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38回目 バルタの相棒

 俺が強く感じていた死の恐怖は、俺が自分の中で大きくしていたものだった。


 …………が、俺が一度恐怖に呑まれたのは事実であり、いくら俺が普通に戦えると言っても、ティムとバルタは信用しなかった。



「一度でも心が恐怖に呑まれると、簡単には抜け出せやせんぜ。自分では大丈夫だと、恐怖を乗りこなせると思っていても、いざ戦いの場となると恐怖は大きくなって思いもよらぬ行動に出るもんでさぁ」



 そう言ってバルタがティムに視線を送ると、ティムがバツの悪そうな顔をして顔を背けた。



「…………」


「どうしたティム?」


「こういうのは聞かぬが花ですぜ旦那。まぁ、似たような経験は誰にでもあるって事です」


「バルタにも?」


「もちろんですぜ。…………あっしは初めてのダンジョンの時に罠の解除に失敗して、錯乱して罠に飛び込みかけた事でやすね。ちなみに、二度目は『グレイトレッドホーク』ってモンスターと鉢合わせした時に、恐怖のあまりに無謀な攻撃を仕掛けた時でやす。駆け出しの頃の話ですが、どっちも今でも夢に見ては飛び起きまさぁ」


「二度もあるのか」


「命懸けの戦いってのは、どうしたって怖ぇですからね。しかし、生き残る上では恐怖の感覚も必要ですぜ。過剰でなければ、臆病も悪いことではねぇって事でやすね。…………そんな訳で、作戦をちょいと変えやす。まあ、旦那のやることは変わりやせんが、要はちょいと離れてて貰いやす」


「え? それじゃあ、バルタが気絶させたヤツにトドメが刺せないだろ」


「ええ、もうあっしが敵を気絶させる事はありやせんので。旦那には若様の護衛と、若様が殺しきれなかったヤツへのトドメをお願いしやす」



 そう言いながら、バルタは自分の腰にある小さなポシェットにスリングショットとひのきの棒をしまい、その代わりに、大降りの禍々しいナイフを二本取り出した。


 いや、軽く『禍々しい』とか言ったけど、なんか俺にも解るほどに負のオーラが出まくってんだけど。やたら骸骨やら悪魔やらがあしらってあるし、なんだよこの怖いナイフ。



「本気でやると全部あっしが殺っちまうんで、二割程は若様の方へ逃がしやす。お二人は、そいつらの相手を任せますぜ」


「えっとバルタ? その武器は…………? なんかえらい禍々しいんだけど」


「そりゃまぁ強い代わりに、それなりにデメリットのある武器でやすからね。こっちはスピードを大幅に上げて即死効果を付与する代わりに防御力をゼロに、こっちはスピードを大幅に上げて状態異常効果を付与する代わりに魔法抵抗力をゼロにする武器でさぁ。あっしの相棒でやすよ」



 …………ガッツリ呪われてるやんけ。え? バルタは呪われている武器を普段使いにしてんの? いや、確かに呪われている分は強いんだろうけど、普通は避けるだろ。



「え、いや…………。ナイフならガチャ装備にもあったろ? そんな危ないの使わなくても…………」


「危なくはありやせんぜ。この二本を手にしたあっしとマトモにやりあえる相手は、ここら辺にはいやせんからね。オークどもなんざぁ、サクッと首を落として終いでさぁ」


「ガモンの言いたい事も解るけど、バルタが本気になったなら大丈夫だよ。バルタは本物の強者だからね。バルタの戦いぶりを見ていれば、すぐに解るよ」



 バルタから聞いた話では、オークキングとシャドウウルフが率いる群れはそれなりの規模だった。小さな村ならば簡単に呑み込まれ全滅の憂き目にあう程の。


 俺なら、そんな群れに一人で突っ込むなんて考えもしない。


 だが、実際にその群れを目にしている筈のバルタは、呪われた武器を持ちながら一人で十分だと言い切った。


 そして、その言葉は確かに真実だったと、俺はその後すぐに知る事となったのだ。



 ◇



『…………グルル…………』



 オークとフォレストウルフの群れがいる、森の中の開けた場所。


 数多くのオークやフォレストウルフがいるその場所には、長い木の棒を三角形に組み合わせ、何かの動物の皮を何枚も張り付けた歪なテントが一つあり、他にも二本の木の棒を立てて、皮を無造作に縫い合わせた物を木の棒の先端から地面に向けて斜めに広げた、簡易的なタープテントのような物が幾つか作られていた。


 そして、そんなオークとフォレストウルフがひしめく空間で、数体のフォレストウルフが顔を上げた。


 ピクピクと動くフォレストウルフ達の耳が、ほんの僅かだが草を踏む音を捉えたのだ。何者かが森の草を踏み、駆け回っている音。


 本来ならば、僅かに聞こえる音など気にしない。近くにはオークどもが居るし、森の中にも生物は多いからだ。


 だが、今回のそれは少しおかしい。僅かとは言え音が聞こえているのに、その気配を捉えられないからだ。


 遠くにいる様でもあり、近くにいる様でもあるその音に、顔を上げたフォレストウルフの中から一体が体を起こした。


 顔や体にまだ癒えていないキズをもつその個体は、シャドウウルフが現れるまでフォレストウルフ達のボスだった個体だった。若いシャドウウルフに負けて威厳を失くしはしたが、今でも実質的にフォレストウルフを纏め上げている自負と共に、その個体は原因の解明に乗り出したのだ。


 だが、それは彼にとって不幸な事でしかなく。真っ先に動いたというその事実によって、彼は最初に命を落とす事になる。



『!? …………ガヒュッ……………………!?』



 彼が最後に知覚したのは、目の前を通り過ぎる黒い風と、その風が手に持っていた禍々しいナイフが、自身の喉を斬り裂いた衝撃だった。

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