85回目 ギルド図書室・蔵書の写本
蔵書の写本をする依頼を受けてやって来たギルドの図書室。俺達は依頼でここに入った訳だが、本来ならここの利用には制限がある。
まずEランク以上の冒険者である事。図書室を利用する許可をギルドが出せる人物である事。使用料として銀貨一枚をギルドに納める事。などである。ちなみに使用料の銀貨一枚は毎回必要なものではなく、初回のみで良いそうだ。
「それでは依頼の内容と、その上での注意点を説明しますね」
「あ、ミミナさん。それは私がいるので大丈夫ですよ。写本の作業も子供の頃からやっていますし、慣れていますので」
「そうですか。…………うん、確かにシエラさんの写本はギルド内でもかなりの高評価を受けていましたね。そういう事でしたら、お任せしてもよろしいですか?」
「はい。任せて下さい」
「ならば私は仕事に戻ります。図書室の扉を施錠したりはしませんが、決まりですので過度に出歩くのは控えて下さい。もちろん、本の持ち出しも許可できません」
「はい。承知しておりますわ」
「では、よろしくお願いしますね」
ギルドの本は薄いし紙を纏めただけに見えるし頼りないのだが、これには理由があった。決して異世界の本が全部、こんな風に雑な感じではないのだ。普通の本はちゃんと製本して装丁されている。…………かなりお高いらしいが。
ではなぜ冒険者ギルドの本はこうなのか。それはこの本が、タミナルの街の冒険者ギルドが独自に纏めた物だからだ。
魔道書だけは違うが、ここにある本の内容はタミナルの街周辺の地形情報・天候情報にはじまり、生息しているモンスターの生態や弱点、素材情報。薬草や毒草の分布図と採取する際の注意点。そして極めつけは近くにあるダンジョンの情報など、多岐に渡る。
ここにある多くの本の著者は歴代のギルドマスターや副ギルドマスターで、冒険者ギルドはその情報を代々受け継いでいるのだ。
と言う訳で、経験者でもあるシエラさんから、写本の仕事についてを学びます。
「ここの本に使われている紙は『トレント紙』と言われる物で、樹木型モンスターの素材を加工した物です。このインクも普通のものではなく、製法は公開されていませんが、複数のモンスター素材を混ぜ合わせた物と言われています。どうも海の方に墨を吐くモンスターがいるらしいので、その素材が元になっているのではないかと、噂になっていますわ」
「普通の墨に見えるけど、モンスター素材を使ってるのか。…………へぇ」
煤とニカワじゃないんだな。…………いや、特殊なインクだと言ってるんだから、これだけが特殊なのだろう。
だとしたら『クラーケン』だろうな。海にいるイカやらタコやらのモンスターと言えばクラーケンだもんな。
「そして、書き間違えた時に使うのが、この洗浄液。これもモンスター素材です。これについては、私も加工に携わった事があるので知っていますわ。スライムを『聖域』と言う特殊な場所で生み出し、加工・製造して作り出す物です。主に生産しているのは、『聖域』を管理する事が出来る教会だけですね」
「ふぅん? って事は紙からインクから全部モンスターの素材から出来ているのか。なんでそんな手の掛かる事をしているんだ?」
「それは、万が一にも内容に手を加えられる事を防ぐためですわ。これらの素材の組み合わせならば、偽物を防ぎ、新たに書き加えたり悪意を持って消すのは難しくなりますから。ここにある本は冒険者の助けになる物ばかりですが、もし内容が現実と違った場合、被害をもたらす可能性があるのです」
「被害を? 例えば?」
「簡単な例えでは薬草と毒草の説明文を入れ替える。以前に実際にあった例ですと、ダンジョンの情報が大きく書き換えられていた事があったそうですわ」
「ダンジョンの情報? …………それ、本当にダメなやつじゃねぇか」
「そうです。その事件は大きな騒動になって、全ての冒険者ギルドが対応に追われたのです。その結果が今の体制と、これらのアイテムですね。問題点があるとすれば、魔力を含んでいるので自然に魔力が抜けてしまうと急激に劣化してしまう事でしょうか」
「その為の写本か。急激に劣化してしまうデメリットに目を瞑っても防がなきゃいけない被害があるって事か」
なるほどなぁ。愉快犯なのか何かの目的があったのかは解らないが、はた迷惑な奴がいたもんだ。確かにそんな事があったのなら、その対策をしない訳にはいかなかったのだろう。
こうして依頼を受けれる者を限定するのも、その対策の一貫なのだろうな。
さて、道具が特殊な物ではあるがそれはそれ。俺達がやるべきことが変わる訳でもない。俺達がやるのは『蔵書の写本』だからな。
シエラの説明も終わり、俺は写本を依頼された六冊の本から一冊を取り、テーブルの上に置いた。
そして本を纏めている紐を弛めて本を折らずに見開けるようにしたら、シエラに確認を取りながら写本を始めた。
ちなみに最初に選んだ本のタイトルは『コボルトの生態系と分布図』だ。…………うん、読みながら進めると退屈はしないなコレ。むしろ勉強になる。
しかし、まさか俺の人生で写本なんてする日が来るとは思わなかった。寺とかの修行で写経とかあるのは知ってたけど、別世界の話だと思ってたからな。
…………いや、ここ異世界だな。なるほど、別世界の話だったか。
何やら妙な事も頭に浮かんだりしつつ、俺は写本を進めていった。自分でも意外だったが、俺得意だなコレ。シエラの速さには到底およばなかったが、俺は俺で、ノルマの三冊はキッチリこなす事が出来た。
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