256回目 湿原地帯のモンスター
カラーズカ侯爵領の北東にある運河の街『アマノフナバシ』から北に向かうと、そこには湿原地帯が広がっている。
そこは爬虫類系のモンスターが多く生息し、毒性の強い植物なども多い為に、そこそこのランク帯の冒険者でも、湿原の中までは入り込まないような場所だ。
当然だが、湿原地帯を俺の大切な愛車『ランブルクルーザー』で走ったりはしない。湿原地帯に入る辺りからはもう歩きである。
「旦那、よそ見しねぇでしっかり着いて来て下さいよ。足を踏み外すと、えれぇ目に逢いやすぜ」
「ああ、解ってるよ。バルタが踏んだ所を俺も踏めばいいんだろ?」
「そういう事でさぁ。じゃあ、行きやすぜ!」
俺達はバルタを先頭にして、湿原地帯の草むらを歩く。バルタは『邪眼族の螺旋迷宮』へは何度も挑戦しているので、そこに至る道も作ってある。
昔パーティーを組んでいた『魔法使い』と『魔道技師』に頼んで作って貰った道であり、正しい道順を踏む事で透明な板の様な足場が湿原の少し上に展開され、それを渡る事が出来る。と言う物である。
ちなみにこの足場だが、カラーズカ侯爵と冒険者ギルドのギルドマスターはその存在を知っている。まぁ、存在を知っているだけで、バルタのように使いこなせる訳ではないが。
「…………なあバルタ。この湿原地帯にいるモンスターは狂暴で、獲物と見るや集団で襲って来るって話だったよな?」
「ええ、その通りでやすね。…………襲われねぇのが不満ですかい?」
「不満って事はないけど、不思議だなとは思ってる。ワニみたいなヤツとか、でかいトカゲみたいなヤツと結構頻繁に目が合うのに、全然襲って来ないからな」
そう、この湿原地帯にはモンスターが多い。今の所、道を塞がれたりはしていないが、その姿はよく見るのだ。それも、その全てがかなり大きな体格をしている。
真っ黒くて眼だけが赤いワニとか、足が沈み混むのを物ともせずに歩くデカくて長い牙を持つカバとか。
湿原地帯の水の上を、アメンボのようにスイスイ移動する大きなトカゲとか、巨大な体躯なのに何故か全く沈み込まないマンモスみたいなヤツとか、とにかく多岐に渡ってヤバそうなモンスターがわんさかいる。
だが、それらのモンスター達は、俺と目が合ったりしたとしても襲って来ない。ただ湿原地帯を渡る俺達を見ているだけなのだ。…………それは、冒険者ギルドで聞いた話と随分違う。
「それは簡単な話ですぜ。ヤツらにはあっしらの姿がよく見えてないんでさぁ。昔、ここいらのモンスター達を研究した学者によりやすとね、なんでもヤツらは、この湿原地帯に大量に繁殖している毒性の強い植物によって眼がほとんど見えてねぇとかって話でさぁ」
「え、そうなの? 頻繁に目が合うんだけど、見えてないの?」
「ええ。何かいるなって程度には見えてるんでしょうがね。ヤツらは眼が見えねぇ分、地面に伝わる振動で獲物の大きさを判断してるらしいんでさぁ。だもんで、この足場を渡っている内は…………」
「…………地面に伝わる振動がないから、獲物と思われない?」
「そういう事でさぁ。ただ、ずっと立ち止まっていると興味を持ってイタズラに襲って来るヤツもいるんで、あまり立ち止まるのは良くないですぜ」
「お、おう」
つまり、透明で地面から少し浮いている足場を進む俺達は、ここに生息するモンスターから見れば『レイス』のような存在に見えているようだ。
姿形はあるが、実体がない。襲ったとしても喰える体が無い。…………そう認識されているらしい。
なるほど、『足を踏み外すとえらい目に合う』ってのはそう言う事か。足場から落ちて俺に実体があると解った瞬間、アイツらは襲って来る訳だ。
絶対に足を踏み外さない様にしよう。と、俺が気を引き締めたのを見てか、バルタが安心させるように俺を振り返った。
「そんなに固くならねぇでも大丈夫ですぜ。ここのモンスターは見た目はヤベェですが、そこまで強くもないですぜ?」
「そうなのか? かなりヤバそうに見えるけど」
「確かにパワーは有りやすがね、スピードはそうでも無いんでさぁ。捕まらねぇように動けば、どうって事ないですぜ」
「……………………」
カラカラと笑うバルタを見ながら、俺はコイツは何を言っているのか、と思っていた。
この湿原地帯でそんなに速く動けないのは、向こうだけじゃないだろうに。むしろこの地形に慣れてない俺なんかは、全然動けないんじゃなかろうか?
いやまぁ、バルタはここでも速く動けるんだろうし、自分がいるから大丈夫って意味でもあるんだろうけどな。
「…………おっと、見えて来やしたぜ」
「…………あれがそうか」
湿原地帯を進むこと数時間。俺達の目指す先に、洞窟のある岩山が見えた。
それはまるで、湿原地帯から頭を出して大きく口を開けている巨大な蛇の頭の様に見えており、周囲の雰囲気も相まって、不気味に過ぎる印象を俺に与えて来た。
最難関ダンジョンのひとつ『邪眼族の螺旋迷宮』。俺達はとうとう、目的としたダンジョンにたどり着いたのだ。
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