1話 出会い
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「…………暇だ。やることがなさすぎる」
「なら、さっさと仕事を見つけてきなさい」
「いや、それはそれで……正直言ってめんどくさい」
「レイはずっと寝てるだけじゃないか!」
「そんなことないし。俺は頑張ってるよ。依頼がきたその日には必ず解決する。だけど、わざわざ自分から依頼を探し回るのもな、何か格好悪いじゃないか」
「そうか? 私はそう思わないけどな……」
この部屋は〝解決屋〟の会談室。ここは依頼者と直接顔合わせし、依頼を受理するかを決める場所でもある。
そこのソファに横になる青年〝レイ・ユナンシア〟。そしてそれを後ろで見守る髪が長く顔立ちも綺麗だが男勝りな女性〝ネム・ユナンシア〟。
このような和気藹々とした会話が二人にとって日常であり、楽しみでもある。
二人が出会った時は、特に会話もなく言い争うだけの日々だったからだ。
会話をしていると、レイとの出会いがふとネムの頭に蘇る。
(あの頃が懐かしくも感じるなあ。今になってやっと、レイとここまでまともな会話ができるようになったし……今のうちに……たくさんの思い出を)
ネムがレイを助けたのは二年前になる。
「はぁ、また一人か……」
朝、起きればいつも一人。毎日のように夢に出てくる過去の出来事。誰かが隣にいることはない――〝子供の頃〟からずっと。
ネムの両親は幼い時、金品・財宝目的の数人の盗賊によって殺された。
実家が裕福だったことを理由に狙われたのだ。盗賊によって捕まり人質として囚われたネムを救うべく両親は盗賊との条件を素直に受け入れた。
金品・財宝と娘の交換だ。
両親は準備した金品・財宝を盗賊に渡したが、その瞬間――剣で腹部を刺され殺されたのだ。
盗賊にとってはネムも邪魔な存在でしかなかった。
顔を見られ、もし冒険者ギルドにでも報告されれば盗賊たちが罰を受けることになる。
そして、盗賊がそのネムに手をかけようとした、その時――頭から二本の角を生やした青年が盗賊の目の前に現れたのだ。
その姿は、威圧的で凛々しく、人を絶望へと突き落とすほどの魔力量。
彼に敵う者などこの世に存在しない。
誰もが姿を視ては跪く――《顕現せし災厄》と謳われた魔王〝レイ・アザトース〟。
その姿を見た盗賊たちは慌てて、その場から逃走するのだった。
「君、大丈夫か?」
「……うん。ありがとう。でも、パパさまとママさまが」
「すまなかった。……救えなくて。もっと……早くこの場にきていれば……」
「……ちがうよ。おにいさんは……わるくないよ」
「ありがとう。そう言ってくれると俺も嬉しいよ」
ネムは必死に今でも溢れだしそうな涙をこらえつつ、レイに笑顔を返すのだった。
「あ、そうだ。これをどこかに売りなさい。当分、暮していける金額にはなるはずだ」
レイは自分の手首にはめていた金色に輝くブレスレットをそのネムの手のひらに置き握らせた。
「君はまだ幼いし、人生もこれからだ。強い心を持って生きなさい。そうしたらいつか幸せになれるから」
レイがその場を飛び去ろうとした――その時、ネムが声を上げた。
「おにいさん! いかないで!」
ネムは号泣しながらひたすら声を上げる。――喉を傷め、声が枯れるまで。
「君とは一緒にいられない。俺とは生きる世界が違うから……いつか君の成長を見に行くから……それまでは」
「ほんとうに?」
「ああ、俺は必ず約束を守る」
「うん! わたし、がんばるから……あいにきてね」
「約束だ、必ず」
レイはネムを強く抱き寄せた。互いの体温が感じられるほど強く、強く。
あの時、交わした魔王〝レイ・アザトース〟との言葉。
それはネムの心の中に今も刻まれ、この解決屋を開業したきっかけの一つにもなっている。
あの人のように強く生き、救いを求める人を助けたい。
できるならあの人ともう一度会いたい。お礼を言いたい。自分がここまで成長したと報告したい。
しかし彼はもう……この世にいない。
ネムはそんな気持ちで心の中が一杯だった。
そう過去の出来事を振り返っていた時、解決屋の扉を叩く音が聞こえてくる。
「はいはい! 今、開けるから」
扉を叩く音が聞こえたネムは一人の老人を建物の中へと迎え入れた。
「ネムさんや。今日もまた、お願いできるかの?」
「いつものやつだな。了解した、エルグ老人。また明日、依頼料と物の交換で」
この日、ネムは町の住人であるエルグ老人の依頼〝薬草採取〟をいつものように受理した。花の町フランの裏手に佇む山に向かうため、食料や水などを動物の皮で作られた鞄に詰めそれを背負う。
「さーて、向かいますか」
ネムは解決屋を後にして山へと足を運ぶのだった。
薄暗い山の中、木々の葉が風に揺られる度に会話しているようにも聞こえ不気味に思えてくる。だが、解決屋開業当時からこの依頼〝薬草採取〟は毎日の日課なのだ。おかげで最低限の収入は確保できている。もちろん、この依頼だけではないが利用してくれる常連がいることはありがたいことだ。
「さっさと薬草を採取して帰るか」
いつもの採取場所である山の中央地点に佇む巨樹〝ホリエス〟に辿り着いたネムは木の根部分を重点的に見つめ薬草がないかを慎重に探る。
(なぜだ? いつもならこの周辺に生えてるはずなのに……。ん? これは……むしり取った跡か?)
