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496回目 存在した事すら悲しくて

『…………………………………………』



 真っ暗な闇の中で、奈落は闇に溶け込みそうな意識を、まだ辛うじて保っていた。


 だが、奈落の身体の形は既に失われており、意識も朦朧としながら僅かに揺蕩っている程度だ。


 人間の姿を持つ『魔王・ヒト』。いや、『魔王・ヒトガミ』。『ヒト』と言う動物の魔王であり、爪や牙を持つ他の魔王に比べても弱く、更には『郷愁の禍津像』まで奈落の手にあった為に、魔王の力を得るならば最適だと判断し、融合した。


 まさか簡単に融合が完了してしまう程に弱々しい魔王が、ただ他の魔王を操りやすくし、自身の不死性を高める為だけに取り込んだ魔王が『亜神』にすら至っていたとは、流石の奈落にも気がつけなかった。



『…………要するに、私は利用されていたのか』



 思い返してみれば、あの『郷愁の禍津像・ヒト』は、入手経路があやふやなのだ。あれは、いつの間にか奈落の側にあった。


 顔の見えない、削りが荒くて男か女かも判別出来ない『苦悶するヒト』の像。にも関わらず、のっぺら坊の様なその顔を覗き込むと、目も口も掘られていないのに、何故か『薄っすらと嗤っている』印象を受ける不思議な像だった。


 今なら解る。あれは『郷愁の禍津像』では無かったのだと。ヒトガミが作り上げた、全くの別物だったのだと、理解出来た。ヒトガミは、ずっと自分を狙っていたのだと、ここに至って、ようやく奈落は理解した。


 それが何時からかは解らない。奈落は暗い道を()()歩きすぎた。


 名を変え顔を変え、表面上の家族を幾度も持ったが、家族であった者達の顔も名前も覚えていない。自分の周りにいた者達など更に覚えていない。



『……………………(罪深いな)…………』



 自分の周りに関する記憶がこれほど無いのは、闇に堕ちてから、自分の事を周りに晒して来なかったからなのだろうか? と、奈落は薄れる意識で考える。自分が周囲の人間を覚えていないように、周囲の誰もが、『奈落』と言う人間の事を知らないに違いない。


 しかし、今更それを嘆く資格などない。後悔する資格もない。


 自分は、ただこのまま消えていくだけだ。永い時が、一度は自分で閉じようとさえした、奈落の永過ぎた人生が、ようやく闇に溶けて消えるのだ。



『……………………?』



 ふと、奈落が溶けた暗闇に、ほんの小さな、それこそ細かな砂粒程度の光が二つ見えた。


 既に奈落の全ては闇に溶けたが、僅かに残った意識の手でその光に触れた時、奈落はその光の正体を知った。


 それは、かつて奈落が自分の手で終わらせてしまった、妻と子供の命の欠片。


 それは、とっくに吸収して消滅していた筈の二人の命。それを小さな欠片でも消さずに残していたのは、紛れもなく奈落自身だ。


 それは、その二人に対して奈落が抱えていた『愛』だ。嘆き、悔やみ、憎み、恨み、怨まれ、あらゆる負の感情を永く抱えて生きてきたのに、その根幹にあったのは、二人に対する消せない『愛』だった。



『……………………(そうか、俺は全てを滅ぼしたかったんじゃない。この手から零れてしまった物が大切過ぎて、失った事が悲し過ぎて、全てを無かった事にしたかった。この世に、最初から存在しなかった事にしたかったのか)』



 ……………………《この愚か者が》。



 闇の勇者『奈落』。この世界に最も永く留まった人間の魂が、今ようやく世界から消え去った。



 ◇



『ヒィヤハハハッ!!』


「耳障りだな! その声は!!」



 ナラクの身体を乗っ取り、いまや真っ黒で無機質なシルエットのような姿になった『ヒトガミ』との戦いは続いていた。


 ヒトガミはいくら攻撃をしてもダメージを受けず、人間の形をしているだけのその身体は、グニャグニャと真っ黒なスライムのように蠢き、かと思えば硬質で重たい一撃を放つ腕となって、俺達をたった一人で圧倒していた。


 それは『ヒト』とは名ばかりの『ナニカ』。有効な攻撃を当てられている気もしないその身体に、俺達はただ疲労を重ねていた。



「しっかりと戦う意思がある『魔王』ってのが、こんなに面倒臭いとは思いやせんでしたぜ!! 旦那! アイツの中にあるって言う『郷愁の禍津像』だけ呼べねぇんですかい!? あの『強欲なる宝箱』ってヤツで!!」


「時間を止めてもう試したよ。そしたら『白金板で一万枚』だとよ。価値が上がり過ぎて召喚出来なかった!」



 それはつまり、ヒトガミの中から『郷愁の禍津像』を引っ張り出す難易度に比例している訳だ。日本円にして一兆円分の難易度とは恐れいったぜ。


 禍津像とは別に、アイツの核にさえ刺せるなら、いや掠っただけでも倒せる秘策もあるのだが、やはり今の状態では適当に狙っても倒せるとは思えない。それどころか、一度失敗したらもう次も無いのが解る。


 …………どうにかして、ヒトガミの『核』を見つけ出さなくては!!



「ぐうぅ…………!?」


『ヒャハハ…………ッ!? な、なん…………!? 何だ…………これは…………!?』



 それはヒトガミの猛攻に耐えている時だった。ヒトガミの胸の辺りに、微かに光る砂粒のような物が二つ見えたかと思うと、ボコォッ!! と音を立てて、ヒトガミの胸に大きな空洞が開いたのだ!!

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