265回目 邪眼族の螺旋迷宮・最下層
『世界を救う気はあるか?』
押し潰されそうな圧力の中で投げ掛けられた、シンプルでこの上なく重い質問。
なぜこの場所で投げ掛けられたのか、ダンジョンの主がそれを知ってどうするのか。そもそもなぜ本人が聞かずに側近であるケトに質問させたのか、など疑問は尽きない。
…………このダンジョンの主に会うと、考えが変わる? そんな取り留めのない考えが俺の頭の中をグルグルと回ったが、その俺が黙りこんでいる間も、ケトは決して急かしたりせずに、ただ黙って待っていた。
本当は聞きたい。この質問をここで投げ掛けた事について、逆に質問をしたい。だが、黙って答えを待つケトが放つ圧力が、それだけは許さなかった。
…………だけど、例え何を質問できたとして、何を答えられたとしても、俺の答えは変わらないだろう。俺は自分の気持ちを、正直に言う事にした。
「『ある』。俺はもう、この世界の住人だ。この世界に大切な仲間もいるし、見捨てる事なんか出来る訳がない。俺は俺の出来る限りの事をやって、この世界を仲間と共に救うつもりだ」
『フム。その言葉に偽りはないな?』
「もちろんだ」
『世界を救うのは、お主が想像するよりも遥かに困難なものだとしても、その気持ちは変わらないか?』
「変わらない。この世界に俺も仲間もいるのだから、変わりようがない」
『……………………』
「……………………」
『…………いいだろう。どうやらその言葉に嘘は無いようだ。ワシの圧力をマトモに受ける胆力も見せてもらった。まぁ、脚は震えておったが、そこは大目に見てやろう』
俺の答えに納得したケトが視線を外した事で、俺は全身の力が抜けて尻餅をついてしまった。精神的な圧力が消えて、脚が限界を迎えてしまったのだ。
格好悪いがしょうがないだろ。正しく蛇に睨まれた何とか状態だったんだから。めっちゃ心臓がバクバク言ってるもの。声が裏返ったりしなかっただけ褒めて欲しいくらいだ。
『では、我が主のところまで…………。その前に休憩が必要そうだな。『勇者』が立てるようになったら…………』
「ガモンです。俺の名は、ガモン=センバと言います…………!」
『フッ、そうか。では、ガモンが立てるようになったら、我が主の所に案内しよう』
◇
少し休んでから、俺達はケトの後に続いて階層を降りた。
本来はケトが護る八十八階層を抜けて、俺達はついに最下層、八十九階層の扉の前に辿り着いた。
巨大荘厳な扉には、邪眼族のレリーフメダルに掘られていた女神と、その周囲に無数の蛇が掘られていた。こう言っちゃなんだが、ちょっと気色悪い。
そして俺達が扉に近づくと、扉に掘られた無数の蛇の眼がいっせいに紅く光り、扉が重々しい音をたてながら開いた。
開いた扉の先は、白い光が溢れていて見えない。だが、今更こんな事で立ち止まったりしない。俺はバルタと視線を合わせて頷き合うと、同時に扉の奥へと足を進めた。
「ん…………? おおおおおっ!?」
「ほーー。こりゃ綺麗でやすね。ダンジョンってのは何でもありですが、ここまでの景色はそうは見やせんぜ」
邪眼族の螺旋迷宮・最下層は、これまでの薄暗いダンジョンではなく。
太陽があり、山があり、川があり、あらゆる自然が調和した、素晴らしい景色が広がっていた。
紅く色づく紅葉と、黄色い葉を揺らす銀杏の木が見事なコントラストを見せており、道を挟んでその反対側には、豊かに実った稲が黄金に揺れている。
道の奥には藁葺き屋根の大きめの平屋があり、その庭には茄子やトマトなどが生る畑もあった。
なんと言うか、日本の田舎を舞台にした映画なんかで見るような風景だ。こんな田舎に住んだ事なんかある筈もないのに、なぜか懐かしいような気持ちになるのは、俺が日本人だからだろうか?
『驚いたか? ここは我らが主が造り出した小さな世界だ。どうだ、良い所だろう?』
「う、うん。良い所なのは間違いないけど、なんでこんな…………」
『主は故あって此処から出られんからな。せめてもの慰みに、自分が育った故郷をこの場に再現しておるのだ』
…………自分が育った故郷を再現? …………この、日本の田舎そのものって風景が故郷!?
「ちょ、ちょっと待ってくれ、この景色が故郷の風景って事は、もしかしてその主って…………?」
『気づいたか。…………そう、我らが主はこの世界の者ではない。別の、遥か遠い世界からこの世界にやって来た者だ』
「やっぱり!!」
これは流石に驚いた。この景色を故郷の景色だと言うのであれば、それは間違いなく日本人だ。
まさかこのダンジョンのダンジョン・マスターが日本人? それも日本からこの世界に来たと言うのならば『勇者』じゃないのか?
遥か昔に召喚されて、すでに全員が死んでいると思っていたが、まさか生きている奴がいるのか!?
「そ、その人がいた世界って…………」
『…………遥か遠い、宇宙の次元の先にある神世界『サルペリア』。我が主は、そこで女神の一柱として崇め奉られていたお方だ』
…………ぜんぜん違いました。どこだよそれ。
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