559回目 仕組まれた偶然
神界の最深部、神々の中でも許されざる罪を犯した者が封印される場所に、その神の姿はあった。
チグハグなパッチワークのような服を着たその神は、見ようによってはピエロの様にも見える。顔の部分には三日月のような眼と口が描かれた、人をバカにしたような仮面があるが、これこそがこの神の素顔である。彼、もしくは彼女は、顔も性別も持たない神なのだ。
その名は、悪戯神『ロゥギィ』。
通り名として『揺蕩う悪神』『辻褄を合わせる者』『終わらせる者』『掻き乱す者』『道化の如き神』『純粋なる悪意』などと、歩く不名誉とすら言われる神である。
だが、その存在は最古から在るため、最も上位に位置する神の一柱でもあるのだ。…………たちの悪い事に。
『元気かい? ロゥギィ』
『元気に見えるなら幸いだね。君が元気だと言うのなら、ボクはきっと元気なのさ、運命神『フェイト』』
『…………相変わらず呼ばれたくない名前だけは覚えているもんだね。今の僕の名前は『ダイス』だ』
『そうなのかいフェイト! いい名前じゃないかフェイト! アハハハハッ!』
ケタケタと笑いながらダイスをバカにするロゥギィだが、その有り様は凄惨な物だ。
ロゥギィの身体は、まるで力任せに引き千切った様にバラバラにされ、格子のある牢屋の向こうで、太い釘でもって壁に打ち付けられている。
何故ここまで酷い姿になっているのかと言えば、一言で言うならロゥギィが古くから存在する神であるからだ。
古くから存在する神は基本的には不死の存在であり、さらにロゥギィ程になると、その体にも心にも魂にも何の痛痒も感じなくなっている。
故に、ここまでする。一目で罰だと解る形にする。でなければ罰にすらならないからだ。…………表向きには。
『フフフッ! でも酷いなぁ、ボクはちょっと失敗作を紛れ込ませただけだよ? アレは確かに世界を狂わせる力を持っているけど、確実に出て来るように小細工をした訳でもないのに、何でここまでするかな? ボクが可哀想だよ、フェイト?』
そう言いながら、ロゥギィは壁に打ち付けられた手足や身体を動かしてみる。細かくした上に神を封じる楔を打ち込まれているので、動きはするがソレが外れる事はない。
『これじゃあ鼻の頭を掻く事もできないよぉ? かわりに掻いてよフェイト? アハハハハッ!』
ふざけ続けるロゥギィを見るダイスの眼が、だんだんと冷たくなっていく。そして、ケタケタと笑うロゥギィに、深く暗い声で釘を刺した。
『……………………もう解っているんだよ、ロゥギィ』
その冷たい声の重みに、さしものロゥギィも笑い声を引っ込めた。牢屋の格子ごしに見つめ合う二人の間の空気が、徐々に張り詰めていく。
『…………解ってる? 君達に、ボクの何が解るのかな?』
『……………………『方舟』が事故を起こした世界に行って来た。それも、事故が起きた直後の世界にだ。事故が起きる直前と、事故が起きた瞬間には行けなかった。そこだけが、削り取られて存在していなかったからね。世界の時間軸の一部を、それもその世界が崩壊しないように削り取るなんて芸当が出来るとは知らなかったよ。その世界がちゃんと存在もしていたから、疑いもしなかった…………』
『へぇ、世界がねぇ。そんな事が起きるなんて、神々でも知らない事が起きるんだねぇ』
『とぼけるなよロゥギィ。僕はそこで、君の痕跡を見つけたぞ』
『ボクの痕跡?』
『まさかと思った。疑いもしていなかった。ただ、ガモンとの話の中で『方舟』の事故について聞かれたから、一応見ておくか程度の、軽い気持ちで見に行っただけだった。だがアレは、事故に見せかけた故意だった!!』
『……………………バレたか。ここまでバレないでいたから、もうバレる事はないかと思っていたのに。もしかして、ボクをこの状態にした時にはもう、知っていたのかな?』
『ああ、知っていた。だからまず、君の力を封じる事にしたんだ。ここまでバレてると知らなければ、君はこんな仕打ちでも受け入れるからね』
『ボクの事をよく解ってるねぇ。確かに君は、ボクを理解してるみたいだ。…………バレるような痕跡、残したつもり無いんだけどね』
『ああ、完璧だったよ。削り取られていたのはともかく、事故の直後にも何も無かった』
『…………なら何で? …………あれ、もしかしてカマ掛けに引っ掛かったかな?』
『痕跡は確かにあったんだよ。事故のしばらく前に三度、そして事故の後にも一度、君はあの世界に降りている。それで解ったんだ。君は『方舟』に事故を起こす準備の為と、何らかの後始末の為に降りたんだろ。あの事故前後に降りてる神は、君だけだった!』
『…………だいぶ時間が開いているから放っておいたんだけど、執念だねフェイト。そんなに暇だったのかい?』
『君が仕組んだ事を、いま創造神が調べている。…………何故、こんな事をした?』
ダイスの詰問から、しばらくは無言の時が流れた。ロゥギィを睨みつけるダイスは更に言葉を重ねたりしなかったが、その無言の圧力の中で視線を周囲に巡らせたりしていたロゥギィは、ついには根負けをして口を開いた。
『……………………端的に言うと、『死ぬ』為だよ』
その一言から、ロゥギィは自身の抱えた絶望を語り始めた。
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