8回目 出立
「初めましてガモン=センバ殿。僕はティム=カラーズカです。それほど長い付き合いにはならないけど、よしなに」
「初めましてティム様。旅は初めてなので迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくお願いします」
「僕の事はティムと呼び捨てでいいよ。その代わり僕も、ガモンと呼ばせて貰うからね」
その言葉に俺がカラーズカ侯爵をチラリと見ると、侯爵が苦笑しつつも頷いた。息子の好きにさせるつもりなのだろう。
「なら、ティムと呼ばせてもらうよ。それなら、敬語も無い方がいいだろ?」
「あ、ああ! もちろんだ!」
女の子と言っても通じる超絶イケメンの笑顔は、やたらと破壊力があって眩しい。更には侯爵家の子息でこの性格だ、コイツはモテる。間違いなくモテるだろう。
「ガモンの旦那。あっしはバルタって言います。御者としてお供しやすんで、よろしくお願いしやすね」
「こちらこそよろしく、バルタさん」
「さん、なんて止してくだせぇ。あっしもバルタと呼び捨てでお願いしやす」
と、顔合わせと挨拶も終わった所で、さっそく出発となった。俺は世話になったカラーズカ侯爵に深くお礼を言って馬車に乗り込んだ。
馬車の中は対面式で大きなソファーと、中心にはテーブルが備え付けてあった。柔らかいソファーだ。これなら旅も快適に違いない。
「目的地までには小さな町もあるから、よほどの事がなければ夜営も無いだろう。旅が初めてなガモンでも、それほど苦労はしない筈だよ」
「そうか。でも本当に解らない事だらけだから、色々教えてくれ。この世界の常識とかも、俺はまったく知らないからな」
「了解だ。僕の答えられる事なら、何でも聞いてくれ。その代わり、ガモンの世界の事も教えてくれよ?」
「了解」
「若様、旦那! 出発しやすぜ!」
御者台からのバルタの声と馬の嘶きに次いで、馬車は動き出した。目的地のジョルダン王国、タミナルの街までは、四泊五日の日程だそうだ。話す時間はタップリある。
しかし、王都から隣国の街までそれしか掛からないってのは近すぎる気もする。などと疑問を口にすると、この馬車も馬も特別であり、さらに行く道も伝令用の道を使うので通常の何倍ものスピードが出るのだと説明を受けた。
そしてその説明が真実であった事は、馬車が王都を出てしばらく進んだ辺りで理解した。
だって、馬車の窓から見える外の風景が、まるで車にでも乗っているかのように過ぎるんだもの。これなら確かに、わずかな時間でかなりの距離を稼げると解った。異世界パネェ。
馬車が走り出してから半日。俺はティムから様々な事を教わった。その大部分はこの世界での常識だ。ようは金の価値や街での過ごし方だ。
金については俺が自分の持ち物をカラーズカ侯爵に売った金を取り出して説明を受けた。受け取ったのは大金貨四枚・金貨八枚・大銀貨二枚・銀貨八枚・大銅貨二枚・銅貨八枚・銭貨二十枚だ。
ティムの説明からその価値を日本円に直し、価値の順に並べるなら上から。
大金貨・百万円
金貨・十万円
大銀貨・五万円
銀貨・一万円
大銅貨・五千円
銅貨・千円
銭貨・百円
となる。つまりカラーズカ侯爵は、俺が日本から持ち込んだ物品を、五百万円で買い取ってくれた訳だ。マジかよ安物だぞアレ。しかもこの世界では役に立たない物ばかりだ。
それを五百万円なんて大金で買い取り、更に直ぐにでも使えるように崩しておいてくれたのだから、本当にありがたい。ちなみにこの上にも『白金貨』一千万円、『白金板』一億円、と言う物もあるそうな。
そして説明を終えた金はいくつかの袋に分けて、その袋はティムが馬車に備え付けられた箱に仕舞い込んだ。
その箱は、俺の荷物だけでなくティム達の荷物まで全て仕舞い込まれている『アイテムボックス』だ。
入り口の大きさは変えられないので、それより大きな物は入れられないが容量は商人の馬車で五台分は入るらしく、しかも登録されている人間以外には物の出し入れが出来ないのだと言う。
好奇心でお値段を聞いてみると、空間系の専用スキルを持ち、かつ巨大な魔力を持った人物しか作れない一点物なので、それなりの家の一つや二つが軽く買えてしまうお値段らしい。
そしてこれが、護衛も連れていない上位貴族の馬車が盗賊に襲われない理由の一つだと言う。俺はそう言われて初めて、言われてみれば侯爵の息子が乗っているのに護衛が居ないなって事に気がついた。
「自分で言うのも何だけど、僕のような上位貴族が乗る馬車には仕掛けが多い。それに貴族に仕える者、取り分け遠出に同行する者は実力者揃いなんだ。襲うのは命懸けだし積み荷は奪えない。となれば、盗賊からは敬遠されるのさ」
「なるほどなぁ。…………ん? って事はバルタもかなり強いのか?」
「うん! バルタは単独の冒険者としては『B級』、パーティとしては『A級』にまでなった凄腕冒険者なんだよ! 『影纏』って二つ名で有名な斥候職なんだ!」
「『影纏のバルタ』? カッケェ!」
「聞こえてますぜ、お二方。よしてくだせぇ…………」
そんな感じにワイワイと騒ぎながら、俺達はひとつめの町に着き、宿を取った。割と大きな宿で二部屋取れたので二手に別れる。部屋割りはティムが一部屋で、俺とバルタで一部屋である。
何だかんだ言ってもティムは侯爵家の人間だ。この部屋割りも当然である。
そして夕食後、折角広い部屋に泊まれた俺は、熟練度を上げるべく『ひのきの棒』で素振りをやってみた。
本当はちょっと外に出てみたかったのだが、こんな王都の近くでは俺の顔を知る者がいる危険性もあるので外に出るのは禁止されたのだ。まあ、しょうがない。俺の命が掛かっているしな。と言う訳で、暇潰しの素振りである。
「旦那、それじゃただ振り回しているだけですぜ。ただの木の棒でも、そいつは武器だって事をお忘れなく。ちゃんと相手の動きもイメージして振るんでさぁ」
「イメージか。了解」
ベッドに横になりつつヤジのようなアドバイスを飛ばすバルタの声を聞きながら、俺はひのきの棒で素振りを繰り返し、ある程度疲れたところで眠る事にした。
え? 熟練度? そりゃ上がりましたよ。あんだけ頑張って『3』だけですけどね。ちなみにランニングシューズも、熟練度は『1』になっていた。まあ、ずっと馬車に乗ってて歩いてないしな。やっぱ、モンスターかな。ゲームよろしく、戦わないと熟練度は上がらないのだろう。
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