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13話 親友

 そして屋敷に戻ったエリカは傷だらけのまま、自室へと戻ろうとしていた。


 その時、二階から駆け下りてくるレイチェルがエリカの身体中にできた傷を見て心配そうに問いかける。


「エリカ大丈夫ですの? ボロボロだけど」


「うん、なんとかね。疲れたからこのまま部屋に戻るよ。心配してくれてありがとう」


 エリカは階段の手すりに体重をかけながら一歩、また一歩とゆっくりと上っていく。


 階段を上る音に気づいたシュウ、リン、ルゲルも様子を見に部屋から出てくるのだった。

 

「その傷どうしたの? 今すぐ手当しなきゃ」


 リンがエリカに肩を貸しそのまま自室へと連れて行くのだった。


 そしてエリカを自分の椅子に座らせ、綿に消毒液を染み込ませて、それを傷口に塗り始める。


「ねえ、エリカこんな無茶したら身体が持たないわよ」


「リンにわたしの気持ちがわかる訳ないよ! どんな思いで……ここまで……」


「……そうね。確かにわたしにはわからない。だけど、エリカがこんな無茶したら……わたしは悲しいよ。傷ついた人を見るのは嫌なの! わたしは、わたしは」


 エリカは心配するリンの様子を伺いながら自分の気持ちを素直に伝えるのだった。


「ごめんなさい。だけど……わたしには必要なことなの。それだけはわかって」


「エリカがそこまで言うなら……でも、怪我した時は絶対わたしに言ってね、約束よ」


「うん、わかった」

 

 エリカとリンの二人が交わした約束――その些細な約束は互いを想い合う友情の証。


 リンはエリカの修行が終わるまで玄関で一人ひっそりと待ち続ける。


 これが二人にとっては当たり前の日常――しかし、いつしかこの約束は掛け替えのない日常へと変わっていくのだった。


 二人の内、どちらか片方でもその日に姿が見えない場合は互いの部屋へ出向き様子を伺う日々。


 最初は些細な約束だったはずが、いつしかそれは二人を繋ぐ大きな絆へと変化していったのだった。

 


 そして、エリカがシゲルのもとで修業を始めて二年経った頃。


 二年の間に格段に成長したエリカは師であるシゲルに《剣聖(けんせい)》の称号を与えられるのだった。


「今日からエリカは《剣聖》になる。これからはその称号に恥じない働きを期待する。それと〝スメラギ〟という名も与える。この名は儂の〝師匠〟から頂いた名だ。大事にするんだぞ。わかったかの?」


「はい。称号と名を頂戴いたします。わたしはこれからエリカ・スメラギと名乗らせて頂きます。……それと師よ、一つ聞きたいことが……よろしいですか?」


「いいぞ、答えてやろう」


「では、師の〝師匠〟とは誰なのですか?」


「それは、だな。エリカが良く知る人物――レイだ」

 

 もちろん驚いたエリカだが、ある程度は察していた――シゲルに以前、助けられた時も戦闘での動き方が似ていたからだ。


 それより、今は称号を授与されたことが嬉しくそれどころではない。


 この《剣聖》という称号は影流(えいりゅう)を極めし者に授与される称号だ。


 この最高ランクの称号を今世までで授与された者は、どの流派でも世界で数人程度しかおらず、大体の者は授与される前にこの世を去る。


 それだけ珍しく貴重な称号なのだ。


 称号は流派によって違い、閃月流だと《剣匠(けんしょう)》、乱絶流だと《武導》、魔法団だと《魔導》が授与されるのだ。


 二年という短期間で最高ランクの称号を授与されたのは世界では初のことだった。


 この偉業が世界に(とどろ)き武を極めんとする者達の間ではエリカ・スメラギという名は有名となったのだ。

 


 称号を授与された次の日。


「エリカ本当にいいのか?」


「はい、師よ。わたしは世界を見て回りたい。それで、レイ兄に話すんです。世界がどんなに広くてどんな場所なのかを」


「そうか……寂しくなるの。だが、リンも一緒に行くとは思わなかった。まあ、良いが……エリカよ。リンのこともよろしく頼むぞ」


「わかりました。全力で守らせて頂きます」


「わたしもエリカを支えます」


「では、二人とも行くが良い。気をつけるんだぞ」


「はい、行ってきます」


 エリカとリンは玄関でシゲルとの別れを済まし旅立つのだった。



 そして、現在。


 レイは今、エリカを強く抱きしめていた。


「今までよく頑張ったな。エリカ」


「うん。わたし……ちょっとでもレイ兄に近づけたかな?」


「ああ、お前は充分立派だ。修行も苦痛ばかりで大変だっただろう。結局二人で旅立った後はどうなったんだ? それとリンという子は?」


「今日はもう遅いから……この話の続きはまた後日。それに、リンならすぐそばにいるよ、出てきて」


「はっ! ここに」


 霧のように現れたのは――コクエイだった。


「いやいや、なんの冗談だ。リンって子は女の子だろ?」


「そうだよ。顔を見せてあげて」


「了」


 コクエイは顔に覆っていた黒い布を外した。


 その顔は色白く、瞳は空のように青く透き通っている。


「これでよろしいですか? 姫」


「うん、ありがとう。リンちゃん」


「その呼び方はやめて頂きたいのですが……」


「いいじゃない。二人の時はいつも普通なのに……わたしは悲しいよ」


「仕方ないじゃない。この鵺代(ヌエシロ)をまとめてる以上は、スメラギの姫に敬意を払わなきゃ」


「やっと素が出たね、リンちゃん」


 レイはこの二人のやり取りを聞いていると微笑ましく感じた。


 エリカにこんなにも仲のいい子ができていたのがレイにとっては嬉しいのだ。

 

「本当に二人は仲がいいな。リンこれからもエリカのこと頼むぞ」


「了。だけど今まで通り接して頂ければ、それと呼び方も今まで通りで」


「ああ、わかったよ」


 エリカとコクエイの二人の関係は固い信頼で結ばれているとは思っていたがまさか――その正体が話にあったリンだったとはレイは思いもしなかった。


 このスメラギに訪れてから驚かされてばかりで疲れているレイはエリカに問いかける。


「そろそろ休みたいからフランに帰るよ。エリカありがとう、今日は楽しかった」


「あ、そうだ。レイ兄、今日は泊まってよ。部屋もリン、いやコクエイに準備させてるから。コクエイ案内してあげて」


「了、ではレイ殿こちらへ」


「ああ、お休みエリカ」


「お休み、レイ兄」


 コクエイに案内された城内にある一室でレイは感心するのだった。


 床はすべて畳で襖などは金箔を貼りつけているのだろうか――部屋の照明で眩しくキラキラと輝いている。


 正直、魔王城で暮していた時より居心地がいい。


(こんな立派な部屋を用意してくれるなんて……エリカには感謝しかないな)

 

 レイはそう思いながら畳に敷かれた布団に入り、深い眠りに就くのだった。

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