37回目 戦いの恐怖
オークキングとシャドウウルフの関係性。オークキングの若さと、シャドウウルフの狙い。そして若くてまだ弱いオークキングに率いられるオーク達と、上位個体に押さえつけられ、無理やり従わされているフォレストウルフ達。
歪な群れは歪な繋がりを持ち、若いオークキングの抑えられない、暴力的な衝動を満たす為だけに暴れ回っている。…………というのが、バルタの見解だった。
「おう、それなら付け入る隙はありそうだな! どうだ、すぐに行くか?」
「そりゃ…………って、旦那…………」
「…………ガモン…………」
俺が意気込んでそう言うと、バルタは俺を見ながらしばらく黙り込み、同じく黙ってしまったティムと何やらアイコンタクトをして、頷き合った。
「……………………そうしたい所でしたが、旦那達は少し休んでいてくだせぇ。あっしはちょいと周りを見てきやすんで」
「え? ちょ、おい!」
何故かここに来て休憩を言い出したバルタは、しかし自分だけは休まずに再び姿を消した。
そして訳が分からないと思いティムを見ると、ティムは困ったように笑って、俺を地面に座らせた。
「ガモン、取り敢えず水を飲もうか。それと、これを使ってくれ」
「は?」
ティムがウエストポーチからタオルを出して俺に進めてきた。訳も分からずに受け取ると、ティムが汗を拭うジェスチャーをして来たので、俺はつられる様にタオルで汗を拭った。
…………その時になって、俺は自分が異様に汗をかき、手も細かく震えている事に気がついた。それに足も急に震え始め、俺は困惑した。
「ガモン、水を。持ってたよね、確か」
「あ、ああ。持ってる」
前にノーマルガチャを引きまくった時に出てきたペットボトル入りの水。これは500ミリリットルのが一箱、つまり24本分まとめて手に入った物だ。
一応、水ならティムが魔法で出せる。しかし魔法で出した水は何と言うかあまり美味しくない。その点ペットボトルの水はミネラルウォーターなので、ティムも気に入って自分のウエストポーチに何本か入れている。ティムのウエストポーチは、容量は小さいがマジックバッグなので、複数個入れていても重くならないのだ。
俺はティムに進められるままに水を飲む。最初は一口、しかし喉の渇きが癒えず二口・三口と続け様に飲み、すぐに一本を飲みきってしまい、ゴミとなった空容器が勝手に消えた。
「…………なんだコレ。な、なんで俺は、震えているんだ…………?」
俺が震える手で二本目を開けながら呟くと、ティムが俺の肩をポンポンと叩いて言った。
「それは恐怖だよ。死が身近に感じる戦いを初めて経験して、戦いの中で積もり積もった恐怖が一気に押し寄せたのさ。…………僕にも経験があるよ」
「そ、そんな…………事は…………」
恐怖だと聞いて反射的に否定しかけたが、それは無理だった。何せ、俺の手も足も、それに反論しようとした声までが、どうしようもなく震えていたからだ。
そして脳裏に浮かぶのは、俺よりも大きな身体を持って、丸太そのものである棍棒を振り下ろすオークの姿。
直線で振り下ろされる棍棒を躱した時に、俺の代わりに地面を殴ったオークの力強さと、地面から伝わるその衝撃。
横凪ぎに払われた棍棒を、両手で持った反撃の盾で反らした時に、俺の手に伝わった痺れ。
俺は、それらオークがくり出す攻撃のすべてに恐怖を感じていたのか。
…………そうだ。あの時は必死でその事実から目を逸らしていたが、そこにあったのは確かな恐怖だった。俺が生まれて初めて感じる死の恐怖が、確かにそこにはあった。
「これまでの戦いはスライムとかゴブリンとかばっかりで、ガモンも心のどこかで死の危険は無い、安全だと思っていたんだよ。この間の大量のモンスターとの戦いでも、ガモンが相手にしたのはスライムばかりだったんだろ?」
「あ、ああ。ゴブリンとかコボルトは、ほとんどバルタが倒してたからな…………」
「つまり、ガモンが命懸けだと思える戦闘は、今回のが初めてだったんだよ。死ぬかもしれないって恐怖は強烈なものさ。初めてなら尚更ね」
「…………こ、この震えはそのせいかよ…………。ティム、ど、どうすりゃいいんだ…………?」
「大丈夫。ガモンは今ちゃんと生きてるし、僕達もここに居る。ちゃんと乗り越えられるよ」
俺の横に座って手を握ってくれるティムに優しさと頼もしさを感じつつ、俺はまた水を飲んだ。
気がつけば、足の震えは収まっており、手の震えや汗に関しても徐々に収まってきている。
俺は座ったままで何度か深呼吸を繰り返し、自分の気持ちを静めようと努力した。…………まぁ、そんな簡単にはいかないんだけどさ。
「戻りやした。…………旦那、少しは落ち着きやしたか?」
「ああ、何とかな…………」
「…………まだ、ちょいとキツそうでやすね。まぁ、あの程度の群れなら、ちょいと無茶をすればあっしだけでもいけやすぜ。旦那は、終わるのをここで待っていてもいいですぜ?」
「や、やるさ! ティムとバルタが戦っているのに、何もしないなんて、情けなさ過ぎるからな…………。ま、まだ俺にも出来る事はあ、あるだろ?」
「ヘヘッ、旦那ならそう言うと思いやしたぜ。…………ですが、無理はいけやせんぜ。それに旦那の役目は変わらねぇ。敵の攻撃をいなして隙をつくる事と、気絶した敵にトドメを刺す事でさぁ」
「…………わかってるよ。この中で一番弱いのも、経験が足りないのも俺だ。俺じゃあオークの群れとなんかマトモに戦えないのは理解してるよ。げ、現に今、オークの攻撃をマトモに喰らっていたら死んでたっていう恐怖で、動けなくなってる訳だしな…………」
「あぁ、そりゃちょいと違いますぜ旦那。旦那の装備なら、オークの攻撃をマトモに喰らっても簡単には死にませんぜ。押し潰されはするでしょうがね」
「へぇ? だ、だってさっきのオークの攻撃は、すげぇ力強かった…………」
「いや、そうでも無かったよ。…………多分ガモンは、恐怖のせいで記憶の中の相手を大きくしてるだけだ。オークの力は確かにゴブリンやコボルトよりかは強いけど、それは体の大きな人が小柄な人よりも力が強いのと変わらないから」
「はぁ? そ、そんな訳が…………」
二人の言い分に困惑する俺に、バルタが落ちていた棍棒を片手で拾い上げて、座っている俺の上に落とした。突然の事に俺は慌てたが、落とされた棍棒は、確かに木の重さはあるものの、想像していたよりもずっと軽かった。
…………いや軽っ!? え!? この見た目でこの程度の重さかよ!? …………マジか。じゃあ棍棒の一撃で地面が揺れたと思ったのも、盾にぶつかった衝撃で手が痺れたと思ったのも、…………そのほとんどは、俺の恐怖心がもたらした錯覚だったのか。
この事実に俺の恐怖は多少減りはしたが、代わりに物凄い恥ずかしさで顔が真っ赤になっていくのを、俺は自分の顔の熱さで知る事になった。
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