311回目 テルゲン王国の騎士団長
我聞が仕掛けた☆4『プラスチック爆弾(小)』が爆発する少し前。
王都を混乱と恐怖に陥れている漆黒の魔族騎士の前に、一人の男が立ち塞がった。
「魔族の騎士よ。この俺と戦って貰おうか!」
「あの紋章は…………! テルゲン王国の騎士団長が出て来たのか…………!!」
小声で呟くアレスの声は、相手には伝わっていない。しかし敵は、アレスの構えが変わったのを見て大剣を握る手に力を込めた。
アレスの前に立ち塞がったその男は、豪華でありながら機能性を重視した赤い鎧に身を包んでいた。右手には大剣を持ち、左手には盾を持つ戦士だ。
完全なる戦士の出で立ちにも関わらず、この戦士は魔法のシールドを横向きに張って、それを足場に上空まで上がって来ると言う器用さも見せる。
その戦士の名は、テルゲン王国騎士団長ベンハイム=加山。アレスもその名前を知っている程の強者である。
その名前にある加山と言うのは、この騎士団長の家名だ。鎧にもマントにも、漢字で加山という字が縦書きで描かれており、それを無理やりに一纏めにしたものが、加山家の紋章となっている。
現在のテルゲン王国の王家であるヌヌメルメ家。その先祖である『勇者メイト=ノノムラ』。加山家は、その勇者と行動を共にした戦士の家系だ。
『どことなく、お前は俺の友達に似ているな。加山ってサッカー部の奴なんだけど。家名が無いなら、加山って名乗れよ』
これは、勇者メイト=ノノムラが加山家に家名を与えてくれた時のエピソードである。
何の気もない、ただの思いつきの言葉であった筈だ。しかし、勇者を護る肉の盾として貴族に買われた加山家の先祖にとって、それは何物にも代えがたい福音だった。
何故なら、勇者に名を与えられた事によって、彼は奴隷階級から解放されたからだ。それ以後、加山家は勇者の子孫を護る盾として、そして勇者の子孫の敵を討つ剣として、代々勇者の家系に仕えて来たのだ。
「我が名はベンハイム=加山。誇り高き加山家の当主である! 魔族の戦士よ。貴様にも誇る名があるならば聞こう!」
「……………………」
ベンハイムの問い掛けに、アレスは無言で『ヒュプノスの大鎌』を構えた。
アレスにとっての誇りは、名前などには無い。自分と家族の命を救ってくれた『我聞の剣』である事こそが誇りだ。
その我聞が、正体を明かさずにと任務を与えてくれたのだ。それを全うする事こそが、アレスにとっては何よりも優先される事だ。
「…………誇る名も無いのか。ならば、貴様には名無しの墓をくれてやろう!!」
ベンハイムの体に闘気が満ち、ベンハイムはその場が空中では無いかのように、足場となるシールドを踏み砕いて跳躍した。
勢いも力強さも申し分ない攻撃だが、直線で来る攻撃など躱せるとばかりに、アレスが横にずれる。するとベンハイムは、斬り掛かる動きはそのままに、体の横にシールドを展開し、続け様にそのシールドに向けて爆炎の魔法を放った。
当然、シールドに向けて放たれた爆炎は、そのエネルギーの方向を術者であるベンハイムへと跳ね返し、ベンハイムの体は、ダメージを負うと共に吹き飛ばされた。
驚嘆すべきは、自身の魔法によって吹き飛ばされたベンハイムが、いまだに大剣を振り下ろしている最中である事と、その振り下ろす先に攻撃を避けた筈のアレスがいた事である。
「!?」
「喰らうがいい!!」
自らがダメージを負う事もいとわずに、無理やり攻撃を当てに来たベンハイムの一撃を、アレスは『ヒュプノスの大鎌』の柄の部分で受け止めた。
ズシリと重いベンハイムの一撃に、アレスの体は押し飛ばされたが、そんな一撃を受けても、『ヒュプノスの大鎌』は折れる事も曲がる事もなかった。
「…………くっ!?」
「なんだと!?」
それに驚愕したのはベンハイムだ。ベンハイムは自身の攻撃力に絶対の自信を持っている。かつての勇者と共に歩んだ戦士の家系である誇りが、加山家に厳しい鍛練の道を歩ませているからだ。
たとえ大岩が相手でも粉砕できる程の力と魔力を込めた一撃が、たかが大鎌を折る事も出来なかった事にベンハイムは目を見開きつつも、シールドで足場を作り着地した。
「ずいぶんと厄介な武器を持っているな。それが魔族の武器と言う事か」
「……………………」
ベンハイムの言葉に、アレスは答えを返さずに大鎌を構えた。ベンハイムもまた、会話は不可能として大剣を構える。
と、その時だった。王城の方から決して小さくはない爆発音が響いたのは。
「なんだ今のは!? 城か!?」
王城からの爆発音と共に、城の一部から煙が上がっているのを見たベンハイムは、憎々しげにアレスを一瞥し、「勝負は預ける!」と一言残して王城へと向かった。
そしてアレスの方もまた、思わぬ強敵との戦いが終わった事に一息つき、テルゲン王国から脱出する為の最後の仕事をするべく、準備に入るのだった。
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