275回目 『方舟』
誤字報告を頂きました。本当に助かります。
感想もいっぱい貰えたので、嬉しい限りです。読んでくれている人が増えているんだなと、実感できます。ありがとうございます。
『命が消えて、滅びかけている世界に生物を送り届ける。この試み自体は成功だった。数多くの世界が、この方舟を受け入れる事で命が溢れ、普通に存続できるまでになった』
この世界に伝わる『創造神話』。驚くべき事に事実だったようだ。
まぁ、実際に方舟に乗って来た中に『人間』がいてもおかしくはないからな。そうでなくとも、言語さえあれば話は伝わる。方舟が来たのがどれだけ前の事なのかは知らないが、伝わっていた事実は、ただ驚きである。
『方舟計画の成功は、妾達にも知らされてのぅ。新しく命が満ちた世界で、その世界と同化した方舟の力も借りて急成長していく姿にはワクワクしたものよ。方舟はその後も継続的に送られた為、力の弱い神や新天地に希望を見いだす若い神の中には、送られる生物のフリをして紛れ込む者まで現れた。何せ滅びかけた世界であるからの、力が弱くとも、あるいは若くとも、そこに行けば『神』としての実力を発揮できると考える者が多かった。…………まぁ、妾もその一人ではあるのだがな…………』
方舟は次元を越えて送られる。次元間の移動は、同じ次元同士の横移動は難しく、下から上の次元への移動は不可能に近く、上から下の次元への移動は容易い。そういう法則があるそうだ。
ヴァティーは次元を越える方舟に、『ヘビ』として乗り込んだ。本物の『ヘビ』には、丁寧に説得して遠慮して貰ったそうだ。…………可哀想に。
そしてヴァティーは、下の次元に行くために神の力を削り、移動する者に課せられる『安全装置』を受け入れ、意気揚々と方舟に紛れ込んだ。
だが、ヴァティーは運が悪かった。ヴァティーの乗る『方舟』に、予期せぬ事故が起きたのだ。
その事故の原因は解らない。だが、結果としてヴァティーの乗る方舟は制御を失い、既に他の方舟が来ていた世界へと漂流してしまった。
しかも、様々な神の技術によって造られた方舟は壊れてしまい、航行が出来なくなった。唯一の救いは、その方舟が偶然にも今いる星の重力に引っ掛かった事だ。おかげてヴァティーを始めとして、他世界へと行く事に前向きだった神獣達は、早々に方舟を降りて地上へとやって来た。
『まあ、当初の予定とは違ったが、これはこれで良いかと思ったものよ。死の星を開墾する手間も省けたしのぅ。この世界でのんびりやっていこう、妾はそう決めたのじゃ』
しばらくの間、ざっと数百年は何事もなく過ぎた。
ヴァティーもこの星に生まれた生物を見守りつつ、時には軽く手助けをして日々を過ごしていた。
だが、大問題は起きていたのだ。宇宙に浮かぶ『方舟』の中で。
『妾は、方舟の故障を航行が出来なくなっただけだと思っておった。航行不能となった時に地上へと降りなかった神獣達も、妾の知らない所で地上に降りているものだと思い込んでおったわ』
だが、そうなってはいなかった。 方舟の故障は、ヴァティーが思った以上に悪く、深刻だったのだ。
方舟の役割は、生物を次元を越えて運び、死の世界となった世界に命を広げる事である。
その為、方舟には様々な機能が備わっていた。その機能は様々だが、先に送り込んだ生物が何もできずに終わってしまった時には、その生物を方舟の中に復活させる機能まで付いているのだ。
ただし、これはヴァティーには適用されない。ヴァティーは『神』なので他の生物とは格が違うから、復活させようにも方舟では力不足で出来ないのだ。
…………話が逸れたが、要するに方舟は終わった生命を復活させる事が出来る程の力を持っている、と言う事だ。
そしてその力が暴走するとどうなるか? その力は地上に降りるのを躊躇った動物達に注がれ、その存在を強く、禍々しいものに変えていく。
それは、ここよりも上位の次元から降りて来た動物達の力を限界を越えて引き上げた。
もともと、彼らは一つ上の次元から来ているので、それだけで上位存在となり、ただでさえその力はこちらの世界の住人を大きく越える。
「…………つまりそれが、『魔王』の始まりか…………?」
『その通りよな。妾達には、次元を越えるにあたって『安全装置』が付けられていたのだが、それも裏目に出た。その『安全装置』は、妾達が心を病み『禍津神』になる前に石化させて方舟に回収する、と言う物だったのだが、まず力が上がり過ぎたせいで肉体を石化できても精神が野放しになってしまった。それは肉体と精神を解離させ、さらに方舟への回収機能が使えない為、石化した肉体は方舟に原理的に近い物として、地上の『ダンジョン』へと引っ張られた。肉体が地上に落ちれば、精神も当然引っ張られる。それが『魔王』の正体よ』
それでも方舟は、『魔王』となった者達をギリギリまで抑え込みはした。地上に落ちた者達も、『魔王』となった影響で失ったエネルギーを回復してからしか動けなかった為、『神々』がこの異常事態に気がつき、『勇者』を送るのが間に合った。それでも、『封印』にしか至らなかったが。
かくして次々と方舟からこぼれ落ちた『魔王』と『勇者』のせめぎ合いが始まった。
そして長い時を生きる中で、ヴァティーも少しずつ精神を病み、望郷の念に強く駆られた為に『石化』が始まった訳だ。
『次元を越えて来て、この世界に馴染めなかった者達の願いは一つ。『故郷に帰りたい』じゃ。その思いが強すぎて、妾達は心を病んだのよ』
魔王の本体である『郷愁の禍津像』。その苦悶する理由がようやく解った。彼らは『帰りたかった』のだ。
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