4回目 放逐
風呂と着替えを済ませた俺は、執事に案内されてカラーズカ侯爵の執務室へとやって来た。執事が大きな両開きの扉をノックすると、中から「入れ」と返事があり、俺は中へと通された。
中に入ると、そこは仕事ができる貴族の執務室! といった感じで、中は明るく、とても重厚な作りの執務室となっていた。机やソファーも、敷いてあるカーペットも、とてもお高いに違いない。
そして一面の大きな窓を背にしたカラーズカ侯爵に促されて俺がソファーに座ると、カラーズカ侯爵も俺の対面のソファーに移動して腰を下ろした。
如才ない執事は俺達への紅茶の準備をし、魔法でも使ったかの様な速さで俺達の前に紅茶を出した。いや、本当に魔法を使ったのかも知れない。スキルがある異世界だもんな。
「さっそくだが。…………失礼、そう言えば名前を聞いていなかったな。私は『レクター=カラーズカ』と言う。君の名を教えてくれ」
「千羽我聞と言います」
「フム。センバ=ガモンか。聞き慣れぬ名だな」
「ああそうか。えっと、この国風に言うとガモン=センバですね。名前がガモンです」
「そうか。ではガモン。単刀直入に言おう。君をこのテルゲン国には置いておけない。君には、隣国のジョルダン王国へと亡命して貰う」
「…………はい?」
亡命? 何でいきなりそんな話しになるんだ?
「いきなりこんな事を言われても訳が解らないと思うが、この国にいては君は殺されるのだ。と言うか、私が殺さねばならんのだ」
「なんでまた…………」
「それは陛下と宰相閣下が、君に価値を見出ださなかったからだ。君のスキルがどのような物なのかは解らないが、勇者の力を戦争に利用しようとしている方々には、君は役立たずだと思われた訳だ」
それを聞いた俺の感想は、「だったら日本に帰らせてくれれば良いのに」だったが、この手のラノベや漫画のお約束で、それが不可能なのもある程度は想定している。
正直に言えば日本は恋しい。この世界での風呂事情とトイレ事情を体験した今なら尚更だ。いつでも風呂に入れる日本って、本当に素晴らしい国だったのだ。そして『トイレットペーパー』に『ウォシュレット』。あれは偉大な発明品だったのだ。
だがそれと同時に、突如始まった異世界生活を楽しんでいる自分がいるのも確かなのだ。まあそれは、まだ俺自身が現状を正確に判断出来てないからかも知れないが。
「もちろんただ放り出す訳ではない。君の持ち物の買い取りと合わせてだが、餞別に多少の金も用意したし、隣国までは私が信頼を置ける者を付ける。向こうでの住居の世話をしてくれる顔役との橋渡しもするつもりだ」
…………金をくれて送り届けてくれて家も世話してくれる? そこまで世話を焼いてくれるってのは、なんか逆に怖いな。俺は何をさせられるのだろうか?
「そこまで世話を焼いてくれる見返りってなんですか?」
「フッ、ずいぶんストレートに聞いてくれるな。この国の重臣の一人として、国の無法を許せない。…………というのでは、やはり弱いか? ああ、もちろん私にも思惑はあるが、それを選択権の無い君に話すつもりはないな」
フム。そりゃそうだ。…………選択権が無いか、まあそれもその通り。ここに留まっても殺されるらしいし、逃げ出す力など俺には無い。モンスターがいるらしいこの世界で、一人で生きていけるとも思えない。
カラーズカ侯爵に何らかの思惑があると言うのが怖いが、それを正直に言ってくれる辺り、悪いオッサンとは思えないのだ。…………それが嘘だったらどうしようも無いが。
「…………わかりました。俺も殺されるのは嫌なので、取り敢えずは言われた通りにしようと思います」
「そうか、助かるよ。私としても、『勇者を殺す』などと言う罪を背負いたくは無いしな」
「ところで、一応聞いておきますけど、俺を元の世界に帰す方法ってのは…………?」
「すまないが私は知らない。確かにあっても良いとは思うが、我々も『勇者の召喚』などと言うのは初めてでな。今、この国で一番詳しいのは、この話を持ち込んだ『ママンガ枢機卿』だろうが、あれは小賢しいだけの老人だからな、知っているとは思えん」
