229回目 サザンモルト辺境伯
テルゲン王国の北西を治めているのは、サザンモルト辺境伯家という、テルゲン王国でも指折りの大貴族である。
サザンモルト辺境伯家は、テルゲン王国が始まった頃からの由緒ある家柄であり、王家の血も勇者の血も引く家柄だ。
テルゲン王国が現在の王家である『ヌヌメルメ家』に乗っ取られた時には苦渋をなめ、いつか王家の血にその座を取り戻す事を腹に決めて『ヌヌメルメ家』に頭を下げた。
その時の当主は、ヌヌメルメ家に頭を下げて帰った夜に、あまりの悔しさに全身から血を吹き出して憤死したと言う。その時に遺体を包み、その血で真っ赤に染まった布は、悔しさを忘れぬ為のサザンモルト家の家宝として、額に入れられてホールに飾られている。
そして現在。サザンモルト家の執務室では、精悍な顔立ちをした偉丈夫がその眉をキツくしかめて、部下の男を睨み付けていた。
「…………どういう事だ。なぜジョルダン王国に見破られた? アブクゼニスの爺が失敗をしたとしても、王家が動くのが早すぎるだろう。アブクゼニスが事を始めると同時に動かなければ、あの早さに説明がつかぬ」
苦々しい顔をしたこの男こそが、魔王『キツネ』の騒動を起こしたアブクゼニスと組んで、ジョルダン王国の簒奪を企てていたテルゲン王国の大貴族である。
アブクゼニスとの契約では、ジョルダン王国をアブクゼニスに渡し、サザンモルト辺境伯家はジョルダン王国の軍事力を借りてテルゲン王国の王位奪還をする事になっていた。
本当の所はジョルダン王国でのクーデターを成功させた瞬間にアブクゼニスを殺し、サザンモルト家がジョルダン王国の王位を取った上で、テルゲン王国をも攻め取るつもりだったのだが、アブクゼニスが失脚した事で予定が大きく狂ったのだ。
「…………ほ、報告によれば、アブクゼニスの一党はその末端に至るまで捕縛され、処刑されたとあります。アブクゼニスが、我が命惜しさに情報を漏らしたのではないかと…………!」
冷や汗を床に落としながら話す部下から少し目をそらし、サザンモルト辺境伯は葉巻に火をつけた。
そして葉巻の煙を眺めながら考え、部下の言葉を否定した。
「…………いや、やはりそれは無いな。あの爺は生き汚い。追い詰められても必ず交渉を長引かせて一日でも長く生き延びる筈だ。その為に必要なコチラの情報を真っ先に漏らす事はしないだろう」
アブクゼニスが失敗した後も、サザンモルト辺境伯家は退かなかった。アブクゼニスが死んだとしても、王都の地下に掘らせていた穴は残っていると踏み、アブクゼニスを謀殺する手間が省けたとばかりにジョルダン王国の王都を攻め落とすつもりだったのだ。
だが、アブクゼニスがいなくとも魔王の対処に追われている筈のジョルダン王国の騎士団が、まるで魔王を無視するかのようにサザンモルトの軍に向かって進軍して来た。
これにはサザンモルトも足を止めざるを得ず、停滞している間にテルゲン王国の騎士団も動き出してしまった。
サザンモルトはこの対応の早さに舌を巻き、撤退せざるを得なかったのだ。
「こちらの動きに即座に対応してきたのも気になる。それに、戦場で変な物が飛んでいるを見た、と言う報告もある」
「…………例の魔道具ですか」
サザンモルトは手元にある、それを見たという部下に描かせた絵には、サザンモルト達がこれまで見た事もないような空を飛ぶ魔道具が描かれていた。
何の事は無い、それはドゥルクが派遣したドローンである。だが、サザンモルトの部下達は当然それを知らず、その正体を突き止めようと捕獲も試みて失敗している。
「…………訳の分からない事が多すぎる。ジョルダン王国の情報をかき集めろ! ジョルダン王国の動きが俺の知る物と大きく違い過ぎる。ここ最近で、大きく変わった事がある筈だ!!」
「ハハッ!!」
◇
サザンモルト辺境伯がジョルダン王国の調査を命じてから数日後、サザンモルトは部下の持ち帰った多くの情報から、『これだ!』という物を見つけた。
「…………『ドゥルクの書庫』が解放された。しかもそれを成したのが『ドゥルクの弟子』であり、さらにドゥルク=マインド本人の幽霊まで存在する…………か。冗談でも、もう少し大人しいな」
「『ドゥルクの書庫』ですか。厄介な物が解放されましたな。ではあの見知らぬ魔道具も、ドゥルク=マインドが作り上げた遺物という事ですか…………」
「…………もしくは、『ドゥルクの弟子』が作り上げた物か、だな。ジョルダン王国が国内貴族に向けてとは言え正式に発表したのだ。『ガモン』という名の者らしいが、其奴はそれだけの人物ではあるのだろう。…………だが」
ジョルダン王国で集めた情報は、今回の戦闘におけるジョルダン王国の動きにも適合する物ではあったが、その情報の中に、噂程度ではあるが無視出来ない物があった。
それはその『ガモン』という名の『ドゥルクの弟子』が、実は新たな『勇者』である、という噂だ。
「『勇者』…………!? ジョルダン王国でも、勇者を召喚していたと?」
「…………そう考えるのが普通なのだが、勇者の召喚に絶対的に必要な『聖エタルシス教会』の動きが見えない。そのガモンなる者に一人ついているようだが、その者が召喚まで行ったとは思えないのだ」
「となると…………まさか!?」
「ウム。我が国で召喚した『勇者』がジョルダン王国に流れた可能性がある。あの見慣れぬ魔道具も、『勇者』のスキルによる物だと考えれば納得も出来る」
「で、ですが我が国の『勇者』は…………」
「カラーズカ侯爵家が処分した。…………少なくとも我が国での貴族の認識はそうだ。民はそもそも、『勇者』が召喚された事も知らんだろうがな」
「…………では?」
「…………カラーズカ侯爵家が国を裏切っておるかも知れん。俺が言えた事でもないがな…………」
「すぐに事実関係を調べさせます! 召喚の義を行った『ママンガ枢機卿』ならば、スキルを見ているので勇者の名を知っている筈です!」
「慎重に調べよ。ジョルダン王国にも、テルゲン王国にも知られぬようにな…………」
我聞の知らない所で、新たに状況が動き始めた。
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