447回目 エルフに流れる時間
エルフの里でのエルフの暮らしは、一言で言うならば異様だった。
この島の気候は温暖で、その環境は世界樹によって整備されている。言わば、一年を通して春のような島なのだ。
世界樹は世界に根をはり、その根の最深部はこの星の核に近い所まで届いているそうな。燃えないのかな?
まぁそれはともかくとして、ただでさえ長い時間を、一年を通して温暖で平和な場所で過ごすのが、この島のエルフだ。彼らは全員『世界樹の加護』を持っており、さらに世界樹の護り手でもある。
そんな彼らに世界樹が与える恩恵も非常に強力で、例えば食料事情だと、彼らは一年に一度『世界樹の実』を口にし、月に一度『世界樹の種』を囓る。そして週に一度『世界樹の朝露』を飲めば、それでもう食事の必要は無くなるそうだ。
…………仙人でももう少しマシな食事を取っていると思うが、彼らにとっての食事とは、肉だろうが野菜だろうが、命を無駄に消費する行為に見えるらしい。強硬派のヴィーガンも真っ青である。
そしてこの島の特徴としてはもう一つ。ここには『夜』が無い。世界樹がそうしているのか、常に白夜の状態になっている。
その為、エルフは時間の感覚も適当だ。食事の必要は無く、その身体構造から寝なくても活動が出来る彼らは常に起きている。…………いや、正確には半覚醒の状態。言い換えれば半分は常に寝ているようなものだ。
「…………あのベンチに座っている人、空を見たまま微動だにしないな…………」
「…………あの人の足元にある草の状態を見る限り、おそらくもう三日はあのままでしょう」
「三日!?」
「ええ、ここでは珍しくない光景です。恐らくは、散歩の途中であのベンチに座った時に、何かを思いついたのでしょう。そして考え事をしたまま時間を忘れているのです。要はボーーッとしているのですな」
「…………死なないの?」
「永遠に近い時間があり、食事も睡眠も必要とせず、その精神はもはや植物の域でしょう。あのようにボーーッとしているエルフ様など、私はもう何度となく見ておりますよ」
ただボーーッとしているだけだと言うモメットの説明に、俺達の顔はそろって引きつった。
そして、イマメルバーンの後に続きながらエルフの里を歩くと、なにやら作業をしているエルフもいるが、同じようにボーーッとしているエルフは多かった。
食事も睡眠も取らず、子供の姿を見かけない事から察するに性欲も薄いのだろう。要は人としての三大欲求が全滅している訳だ。これは生きてると言えるのか?
あまり欲に忠実で溺れる奴は度しがたいが、欲がまるで無い奴も始末に悪いな。
って言うか、モメット達『レプラコーン』が必要とする『エルフの秘薬』はともかくとして、俺達の目的はエルフの一部に『レナスティア』の『森と遺跡の浮島』に移住して、そこにある『世界樹の苗木』を育てて貰うことなんだけどな。ちょっとこれじゃあ、移住して貰ってもキツイんじゃなかろうか。
「着いたぞ、ここが我が家だ。部屋は幾つかあるから、好きに使うと良い」
「ありがとうございます。少しの間、お世話になります」
「…………フム。……………世話にか。そうだな、その事を失念していたな。この家には、…………いや、この里には、人族を世話できる物がないな。」
「…………はい?」
イマメルバーンの話によると、なんとこのエルフの里には、食料も飲み水も無いと言う。
生きてく上での食事を必要とせず、娯楽としての食事すら必要としない植物のようなエルフが住むこの里には、畑もなければ井戸すら無かった。
まあ、その気になれば果物は森にあるし、水は魔法でも出せる訳だが、別世界すぎて目眩を覚えるな。
…………俺がいるから何の問題も無いけど。
「申し訳ありません! 一族の危機と、この様な大切な事を失念しておりました! いつもこの里に来る時には大量の食料や水を用意しているのに、大変な失態を…………!」
「あぁ、モメット殿が気にする事はありませんよ。それに俺のスキルがあれば、危機でも何でもないので」
こういう時、金さえあれば衣食住の全てを必要以上に賄える『ガチャ・マイスター』は無敵だな。と言うか、当座の食料や水ならガチャを回すまでもない。スキル倉庫の中に食料も水もたっぷり入っているからな。
「…………そんな訳なので、俺達については心配いりません。この家の部屋を使わせて貰えるだけで十分ですよ」
「そう言って貰えると助かる。我々エルフはこの島の外の事、とりわけ人の生活や文化の事となると赤子と同じだ。不便は掛けると思うが、好きにやってくれ」
「はい。…………それで、俺達が来た要件なのですが」
「それは少し待ってくれ。アルジャーノン様の紹介状を読む限り、この里の未来にも関わる内容のようなのでな。何人か長老を叩き起こして来る。しばし待たれよ」
「わかりました。よろしくお願いします」
そう言って、俺はイマメルバーンを送り出したのだが、俺はエルフの時間感覚の無さを舐めていた。この里のエルフにとっての「しばし待たれよ」が、どれ程の物なのか。それを最初に確認し、なんなら一緒に行くべきだったと、丸一日過ぎて思い至った。
そして、俺達が逗留する家にイマメルバーンが戻って来たのは、俺達が送り出してから三日が過ぎた頃であり、しかもそれを見たモメットは「今回はかなり早かったですな」と口にした。
この里に住むエルフの「しばし」は、信用しちゃダメだな。
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