68回目 金脈を捨て、人脈を得る
「ただいまーー」
「ただいま帰りましたわ」
「お帰りなさいませ。ガモン殿、シエラ殿」
タカーゲ商会の社員寮に帰宅すると、俺達を出迎えたのはタカーゲ商会の会頭であるゲンゴウだった。
「あ、ただいま帰りました。…………もしかして、俺達を待ってましたか?」
「ええ。ガモン殿に少し相談がありまして、勝手ながら待たせていただきましたわい」
「ああ、それはすいませんでした」
「いえいえ、謝られる事など何もありませんぞ。ワシが勝手に来て、勝手に待っていただけなのですから。それより、初めての依頼はお疲れになったでしょう。どうぞこちらに。おーい、誰か! コーヒーを頼む」
ゲンゴウに促されてソファーに座っていると、寮に住むゲンゴウの部下の一人が、コーヒーを淹れて持って来てくれた。出て来る早さからして、昨日食品ガチャから出て来たインスタントコーヒーだろう。
「ワシも何度かコーヒーは飲んだ事がありますが、このインスタントコーヒーと言うのは良いですな。挽きたての豆にはもちろん及びませんが、この手軽さでコーヒーが楽しめると言うのは、ワシらのようなそれなりに忙しい商人にとっては、とても嬉しい事です」
「そうですね。俺はコーヒーに詳しくは無いのですが、インスタントコーヒーは結構好きですよ」
コーヒーと一緒に出されたクリープとグラニュー糖を一つずつ入れてかき混ぜる。ゲンゴウはブラックでいくようだが、俺はブラックはちょっとキツイからな。
ちなみにシエラも、ブラックで一口すすって凄い顔をした後でクリープとグラニュー糖を入れていた。
そしてホッと一息ついた所で、ゲンゴウに今日の用件について尋ねた。
「それでゲンゴウ殿。今日はどうしたんですか? なにか相談があるとか仰ってましたけど」
「ええ。実はですな、ガモン殿に『マッサージチェア』を売って頂きたいのです」
「え? マッサージチェアならもう売ったじゃないですか。…………もしかして、もう一台もって話ですか?」
マッサージチェアは、生活ガチャを回しまくった時に出て来たアイテムで、そのレア度は☆4だ。
そして俺とゲンゴウの会話からも分かる通り、マッサージチェアは二台出て来ており、一台は言い値でゲンゴウに売り、もう一台は俺が保有している。
いや、すんごいんだぞ? ☆4『マッサージチェア』。俺も試しに乗ってみたが、たった10分の使用で、体が軽くなった。それはもう、全身に羽が生えたかの如く軽くなったのだ。
だからこの一台は俺が持っておきたかったんだけども…………。
「えっと、一応理由を聞いてもいいですか? たしか何処かに売ると言ってましたよね?」
「ええ、ワシとしてはそのつもりだったのですが、その、『マッサージチェア』があまりにも気持ち良すぎた為に、その素晴らしさを家内に話してしまいましてな。その話を聞いた家内が、今日の昼間に試してみたようなのです」
「ああ、なるほど…………」
そこまで聞けば、大体の話の流れは解る。ゲンゴウと同じようにマッサージチェアに感動したゲンゴウの奥さんは、マッサージチェアを手放したくなくなったのだろう。
そしてゲンゴウに、マッサージチェアは家で使うと宣言したのだ。
「売っちゃダメだと、言われましたか」
「ええ、正しく。しかしワシも大きな商談に成りそうだと、既に先方に手紙を手配してしまったのです」
「うわーー」
やり手のゲンゴウの事だから、マッサージチェアの魅力をこれでもかと伝える手紙を出したのだろう。それも出来る限りの速達で。
きっと先方は、その魅力溢れる手紙を読んで想像を膨らませ、直ぐにでもマッサージチェアを買い取ろうとするに違いない。しかし、それは同じくマッサージチェアの魅力に取り付かれたゲンゴウの奥さんが許さない。完全な板挟みである。
「……………………うん」
ここで俺は、ひとつゲンゴウに恩を売っておく事にした。打算アリアリでゲンゴウにはすぐに見透かされるだろうが、だとして悪い印象にもならないと思うのだ。ゲンゴウは生粋の商売人。打算アリアリの商談は、むしろ大好物だろう。
「わかりました。では『マッサージチェア』はゲンゴウ殿に、いや、ゲンゴウ殿の奥様にプレゼントしましょう。これからお世話になるのですから、そのお近づきの印に」
「ほほぅ。これはこれは、油断なりませんな。その申し出、ありがたく頂戴いたします。…………しかし、ガモン殿はもしや商売の経験があるのですか? ワシ個人ではなくワシの『家内に』とした所など、ワシも少々揺さぶられましたぞ」
ニヤリと笑いながら誉められて、俺はちょっと気恥ずかしくなってしまった。ちょっとそんな言い回しをしていたドラマを思い出して真似ただけなんだが、顔が赤くなるのを感じる。
「い、いやぁ。俺の国には『損して得とれ』って有名な商人の心得的な言葉があるんですよ。ついそれを思い出して…………、失礼しました」
「いやはや、良い言葉ではないですか。ではワシも商売人として大切にしている言葉をお贈りしましょう。『金脈を捨て、人脈を得る』意味はお分かりでしょうか。金脈は一時的な金にはなるが尽きるのも早い、しかし人脈は大切に繋げれば子孫の代まで広がっていく。まあ、人の繋がりに勝る物は無い。という事ですな」
「いい言葉ですね。勉強になります」
「なんの、こちらこそガモン殿には学ばせて頂いております。他に何か、商売に関する言葉や話はありませんかな?」
「そうですね。…………では、金脈つながりで小話をひとつ。俺の世界で金脈が見つかって多くの人々がツルハシを片手に殺到したゴールドラッシュの時、一番儲けたのはツルハシで黄金を堀当てた人ではなく、ツルハシを売り歩いた人だそうです」
「ホッホッホッ! それは良い事を聞きました。ではもしワシが金脈を探し当てた時には、大々的に宣伝して人を集め、ツルハシを売り歩くとしましょう」
話が広がったせいで、すっかり冷めたコーヒーのお代わりを貰いながら、俺とゲンゴウの話は大いに盛り上がった。
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