ネムは薬草が見当たらないことを不思議に思う。
本来なら今、ネムが立っている場所に薬草が取りきれないほど生えているからだ。
「まあ、ないなら仕方ない。もう少し奥に進んでみるか」
さらに山の奥へと足を運ぶが相変わらず誰かがむしり取った跡しかない。
顔を上げると何者かが戦闘したかのような荒れ果てた光景。多くの木はなぎ倒され、所々に赤い血が付着している。
(……いったい、ここで何があったんだ⁉)
信じがたい光景にネムは足が竦む。このまま奥に進めば死ぬかもしれないという恐怖心に押し潰されそうにもなるが依頼を請け負った以上、逃げ出す訳にもいかない。
解決屋は開業当時から今まで依頼の報告や受け渡しの期日に一度たりとも遅れたことはないからだ。だからこそ信用され、何度も依頼をしにくる常連もいるのだ。
「――さっさと薬草だけ採取して、すぐにこの場を離れよう」
勇気を振り絞りさらに奥へ奥へと進む。日は沈み辺りは一層暗くなり不気味だ。
ネムは背負っていた鞄からランプを取り出し点火するのだった。
自分の周囲は明るく照らされているが安心することはできない。先が見えない以上、不安と恐怖はさらに増していくばかりだ。
暗闇には何が潜んでいるのかわからないのだから。
足音を立てないよう一歩、また一歩と慎重に進む。進むにつれ嗅覚が謎の臭いによって刺激される。
(酷い臭いだな。……腐敗臭か?)
頭上から赤い水滴が落ちてくる。そこでネムがランプを上に掲げると、そこには――人間の死体が木に吊るされており、死体の周囲に虫が飛び回っている。
「――きゃあああああっ!」
思わず叫び声を上げてしまったネムは慌てて口を手で塞ぎこんだ。
だが、悲鳴を聞いた何かが暗闇から姿を現したのだ。その姿は禍々しい漆黒のオーラに身を包み、この世の者とは思えないほど醜い姿をした二足歩行の化物。
だが、不思議にも恐怖心は徐々に薄れていき、何だか涙ぐましく感じるのだった。
そして、なぜかネムの目から一粒の涙が零れ落ちる。
自分でもわからない――だが、涙が止まることはなかった。
その瞬間、驚くべきことに化物は言葉を発したのだ。
「……ニンゲン……殺サナ……イト……殺サレル」
ネムはこの言葉の意味をすぐに理解した。至る所に無残に放置された人間の死体。傷だらけでも威嚇してくるこの化物。
だが、一向に襲いかかってくる気配がない。
(まさか……な?)
ネムは一か八か両手を広げ、化物に武器を持っていないことを証明するため、鞄の中身もすべて地面に出すのだった。
そのネムの行動を目視している化物は頷き、みるみる姿を変える。人間の少年のような容姿に肌は色白く、完璧なまでに整った顔立ち、どこかの王族なのかと疑うほどの風格。だけど、どこか寂しそうな表情。
(まだ子供じゃないか)
それを見るに見かねたネムは思わず彼を抱きしめた。
「お前、名前は?」
「……レイ」
(……レイ、か。今までの状況を考えるに多分……いや、まさかな。彼は一年前に亡くなったはずだ)
「そうか。なあ、レイ家にくるか? 私がお前の面倒を見てやる。その代わり仕事もしてもらう。どうだ?」
「……うん」
レイは頷きはするが、キョロキョロと首を振り周囲を警戒する姿勢を見せている。
(えらく警戒しているな。まあ無理もないか。レイは人間と鉢合わせになる度、襲撃されたんだろうしな)
「なら、自己紹介しておこう。私の名前はネム・ユナンシア。私とお前は今日から家族だ。何かあれば遠慮なく言え。わかったな?」
「……わかった」
「じゃあ、帰るか」
ネムはレイの手を優しく握り一緒に山を下るのだった。
そして家に着いた二人は今後のことを話し合った。
「レイこれからお前は〝レイ・ユナンシア〟と名乗るんだ。わかったな?」
「うん……分かった」
「ならいい。お前ちょっと臭うから風呂に入ってこい」
レイは頷き浴室に何も言わずゆっくりと向かう。
(さて、これからどう接するべきか? 心を開いてくれるまでかなり時間がかかりそうだしな。考えていても仕方がない。すべて行動に移したらいいだけだ)
ネムは浴室にすぐさま向かい服を脱ぎ捨て、扉を開け入るのだった。全裸のネムを見たレイは湯船から立ち上がりその場から逃げ出そうとするが――ネムはすかさずレイの腕を掴み湯船に引っ張り入れた。
「なーに、逃げようとしてるんだ。私達は今日から家族だろ!」
「やめてよ! 放してよ!」
「なんで、お前顔真っ赤になってるんだ?」
「な、なってない! なって……ないもん」
つい先程まで騒がしかった浴室は空気が変わったかのように一瞬で静かになる。二人の湿った髪から水滴が湯船に落ちる音だけが浴室に響き渡る。
これ以上互いに言葉を交わすことなく時間だけがどんどん過ぎていく。
(さすがに……気まずいな。話しかけるべきか?)
