470回目 『闇の日』
事故とは言え、自分のスキルで自らの子供を手に掛けてしまった奈落は絶望し、それを目の前で見ていた妻は泣き叫び、奈落を酷く罵倒した。
その妻の狂乱ぶりは凄まじく、二人のいる所にはだんだんと人が集まり始めた。
そして、事情を知った者はまだ小さい子供の命を奪った奈落になじり、冷たい眼を向けた。
…………『黒部 奈落』と言う男は、それほど心が強くはない。一度世界に絶望して、自ら命を絶っているのだから当然と言えば当然だ。
こちらの世界にやって来て、出会った仲間に囲まれ、魔王やダンジョンと言う試練を乗り越え、恋人を作り結婚までしているが、それでも芯の部分は変わらなかった。
この世界に来たきっかけは、やはり『自殺した』と言う事実であり、それが奈落にはずっと絡み付いていたからだ。
だが、日本にいた頃とは決定的な違いもある。それは強力なスキルであり、奈落が積み上げて来た強さである。
「……………………(ビシリッ!!)」
それが何の音だったのかは、奈落本人にも解らない。ただ、その音が響いた直後、奈落を中心として闇が溢れ出した。
仲間と共に試練に向かっていた時には頼もしかったスキルと強さが、奈落の心が押し潰された事で牙を剥く。
絶望の闇が奈落のスキル『深淵の闇』を暴走させ、奈落を中心として数キロメートル内にいる全ての生物の魂を吸い取ってしまったのだ。
これにより、一つの街から全ての生命が消え失せた。それを目撃したのは、街に向かっていた行商人と楽団のみであり、その証言によると突然街の中から丸くて大きな闇が広がり、街を大きく包み込んだかと思うと消えてしまったと言う。
街に入らずに逃げた商人と楽団によって助けが呼ばれ、十日ほど遅れて街に入った騎士達は地獄を見た。
そこには『死』が広がっていた。
その日、騎士団によって確認された遺体は七万人にもなり、そこには貴族も平民も老若男女も関係なく、ただ等しく『死』があった。
あまりにも多くの遺体は、突然命を奪われたかの様に着の身着のままであり、騎士団は精神を限界を越えてすり減らしながら、全ての遺体を確認した。
憔悴しきった騎士団だったが、その報告書には一切の誇張もなく。その最後の一文にはこの事件の全てが込められている様だった。
『勇者『ナラク=クロベ』の遺体は、確認できなかったが、その場にいた痕跡はあった』
この事件は『聖エタルシス教会』の息が掛かった街で起きた事でもあるため、その内容の凄惨さもあって深く隠蔽された。ただ、教会の上層部だけが読める資料には『闇の日』として記録だけはされている。
◇
事件から数百年が経った後の世で、奈落はまだ当時の姿のままで生き延びていた。
それと知らずに奪っていた『魔力回路』や『スキル』は魂の一部であり、あの日暴走した『深淵の闇』は、あの場にいた全ての者から、魂を奪っていた。
そして、その全てを得てしまった奈落は、擬似的な『不老不死』となり、数多く集まった魂は、もはや自殺すら奈落に許さなかった。
多くの人々を殺した罪の意識に苛まれ、自分の手で命を奪った我が子と、自分の事を罵倒する愛する妻の言葉や顔を忘れる事も出来ずに、奈落は深く静かに壊れていく。
「……………………この世で最も尊いものは『滅び』だ。『滅び』無くては世界が完成しない。この世にある全てのモノは、滅びる瞬間こそが、何にもまして美しい」
こうして歪に前を向いた奈落は、もはや『人の顔』をしていなかった。
その目的は『世界の滅び』に定められ、名を変え、年齢を変え、姿形を変えて『聖エタルシス教会』へと潜入した。
一度は『聖エタルシス教会』に召喚された勇者として活動していた奈落は、教会の事をよく知っており、周囲の人間にも自分の事をアッサリと納得させ、受け入れさせる。それは奈落の得意とするところだった。
奈落は、自身のスキルは人に見せず、奪った魔法やスキルを利用して頭角を現していく。しばらく教会で過ごしては自身を消し去り、また新たな人物として教会に潜入しては出世して、教会を歪な方向へと導いていくと言う繰り返しだ。
教会は、内部から段々と腐っていく。その腐敗の一部が外からも見えるようになった頃、『聖エタルシス教会』は、自らの力では『勇者』を召喚出来なくなるところまで行った。
奈落の闇は、『聖エタルシス教会』すらも、深く飲み込もうとしていたのである。
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