366回目 天空城、動く
早朝、城の中からも城の外からも聞こえる騒ぎ声に、サザンモルト辺境伯こと、『ジョコルド=サザンモルト』は顔をしかめた。
バタバタと騒がしいのだが、いくら待っても自分の所に誰も報告に来ない事も、ジョコルドの神経を逆撫でした。
「何かあったのでしょうか?」
「これだけ騒がしいのだ、当然だろう!」
隣で不安そうにする側室を置いてガウンを羽織り、ジョコルドは廊下へと出た。そして何やら慌てている使用人達を一喝する。
突然『ヌヌメルメ王家』が手を組もうとか寝言を言いながら逃げて来たせいで、使用人をそっちに割り振る事になり、いま屋敷にいるのはまだ見習いに毛が生えた程度の者共だ。
何があったのかは知らないが、自分に報告に来ることも出来ないのかと、ジョコルドは頭痛のする思いだった。
「騒がしいぞ! 何かあったなら報告に来い!!」
「だ、旦那様! 西を! 西の空を見て下さい!!」
「西の空? 何だと言うのだ…………」
廊下の窓がちょうど西向きだったので、窓に近づいて西の空を見るジョコルドは、そこにある理解を越えた物の存在に言葉を失った。
「……………………な…………んだ、アレは…………!?」
西の空を覆い尽くす巨大な大陸を見て、冷静でいられる者などいない。城の中も外も騒がしかった原因は、これを置いて他にはない。
しかもその空飛ぶ大陸は、こちらに迫って来ているのだ。その姿はまさに恐怖でしかない。
「だ、旦那様ーーっ!! ヌヌメルメ王家の方々が、自分達の護りに騎士団を出せと勅命してきております!!」
「自前の兵で何とかしろと言っておけ! いつまで王族のつもりだ! 逃げて来たお荷物どもが!!」
本来ならば、ヌヌメルメ王家などサザンモルト辺境伯家の敵でしかない。
だが、サザンモルト家も元を正せば王族の血が流れている。だからこそ、どうしても踏み越えられない矜持がある。
ヌヌメルメ王家は、打撃を受けた王国軍と共に王都を捨てて逃げて来る際に『王剣』を持ち出し、命令してきた。
これは、元のテルゲン王国が国宝としていた物であり、王の証だ。
この『王剣』を持っての命令は何よりも優先され、決して断る事が出来ない強制力を持っていた。もちろんそれは、ヌヌメルメ家が王位を簒奪する前の、前王家にあった決め事であるが、だからこそ、その王家の血を引くサザンモルト辺境伯家には、どうしようもなく刺さった。
それがあるからこそ、サザンモルト辺境伯『ジョコルド=サザンモルト』は王命によりカラーズカ侯爵を打ち倒すべく王家と手を組んだ。その報酬は件の『王剣』である。
ヌヌメルメ王家は、カラーズカ侯爵を打ち倒した後は、この報酬の約束を反故にして『王剣』を使って忠誠を誓わせるつもりだが、ジョコルドとてそれは読んでいる。
絶対的命令権である『王剣』による命令は絶対遵守。王家が『王剣』による約束を反故にすれば、王家では無くなる程の絶対的な『誓約』である。
つまり、ヌヌメルメ王家が『王剣』の約束を反故にした場合、それは処罰対象になり、サザンモルト辺境伯家は王家を断絶して新王朝を開く大義名分が出来る訳だ。
「…………予定外の事もあったが、我らが悲願は手の届く所まで来た。…………来ていたのだ! ヌヌメルメ王家もカラーズカ侯爵家も、倒す算段はついている!!」
だが、それよりも先に対処せねばならん脅威が迫って来た。
西の空を埋め尽くす大陸に、ジョコルドの背中に冷たい汗がながれる。頭の中に浮かぶのはひとつの可能性。だがそれは、一番信じたくはない可能性だ。
ジョコルドは、ジョルダン王国に現れた『ドゥルクの後継者』なる者について調べていた。それは『ガモン=センバ』と言う名の男で、魔道具に特化した天才、と言う噂だった。
ジョコルドは、このガモンを『勇者』では無いかと考えている。それも少し前にテルゲン王国が召喚し、役立たずとして処刑された『勇者』ではないかと疑っていたのだ。
その時に召喚された『勇者』のスキルは、ガラクタを生み出す力だったと言う。だがそんな事があるだろうか? しかもその直後に、カラーズカ侯爵は隣国に息子を送っており、そしてガモンなる者が出て来たのだ。偶然としては出来すぎている。
だが、ソレとアレを結び付けたくはない。カラーズカ侯爵の騎士団が、訳の解らん装備を使っているのは『勇者』のスキルによるものだとしてもいい。
だが、空飛ぶ大陸まで『勇者』のスキルだと言うならば、ジョコルドの勝ち筋など全て消し飛んでしまう。
「…………本当に、なんなのだ…………」
…………この少し後、ジョコルドは自らの最悪の想像が当たっていた事に、膝から崩れ落ちる事になる。
◇
天空城でもってフリント王国、次いでバゴス王国に向かう前に、サザンモルト辺境伯の領地にお邪魔した。
目的は…………まぁ『威圧』だ。天空城の圧力をもって、「本当に俺達と戦争するか?」と脅しをかけるのである。
『マスター、このまま上を旋回して北へ向かいますか?』
「あ、ちょっと待って。シエラ、手紙の代筆を頼む」
折角だから、サザンモルト辺境伯とやらに挨拶をしておこうか。戦場で会うのを楽しみにしています、と。
…………俺はその戦場には行かないけどね。
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