ネムはこの静けさに耐えられず、レイに一つ問うのだった。
「なあ、レイ。この沈黙どうするつもりだ?」
「……………………」
レイは無言のまま湯船から上がり、そのまま浴室を出て行くのだった。
それを追いかけるようにネムも浴室を後にし、レイを解決屋の外にある野外のベンチに座らせるのだった。
「こっちは質問してるんだ! 質問されたら黙り込むのだけはやめろ。わかったな?」
「ああ、もう。わかったよ。喋ればいいんだろ!」
今まで大人しい少年を演じていたレイは心の中で縛られていた物を解放したかのように態度を急変させるのだった。
「ふふ、そうか。態度が変わったな。こっちが本当のお前なのか?」
「……そうだよ」
「口調が大人っぽく荒々しくなったな。まさか、姿も⁉」
「この姿も借りの姿なんだ。まあ、今は魔力が枯渇している状態だから本当の姿にはなれないが……」
「別にそんなことは気にしないさ。話してくれて……ありがとう」
「なんだ? そのよそよそしい感じは?」
「仕方ないだろ! 今まで感謝を伝えたことなんて数回しかなくて……慣れてないんだ」
ネムはレイの頭を撫で恥じらいを隠すように感謝を伝えたのだ。そもそも、ネムがまず他人に礼を言ったことなど、今まで生きてきた中で数回しかない――そうだ。〝子供の頃〟以来だ。
職業柄、人には感謝されるが、自ら他人に感謝することはない。誰かに助けられたこともなく、助けを望んだこともない。今まで、ずっと一人だった。そう、ずっと……。
だけど、今は隣にいるレイの温もりを感じる。もう一人じゃない。
今まで見てきたすべての景色は白黒の世界。だけど、この瞬間、自分の目に映る景色は色鮮やかに変化した。
「……ぐすっ、レイ。本当に、本当に出会えて良かった」
「何で泣きそうになってるんだ」
「……いや、すまない。今まで、ずっと一人……だったから」
「そう……なのか? まあ、俺はアンタに助けられ救われた。それなりの恩は返すつもりだ。望みは何だ? 俺にできることなら何でも」
「何でもいいんだな?」
「ああ、与えられる物ならな」
「じゃあ、私とこれから一緒にいてくれ!」
「それはいいが……って、そもそも、アンタが俺をここに連れてきたんだろう。俺に家族と言ったのはアンタだろ? 違ったか?」
「……そうだけど……」
「なら、別の望みを言え」
「うーん……なら、少しの間考えさせて」
ネムの態度も口調も女性らしくなったような気がした。子供のように思えるほど無邪気で、さっきまで話していた彼女とは別人かと勘違いしてしまうほどに。
レイはその態度に疑問を抱いたのだ。この泣きそうなのに必死で我慢している様子。無邪気で寂しがり屋――見覚えがある。
「ネム一つ聞きたいことがある。アンタは昔、俺と会ったことはないか?」
「…………わからない…………」
うつむきながらネムはどこか寂しそうに、そう答えるのだった。
「そうか。変な質問だったな。忘れてくれ」
「……うん」
二人は肩を寄せ合い、涼しい夜風に当たりながら、どこか思い悩むように満天の星が輝く夜空を見上げる。
「ねえ、レイ。そろそろ寝るか?」
ネムはレイを静かに見つめる。微笑みながら気持ちよさそうに眠るレイの姿を見て、心が締めつけられるような気分だ。
(……やっと、再会できたのに……)
そう心に思いながらネムもゆっくりと目を閉じたのだった。
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