俺が呼び出されたのは、『勇者召喚の儀』という儀式だったらしいが、それは本来なら『ママンガ枢機卿』が所属する『聖エタルシス教会』の秘匿技術だそうだ。
それを他国を攻める為の強力な力を欲したテルゲン王国が、国家予算の何割かにもなる金貨を寄付金の名目で積み上げて、やっと使用に漕ぎ着けたらしい。
そして国中の有力貴族を集め、一回しか使えない『勇者召喚の儀』を行って召喚されたのが『俺』であり、期待した勇者のスキルで出てきたのが『うめえ棒』だった訳だ。
…………キレるのも分からんでもない。
しかし、カラーズカ侯爵はこんな国家機密級の話をペラペラと話して大丈夫なのだろうか? まあ、俺が一番の当事者だし、これにも何か思惑があるのかも知れないが、だとして、相当に鬱憤が溜まっていたのも事実だろう。
「ああそうだ。元の世界に帰る方法は知りたいかも知れんが、『聖エタルシス教会』に関わるのは止めておいた方が賢明だぞ。今回の事で解ると思うが、あそこは色々とキナ臭いからな」
「でしょうね。金の匂いがしない健全な宗教なんて、俺も知りませんから」
「フッ、世界は違えど同じ物は有るか。…………取り敢えず今日はゆっくり休んでくれ。だが、明日の早朝には出発して貰うぞ。こういうのは、時間をかけると録な結果を生まないからな。それと、君は死んだものとして処理される事も、理解してくれ」
「わかりました。…………一応言っておきますが、俺が貴方の思惑通りに動けるかは分かりませんよ?」
「構わぬ。私にとっては布石のひとつに過ぎないからな。ただ、この国で召喚された勇者だと広めるのは止めてくれ、私の立場が最悪の物になる」
「了解しました」
カラーズカ侯爵との面会が終わり、俺は執事に案内され、部屋へと戻った。
◇
「……………………ふぅ、何とか納得してくれたか」
我聞がいなくなった執務室で、カラーズカ侯爵はため息をついた。我聞への説明に嘘がある訳ではないが、隠し事の多さに、カラーズカ侯爵は苦心していたのだ。
今回行われた『勇者召喚の儀』。これに『聖エタルシス教会』が許可を出したのは本当なのだが、ここには『どうせ勇者は召喚されない』という思惑があっての事だった。
なにせ事は『勇者の召喚』だ。もしこれが成されるならば、世界が勇者を必要としているという意味になる。しかし、現状として世界は平和なのだ。
その中で『他国を侵略したいから、兵器として勇者を召喚する』などと言う平和を破壊する目論みが成功するなど、事情を知る者は誰も考えて無かったのだ。
にも関わらず『勇者』が召喚された事に、カラーズカ侯爵は衝撃を受けた。それは同時に、世界に危機が迫っている事を意味しているからだ。さらに国王や宰相は、勇者に利益無しと見るや証拠隠滅とばかりに殺しに掛かった。これにはカラーズカ侯爵も度肝を抜かれ、大慌てでそれを制したのだ。
王と宰相が何を考えてそんな行動に出たのかは、想像に難くない。おそらく、勇者が召喚された場合は、その育成と全面的なバックアップを教会から厳命されていたのだろう。
力の無い、役立たずの勇者の育成と全面的なバックアップ。それにどれ程の労力と金が掛かるか。他国に侵攻して新たな領土を得る事しか考えていない上層部の連中には、非常に頭の痛い問題だろう。
となれば、役立たずの勇者などいない方がいい。自分達で呼び出した勇者を殺し、ママンガ枢機卿には金を握らせて無かった事にしようとしたのだ。それは人として最低な行いだが、欲に溺れているこの国の現状を考えれば、間違いなくそうだろう。
「とにかく、逃がす為の算段はついたが、今回の勇者がどの様な理由で召喚されたのかを突き止めねばなるまい…………」
面倒事が大きく膨らんでいくのを感じながら、カラーズカ侯爵は手紙をしたためる為に紙とペンを手元に置いた。
「教会もバカではない。金を貰えば口を噤むママンガ枢機卿には見張りを付けているだろう。内密に教会と連絡を取らねばな」
カラーズカ侯爵はそう一人言を呟いて、ペンにインクを付けた。
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