16話 嫉妬
すると突然、コクエイと似た格好をした三人が霧のように姿を現しエリカに跪く。
「姫、今商人が――申し訳ありません。お取り込み中でしたか」
「うわー、姫って大胆だね」
「わわわ、姫ハレンチです」
姿を現した三人はエリカの弟子であり、忍軍鵺代第一部隊その隊長であるコクエイ直属の三人衆だ――右には〝サチ〟、そして左側には〝シズ〟、そして中央には第一部隊副隊長〝リュウカ〟だ。
それが彼女達の名前になる。
エリカをからかう三人衆を見て、コクエイは真面目な面持ちで話し始めた。
「控えろ、お前達。姫が恥ずかしがっておられるじゃないか。見ろ! あの可愛らしい少女のような姿を!」
「おおお! コクエイ様、流石です。すぐに姫の可愛らしい部分を見つけられるとは! 感服致します」
「そうだろう、そうだろう、我は姫のことなら何でも知っている」
コクエイは自慢げにそう話すのだった。
「じゃあ、わたしから一つ質問が? コクエイあなたこれからどうなると思う⁉」
「え、ええと……姫、何で怒ってらっしゃるのですか?」
「何でわからないの? バカなの? ああ、そっか! コクエイもレイ兄を狙ってるんだね。わたしを蹴落として自分は最後にゴールイン、と……コクエイは悪い子だね。お仕置きしてあげなきゃ」
「――ちょ、ちょっと、エリカま、待ってよ、わたしはそんなつもりじゃ……」
本気で怒っているエリカに問い詰められ、コクエイはつい素のリンとして話してしまうのだった。
「今更、何言い訳しようとしてるの? ねえ! 聞いてる⁉ レイ兄が泣いてた時も自分が寄り添ってあげれば、わたしの所にきてくれる、とか思ってたんでしょ? そもそも、おかしいと思ったんだよね。レイ兄が泣いてるの……!」
コクエイはレイを見つめ助けを求めるのだった。
「ほら、また二人で見つめ合って何なの? ――ま、まさか! 朝食の時、レイ兄が目をパチパチしたり、コクエイの手を引いてヒソヒソ話してたのって…………う、嘘でしょ! 二人はもう、そういう関係…………う、浮気よ! レイ兄が浮気した!」
パニック状態になっているエリカを見かねたレイは話に割って入る。
「エリカ落ち着け、いいな? ――っていうか、そんな関係じゃないだろ」
「そ、そ、そんな関係よ! 夜も一緒に寝たじゃない⁉」
「それは、いつもお前が勝手に布団に潜りこんできたからじゃないか」
「姫! 落ち着いて下さい……確かに二人きりになることは多々ありました。しかし、それはレイ殿を好きという訳ではありません」
「そ、そうなの? なら、良かった!」
コクエイの発言にエリカの顔には笑顔が戻ったが、レイは少し傷ついたのだった。
(わざわざ『好きじゃない』って、そうはっきり言わなくてもな……。ショックだ……本当に)
レイは『好きじゃない』という発言にトラウマがあったのだ。
レイがまだ幼い頃の話だ。
魔国サジルの城から一人抜け出したレイは大通りに店を構える菓子店に足を運んでいた。
店内は菓子の甘い匂いが漂い、菓子のどれも見栄えが良く、美味しそうで口の中でよだれが溢れてくる。
そして、店の奥から姿を現した一人の少女。
「いらっしゃいませ!」
その少女も菓子同様、美しく気品があり、ほのかにフローラルないい香りが漂う。
「あ、あの……おすすめのお菓子ありますか?」
「ありますよ! こちらです」
それはふわふわした生地の周りに、動物の乳から作られたクリームを綺麗に塗られたお菓子。
「美味しそうですね、いくらですか?」
「三百ゼルになります」
「では、これで」
これが最初の出会いだった。
レイはその菓子店を訪れると必ず菓子を購入しては少女と話しながらその場で食べる――これが、一日で唯一の楽しみだった。
――歳を重ねるごとにどんどん綺麗になっていくその菓子店の少女にレイはある日、心を惹かれた。
レイは自分の身分を明かすことなく接し続けてきた。
それは、なぜか――王族であるレイが求婚すれば確かに結婚はできるだろう。
だが、愛は買えない。幾ら金銭を支払おうが、自分の身分というものを利用しようが、話には乗ってくるかも知れないが、そこに必ず愛という感情が芽生えることないだろう。
これは、断言していい。
実際、レイの父であるラグナスと母であるカレンがそうだった。
ラグナスが王族であるカレンに一目惚れし、求婚したのだがそこに愛は一切なかった。
ラグナスがカレンに求婚した理由は……自分が王族になるためだったのだ。
カレンは薄々気づいていたが、ラグナスのことを誰よりも愛していた。
王族の自分に初めて求婚してきた度胸の据わった男性というイメージが頭から離れず死ぬその日まで愛し続けた。
だが、ラグナスはやりたい放題。
夜、街に足を運んではカレン以外の女性と夜を共にし、早朝に城に戻ってくる。
それを知ったカレンは悲しむが、それを問い詰めることは一切できなかった。
――自分が初めて愛した男性と離れたくない、という思いが強かったからだ。
カレンは可哀想な人だった。
死ぬまで愛されることなく、この世を去ってしまったのだから……。
レイはこの話を始めて聞いた時、父であるラグナスを恨み、殺してやりたいと思った。
自分の母を悲しませた挙げ句、さらには愛していた、という素振りも一切見せることはなかったからだ。
今、思うと父の死は不自然だった。
遺言を残すことは誰もがしていることだ。
その遺言とは『レイを魔王の座に就かせる』というものだった。
だが、あれだけ自分の身分を利用し、女遊びを楽しんでいた父が突然自害するのは不自然すぎる。
母の後を追ったのなら納得はできるが、あの男がそんな慈悲深い男ではないことは明らかだ。
だったら、なぜ、自害したのか……。
まったく想像がつかない。
誰かが殺したという線もあり得なくもないが――それなら、父が死んですぐに何かしら動きがあったはずだ。
しかし、不可解な動きは一切なかった。
それは当時、すでに魔王の座に就いていたレイが良く知っていることだ。
話は戻るがそんな訳で、金銭や身分を利用し愛を得られるということは決してない。
だから、レイはあえて王族だと明かすことなく接していたのだ。
レイはこの女性と一生愛を育みたいと思っていた。
彼女が宝石を望めばそれを買い与え、美味しい料理を食べたいと言えば高級店を予約し一緒に食事した。
ある日、レイは彼女に求婚を申し出た。
しかし、彼女の返答は『別に、好きじゃないし』この一言だった。
レイはそれ以降、女性を愛したこともなく、この『好きじゃない』という言葉がトラウマになったのだ。
本当にバカバカしい話だ。
あの頃のレイは恋心というものにうつつを抜かし、頭の中はお花畑だった。
だが、今は違う――トラウマを乗り越えた、そう思ってはいたが、実際そうでもなかったのだ。
レイは放心状態のまま一向にその場から動こうとしない。
エリカは心配そうにレイを再び抱き寄せ言葉をかけた。
「……ねえ、大丈夫? 誰かに何か言われたの? 他のみんながレイ兄のことが『好きじゃない』って言ってもわたしはレイ兄のこと大好きだからね。本当だよ、だから安心してね」
「え、エリカ! 俺もお前のことは大切に思ってるし大好きだ!」
エリカはコクエイ見つめニヤリと不敵な笑みを浮かべるのだった。




