317回目 宰相『ナガマキーノ』
テルゲン王国宰相ナガマキーノ=ズルルケム。我聞が日本から召喚された際に、国王の隣で偉そうにしていたハゲたチョビヒゲ、略してハゲチョビである。
ナガマキーノは宰相と言う座についてはいるが、権力を握って尚、今の状況に満足していなかった。
それは別に、自分が王になりたいとか言う事ではなく、もっと国を好き勝手に動かしたいと言う『欲』である。今でも十分に好き勝手しているし、国庫に納められた国の金をも自分の物だとして使っているが、それでもまだ足りないのだ。
玉座に興味はないが、それが持つ権力には興味がある。王を傀儡として操り、全てを自分が采配する。それがナガマキーノの理想である。
だが、それを実現しようとすると、必ず邪魔をしてくる者達がいる。
それがカラーズカ侯爵とその一派だ。
特にカラーズカ侯爵。この男には何度煮え湯を飲まされた事かと、何度その首をはねたいと思った事かと、ナガマキーノは歯をギリギリと鳴らしていた。
だが、ようやくその機会が訪れた。カラーズカ侯爵は、事もあろうにテルゲン王国が密かに召喚し、そして処分する事にした『勇者』を匿い、更にそれを他国へと逃がしたのだ。
これは背信行為だ。処刑…………までは今までの功績から考えればいかないかも知れないが、降爵と領地の一部を没収する事は出来る。だが、事はそれだけでは終わらなかった。軟禁していた侯爵が、事もあろうに逃げたのだ。
王都を混乱に陥れた魔族騎士と繋がりがあるのかは解らないが、逃げた以上は『処刑』以外の選択肢は無くなった。カラーズカ侯爵家は取り潰し。領地も当然ながら全てが没収となる。
今回、その為に王直筆の命令書を持たせ、勅命を告げる使者として王国軍を差し向けた。当然、カラーズカ侯爵としてはこの勅命を受け入れず、反発し軍を起こすだろう。しかしそれこそが、ナガマキーノの狙いである。
国王からの勅命を無視して軍を起こすなら、それはすなわち反乱である。
今までカラーズカ侯爵についていた者達も、事が国への反乱となればカラーズカ侯爵に矛を向けるのは当然だ。何せカラーズカ侯爵に手を貸さなくても、傍観しただけで反乱の意思ありと見なされるからだ。
「ククククク…………。とうとう、あの忌々しい男を葬る事が出来る。奴さえ死ねば、その他の有象無象など相手にならん」
今回の命令書を届ける使者に、ナガマキーノは自らの息子であるチョロマキーノを指名した。本当ならばカラーズカ侯爵へのトドメは自分の手で刺したかったが、さすがにあの騒動の後で王都を離れる訳にはいかなかった。
何せ、消えたのはカラーズカ侯爵だけではない。
カラーズカ侯爵の屋敷からは使用人が全員姿を消し、さらに隣国であるジョルダン王国の上位貴族、ターミナルス辺境伯の屋敷と使用人が、丸々消えているのだ。
辺境伯家に関しては、闇を纏った魔族騎士が屋敷に落ち、その直後に屋敷ごと消えたのだとの目撃情報まである。
魔族騎士を除けば、その全てがカラーズカ侯爵の関係者だ。カラーズカ侯爵の屋敷を見張っていた者達は何者かに倒されているので、こちらはカラーズカ侯爵が手引きした可能性が高い。
だが、ターミナルス辺境伯家の屋敷はと言うと、正直解らない。何せ使用人ともども、屋敷が丸々消え失せたのだ。
これが倒壊や焼失だったのであれば、なんとか説明はつく。だが丸ごと消失となれば理解を越えている。
更に言えば、幾らカラーズカ侯爵家と繋がりがあるとは言っても、ターミナルス辺境伯は他国の上位貴族である。事態は国際問題にもなりかねない。部下に任せられないので、ナガマキーノが慎重に事に当たるしかない。
何処かに消え失せた魔族騎士の事もあり、ナガマキーノは積み重なる激務に、執務室から出る事もままならなかった。
しかしそれでも、ナガマキーノの最大の懸念はやはりカラーズカ侯爵だ。カラーズカ侯爵も、おそらくは領地へと向かっているはず。もしも途中で捕らえる事が出来たならば、その場で処刑しろと息子には言ってあるし、これがあるから、ナガマキーノは降って湧いた激務にもどこか上機嫌で当たる事が出来ていた。
だが、それから四日が過ぎた頃。ナガマキーノは魂が抜けたような顔で、呆然と土下座をする息子を眺めていた。
床に這いつくばるチョロマキーノは、小刻みに震えながら顔を上げられないでいる。それを呆然と眺めながら、ナガマキーノは何が起きたのかをもう一度訪ねた。
「……………………今、なんと申した」
「は、はっ! こ、国王様から託された命令書を…………! 焼失してしまいました!!」
ナガマキーノは生まれて初めて、目の前が真っ暗になるのを感じた。
チョロマキーノを送り出してから四日。どんなに急いでも、カラーズカ侯爵領までは三日は掛かるのだ。つまり誰から見ても、チョロマキーノが途中で引き返して来たのは明らか。
これが、途中でカラーズカ侯爵を捕らえて処刑したと言う報告であれば問題なかったのだが、チョロマキーノが途中の街で集めた情報によると、カラーズカ侯爵は驚くべきスピードで領地に戻っているようだ。
街のほとんどの人間はカラーズカ侯爵を目撃していないが、何故か街の有力者だけが数名、目撃したと証言したのだ。それも、チョロマキーノが引き返す事になる前日に立ち寄った街だけの話だ。
それ以外に目撃情報が無いと言うのは妙な話だが、チョロマキーノから見て、彼らは真実を話していた。
そして、その街を出た後の休息地で、チョロマキーノは乱心した。止める部下の目の前で、国王からの命令書を燃やしたのだ。
何度考えても、何故自分がそのような行動に出たのか解らない。だが、焼失してしまった事は揺るがない事実だ。
事態の深刻さに顔面を蒼白にしたチョロマキーノは、何を置いてもまずは報告せねばと、王都まで戻って来たのだ。
「……………………こ、こ、このバカ息子が!! 貴様が戻って来てしまっては、この失態を隠す事が出来ぬだろうが!!」
ナガマキーノの自分の立つ権力の頂きが、音を立てて崩れるのを聞いた。
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