320回目 虚言と酒に酔う
今回の話に繋げる為に、前回の話のラストを少し変えてあります。未読の方はまずそちらをどうぞ。
見張りの兵士から汗臭い鎧を借りて、俺は王国軍の内部へと潜入した。
この軍の司令官たるズルルケムはまだ戻って来ない。戻って来たら行軍が始まってしまうので、その前に情報収集を済ませなくていけない。
そして、情報収集の相手として俺が目をつけたのが、この軍において隊の一つを任されている老兵だった。とある兵士の話によると、この老兵はズルルケム家に長く使えている最古参の騎士なのだと言う。
俺はその老兵の元へと赴き、自分はその老兵から指南を受けている新兵だというストーリーを作り上げた。とある伯爵家の次男で、ゆくゆくはズルルケム家に仕える事になるという設定だ。
「…………フム。今日は何を教えるかの」
「では、司令官閣下の事を教えて下さい。いずれ仕える御方の事を、よく知っておきたいのです!」
「確かにそれは必要な事だの」
「出来れば復習を兼ねて、閣下の名前からお願いします!」
「むう? …………復習か。ならば良かろう」
こうして、俺は王国軍の司令官たるズルルケムの事を詳しく聞く機会を得たのである。
◇
「…………む? どうやら若様、いや司令官殿が戻られたようだの。今日はここまでじゃ」
「はい! ありがとうごさいます!!」
老兵の天幕から出て、他の兵士に混ざる途中で、俺は司令官であるズルルケムの顔を見て思わず顔を背けてしまった。
これは礼を失する行為だが、幸いズルルケムは気がつかなかったのかスルーしてくれたので助かった。危うく顔を見て吹き出す所だったのだ。一兵士の格好でそんな事をしたら、無礼だと処刑されても文句は言えない。
いやー。油断したけど、これは仕方ないと思う。だってアイツのフルネーム、『チョロマキーノ=ズルルケム』って言うんだもの。あのハゲた頭とチョビ髭にその名前は卑怯だと思う。もう絶対忘れられないもの。
しかもチョロマキーノは、テルゲン王国の宰相の息子だそうな。俺が召喚された日に玉座の隣に立っていたハゲたチョビ髭の実の息子である。遺伝って怖い。なにもあんな所ばかり似なくてもいいだろうに。
ちなみにあの宰相の名前は『ナガマキーノ=ズルルケム』だそうな。どういう経緯でそんな名前になったのか知りたくなってくる。
まあそんな話はともかくとして、チョロマキーノが戻って来た事で進軍が再開された。俺も当然のように一兵士のフリをして行軍についていく。重い鎧を着て歩くとか普通に地獄なのだが、高くなってきた俺のステータスはこの程度はものともしないらしい。自分でも驚く体力だ。ステータスって凄い。
そして歩くこと数時間。馬を休ませる為の大休憩を取ると通達された。
馬の世話もあるが、ここで食事も取るとの事で準備も含めて休憩は二時間程度らしい。
長くこの軍と行動する意味も無いので、俺はここで決めてしまう事にした。
「チョロマキーノ様、少しお時間を頂けますか?」
「…………誰だ貴様、許可も求めずにどうやって入って来た」
「許可なら王より頂いております。王の直属である私をお忘れですか?」
「む? …………そうか貴殿か。これは失礼した。まさか一兵士に紛れて着いて来ていたのか? 何かの密命かな?」
俺が天幕へと入って来た時は怪しんだチョロマキーノだが、☆5『虚言の面具』の力でその認識はすぐに捩じ伏せられた。
俺が天幕に近づくのを止めようとした兵士もそうだったが、この☆5アイテムの力はやはり強い。使っている俺すら、少しばかり恐怖を感じる程だ。
「密命、という程ではありませんね。私はチョロマキーノ様の資質を見極める様にと命令されて来ているのです」
「フム。どういう事かな?」
「まあその辺は、一杯やりながら語りましょう。王より酒を託されていますので、今日の行軍はここまでとして、兵士達にも鋭気を養わせるとよろしいかと」
「…………王よりの酒と言われれば、飲まない訳にもいくまい。少々待たれよ。兵達に伝達して来る」
「私も共に行きます。酒は私が持っているので」
と、訝しむ兵士達を☆5『虚言の面具』で黙らせながら度数の強い酒を配ったこの辺りで、今回の設定とストーリーを解説しよう。
まず俺は国王の命により、チョロマキーノの将軍としての資質を見極めに来た、王直属の諜報員だ。この俺の見極めによってチョロマキーノに際立った才があると証明された場合、王は政治を牛耳るナガマキーノに続いて、チョロマキーノを軍部のトップに就けるつもりであると。
その為にはこの行軍に求められる以上の功績と、何者にも追い縋れない程の存在感が必要だと。
そんな荒唐無稽な話を、俺はチョロマキーノの手にあるグラスにウイスキーを注ぎながら、でっち上げた訳だ。
☆5『虚言の面具』による虚言が、ただでさえ度数の高い酒に酔った頭に浸透していく。酒と甘言。この二つが合わさって夢心地になったチョロマキーノは、俺の語る毒をも酒に溶かして飲み干した。
「貴殿の実力を王は見たがっている。果たして王の勅命に頼って成した事に、王は頼もしさを感じるでしょうか?」
「…………むぅ?」
「王から与えられた道具を焼き捨て、貴殿の抜き身の実力を見せるぐらいでなければ、王は頼もしさを感じないのではないですか?」
「…………抜き身の実力…………。ならば、こんな物は邪魔でしかないか…………」
「ええ。その大事に懐にしまっていた命令書こそが、貴殿の弱さを象徴しているのです。弱さは戦に必要ですか?」
「…………いいや、唾棄すべき物だ!!」
虚言と酒に酔い溺れた者が、軍の物資の中でも最も燃えそうな物の前に立った。
軍の物資を護っていた兵士も、突然やって来た司令官の姿に、どうしていいか判断がつかず、むしろその行いを邪魔しないように離れてしまった。
そして溺れる者は、自らの未来とも言える命令書に火を点けて、物資の中に投げ入れた。
「チョロマキーノ様!? いま! いま何に火を点けられた!!??」
「知れた事! 弱さだ!! 俺は弱さを燃やしてやった!!」
「乱心なされたか!? 火を! 早く火を消せ!!」
「ならぬ!! この火を消す者は斬り捨てるぞ!!」
王国軍は騒然とし、混乱がその場を支配する。
そしてそれを傍目に見て、俺は鎧を脱ぎ捨ててその場を離れたのだった。
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