エリカさんに書簡が届いてるよ。えーっとね、差出人はリゼル王国の国王アーズベルトだね。はい、どうぞ」
エリカはヘルヘイムから書簡を受け取った。
そして、中の内容を確認するため、書簡の封を小太刀で開ける。
黙々と書簡の中身を読み進めるエリカは、不気味な笑みを浮かべるのだった。
レイはその笑みを見て、背筋がゾッとする。
(エリカのこの顔……何か企んでるな)
レイはそう思うのだった。
書簡の中身をエリカに見せてくれと頼んでも一向に見せようとしない。
(怪しすぎる、何か大変なことに巻き込まれるかもな、フランに帰りたい)
そうは思うが、レイはその場から動かない――というより、身体が動かせないのだ。
(え、何で身体が動かせないんだ)
まさか、今座っているこの椅子に仕掛けがあると考えるが、どこも変わった所はない。
その時、エリカの後ろで控えていたコクエイがレイの耳元で囁くのだった。
「姫がレイ殿の行動を封じているのです。ほら、レイ殿の影に杭が刺さって――」
「いや、言わなくていいから。怖い、エリカさん怖すぎる。いつから、こんな…………」
「我が考慮するに姫は先ほどの出来事にまだ不満があるか、それとも根に持っているのかのどちらかです」
「そうだよなぁ、どうしたものか」
レイはため息をつきながら、そう答えるのだった。
そんな横ではヘルヘイムと世間話を交えつつ、交渉をするエリカの口からとんでもない言葉が飛び出る。
「前にきてくれた時に話したことだけど、あなたに任せるよ。自分達で管理するのも面倒だし、それを狙った賊が現れる度に対処するのはしんどいしね。わたしの弟子達を警備に回すのは方法としてはアリかもだけど、弟子達にはもっと強くなってもらわないと困るしね。だから、ヘルヘイムの好きにしてもらって構わない。その分、金銭は用意してもらうけど……」
「そうですか……わかりました。では、至急お金の方を用意させて頂きますので」
「うん、頼むよ! 後、この書簡をあのバカ国王に渡しといて」
「え! 何で僕が⁉ エリカさんの書簡を読んだ国王にこの前、八つ当たりされたんですよ。一体どんな内容を書いたんですか? 商人という立場ですが、今回だけはお断りします」
「そう言わずにさ、ね!」
「嫌です!」
「……チッ、ケチな奴め」
「今、舌打ちしましたよね、しましたよね!」
「いや、別に」
この様子を伺っていたレイは一つの案を二人に持ちかけた。
その案とは――最もレイのことを慕う側近を使うという案だ。国王にエリカの書簡を渡すまでの間、一時的にスメラギの外交官としてリゼル王国までヘルヘイムと一緒に出向いてもらうというものだった。
もう一つの案としてレイ自身が行くことも考えたが、もし国王が元魔王であるレイの顔を知っていた場合、また最悪な結果になりかねない。
ここスメラギを魔国サジルの二の前にしてはならないと思い、側近を使う案を選んだのだ。
その案にエリカはレイが信用できる人物ならと了承し、ヘルヘイムは自分が八つ当たりされずに済むという話なので即了承した。




