411回目 『ティアナ』と『ティム』
ティアナ=カラーズカと言う少女は、他の貴族家への顔合わせを行う七歳の頃から、父親の命令でティム=カラーズカと言う少年として、過ごして来た。
なぜその様な事になったのかと言うと、それは一重に父親であるレクター=カラーズカの『愛』である。
当時からテルゲン王国は、既に『ヌヌメルメ王家』の物となっており、亡き妻に似て美しくなるであろうティアナを、王族やそれに連なる横暴な貴族から護るために、レクターは『ティアナ』を『ティム』としたのだ。
当初はティアナも抵抗したが、レクターが事情をしっかりと言って聞かせ、ティアナも自身の境遇を受け入れて納得してティムとなった。
幼いながらも女である自分を押し込めて、男としての所作を勉強して、少年として振る舞えるようになっていく。そうして外に出る頃には、ティアナはティムとして違和感なく受け入れられる様になっていた。
だが、ティアナは男装をさせていてなお美しかった。
肉欲にまみれた王族の者共は、美しい者と見ればそれが男でも女でも見境なく襲った。レクターとしてはそんな王族にティアナを近づけたくは無かったが、国のしきたりとしてティアナをしばらくは王城で働かせなければならない。
どうしたら良いのかと悩むレクターに手を差し伸べてくれたのは、隣国の辺境伯であり同じく娘を持ち、レクターとは幼少期よりの友人でもあったノルド=ターミナルスだった。
そのノルドの提案で、ティアナはノルドの娘であるリメイアと婚約する事になった。
隣国の中でも力を持ち、テルゲン王国に睨みを効かせる上位貴族が婚約者となっては、いかにテルゲンの腐った王族とは言え手を出せなくなった。だがそれは、レクターとティアナの確実な別れを意味する物でもあったのだ。
改めて言う事でもないが、『ティム』は『ティアナ』である。女性同士での結婚は出来ないし、それでは子供も生まれない。ティムとリメイアの婚約は、いずれは必ず破棄しなければならない物である事は、考えるまでもない。
実は我聞が召喚されて来なければ、そして我聞との繋がりが出来なければ、『ティム』は死ぬ筈だった。
ジョルダン王国へ婚約者のリメイアを訪ねて向かう途中で、不幸な事故にあって死亡する。そういう筋書きがあったのだ。
ティムが死んだ事でティムとリメイアの婚約は破棄され、リメイアはフリーになる。そしてそれから少し時間を置いて、ターミナルス辺境伯は一人の少女を養子に迎える。ティムそっくりの、一人の少女を。
解りきった事だが、その少女こそが『ティアナ』であり、ティアナ=ターミナルスとなった少女は、いずれターミナルス辺境伯家から何処かの貴族に嫁に行く。そういう筋書きがあったのだ。
「…………永遠の別れではない、それはそうなのだが軽々しく会いに行く訳にもいかない。もちろん、そうなったティアナをテルゲン王国に呼ぶなど出来る訳もない。悲しいが娘との別れは避けられない、そう思っていたのだが…………。運命とは、どこでどう変わるか解らない物だな」
愛する娘と共に暮らせて、ティアナも自分を偽らずにすむ暮らしは、レクターにとっても望んでいた暮らしである。
しかし、テルゲン王国の新たなる王と言う立場は、ティアナの人生に新しい陰を落とした。
ティアナと結婚する事で、テルゲン王国の次代の王になろうと言う厄介者が出て来たのだ。
「…………それで、俺との婚約ですか?」
「ティアナもそれを望んでいるし、ガモンだってそうだろう? 私も、君ほどに力を持つ者になら、安心して娘を嫁がせる事が出来る」
「嫁がせる?」
これは意外な言葉が出てきた。俺はてっきり、ティアナと結婚するにしても俺が婿に入るもんだと思っていたが、レクターはティアナを俺に嫁がせるつもりでいるらしい。
「ん? …………あぁそうか。断っておくが、私は自分の家を王家として残す気はない。テルゲンの王となるのは、あくまでも私だけだ。その次の世代をどうするかはまだ考えていないが、ティアナにもガモンにも、私の後を継がせるつもりはない」
「それはまた、何故ですか?」
「次世代の事など、考えていられる時では無いだろう? ガモン達と『幻獣』の戦いを見たが、あれを見て未来の事で頭を悩ませる奴は、余程の楽天家か何も見えていない愚か者のどちらかだ」
「…………それはまた、ずいぶんと辛辣ですね」
「『方舟』との戦いにあの『レナスティア』では狭い。そうだろう?」
「…………!! 気づいていたんですか、『幻獣』との戦いしか見せていない筈ですが」
「一度でも『魔王』と戦った事がある者ならば、あの瘴気の異常な広がり方と濃度に背筋を凍らせた筈だ。私がそうだったからな」
流石と言うかレクター=カラーズカは、ただ者ではなかった。俺がフレンドに送らせた映像を見て、現状では『方舟』と戦う場所すら無い事に気がついたらしい。
「…………それが解っていて、ティアナとの婚約を持ち出したのですか?」
「解っているからこそだ。この状況で有象無象どもに手を煩わせたくないのだ。それに私とて、娘の幸せを一番に考える父親だからな」
そう言って笑うレクターは、これまで見た中で一番良い表情をしていた。
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