彼女の大っ嫌いな女友達に告白された
「――好きです」
放課後、校舎裏の桜の木の下で、俺・加賀平太は告白された。
満開の桜と同じように、ピンク色に染まった女子生徒の顔。その表情は、いつも俺が接している彼女のそれとは大きく異なっていて。
今目の前にいる彼女は、紛れもなく恋する乙女だった。
女子生徒の名前は、鈴屋果林。俺の女友達だ。
鈴屋は謂わゆるあざとい系の女子で、しかもそれを無自覚でやっていた。
さり気なくスキンシップをしたり、会って数秒の異性を名前呼びしたりするので、よく単純な男子たちから勘違いされる。
鈴屋に告白して「ごめん。そんなつもりは全然なかったんだ……」と返された男子は、校内だけでも何十人といる。
付き合う気がないくせに男に色目を使っている(と思われている)わけだから、当然同性からの印象は最悪だ。ほとんどの女子生徒が彼女を嫌っていると言っても、過言ではないだろう。
だけど、俺は知っている。
本当の鈴屋は寂しがり屋で、それ故につい人に甘えてしまうのだと。
男子に特に甘えがちなのは、彼女がお兄ちゃんっ子だかららしい。そう考えると、なんだか鈴屋を憎めなくなってくる。
俺にも妹がいる。自覚はないけれど、人から言わせたら、まぁ、シスコンらしい。
だから校内でも妹をしてしまう鈴屋の気持ちを理解出来るわけで。いつの間にか俺は鈴屋の良き理解者になり、唯一無二の友達になっていた。
鈴屋も俺を友人として見てくれているのだろう。もしかしたら、学校でのお兄ちゃんだと思っているのかもしれない。
そう考えた時期もあったが……まさか俺を恋愛対象として意識しているは思ってもいなかった。
俺にとっては予想外のことでも、鈴屋からしたら当然の恋心らしい。
「私ってこんな性格だからさ、男子からはいつも好意を持たれて、女子からはいつも嫌われるんだよね。その結果友達と呼べる人なんて誰もいなくて、何をする時も一人ぼっちで。加賀くんは、そんな私を救ってくれたんだよ」
救うだなんて……俺はそんな大それたことをしたつもりはない。
仲良くしたいと思ったから、友達になっただけだ。
「加賀くんからしたら何でもないことでも、私には救いに他ならなかった。だから今まで自分の感情から目を背けてきたけど……もう、我慢出来ないや」
「好きです」。鈴屋はもう一度、俺に告げる。
「加賀くんは私にとってたった一人の友達。でも加賀くんの彼女になれるのなら、友達がいなくなったって構わない。だからね、どうか私と付き合ってくれませんか?」
「鈴屋……俺は……」
「待って」
返事をしようとした俺に、鈴屋は待ったをかける。
「今すぐ返事をしなくても良いよ。というか、私も心の準備が出来ていないから、今はしないで。……また明日、同じ時間にここに来てくれない? その時返事を聞かせてくれるかな?」
そう言い残して、鈴屋は足早に去っていく。
一人残された俺は、空を見上げながら溜息を吐いた。
「ハァ。……本当、どうしてこうなったんだよ」
鈴屋への返事なら、決まっている。一晩考える必要もない。
答えは、「NO」だ。俺は彼女とは付き合えない。
鈴屋に魅力がないわけじゃないさ。あざといところも含めて、とても可愛いらしい女の子だと思っている。
それでも、やっぱり鈴屋を彼女にすることは出来ない。だって……俺には既に付き合っている女の子がいるのだから。
◇
その日の夜。
自室で勉強をしていると、スマホの着信音が鳴った。
画面に表示されている名前は、猪狩楓。俺の恋人の名前だ。
メッセージではなく直接電話をしてくるとは、余程の急用なのだろう。もしくは、単に俺の声が聞きたいだけかもしれない。
どちらにせよ無視すると後が怖いので、俺は勉強を一度中断して、電話に出た。
「もしもし」
『……出るのが遅い』
遅いって……たった5コールしか鳴っていませんでしたけど?
どう考えても理不尽な叱責だ。そしてこういう理不尽を押し付ける時は……決まって怒っている時だった。
「えーと、楓さん? 俺何か怒らせるようなことしましたっけ?」
『……本当にわからないの?』
うん、全くと言って良いほど身に覚えがない。
今日も一緒に下校したわけだけど、その時だって別に怒っている様子はなかったし。それどころか鼻歌混じりで腕を組んでいて、いつもより上機嫌だった気がする。
そして家に帰ってから今に至るまで、俺は楓と連絡を取っていない。だから彼女に何かしたとは、到底考えられなかった。
俺が頭を悩ませていると、痺れを切らした楓が答えを口にする。
『……鈴屋さんに告白されたらしいじゃない』
「……」
前言撤回。思い当たる節、めっちゃありましたわ。
前述した通り、鈴屋はそれはもう信じられないくらい女子に嫌われている。その「女子」の中には、当然楓も含まれている。
自分の大っ嫌いな女が、自分の大好きな彼氏に告白をした。楓が怒るのには、十分すぎる理由だった。
「どこ情報だよ?」
『鈴屋の告白シーンを目撃した子がいてね、その子が私に教えてくれたの。「楓の彼氏、寝取られるよ」って』
「寝取られるって……鈴屋はそんな奴じゃないだろ?」
『あの泥棒猫はそういう女よ。ていうか、何? あんたは鈴屋の肩を持つの?』
肩を持つも何も、間違った認識を正そうとしているだけなんだが……。
しかし凝り固まった鈴屋への固定概念は、俺がどんなに説明しても改まるとは思えない。
何より鈴屋自身が誤解を解くことを望んでいない以上、俺が彼女の良さを広めるのはお節介というものだろう。
『で、何て返事したのよ』
「返事はまだしてない。明日にしてくれって頼まれて……」
『そっ。じゃあ何て返事をするつもりなの?』
「……因みに告白を受けるって言ったら?」
『あんたを殺してあの女も惨殺する』
物騒だな。それにそこは普通、「私も死ぬ」だろうがよ。何ちゃっかり自分だけ助かろうとしちゃってんの?
「俺はまだ殺されたくないよ。お前と一緒に、幸せになりたい」
暗に「告白を受けるつもりはない」と、俺は楓に伝える。
『……本当?』
「彼氏が信じられないのかよ」
『いいえ、信じるわ。信じるけど……明日の告白の返事、私も同席して良いかしら?』
「それって要するに、信じていないってことだよな?」
『違うわよ。ただ、あの女に一言言ってやりたいだけ。「人の男にちょっかいかけるな」って』
そう言う楓の声色には、どことなく怒気が含まれていて。……お願いだから、仲良くしてくださいよ。
◇
翌日の放課後、俺は昨日同様校舎裏の桜の木の下に足を運んだ。……楓と一緒に。
掃除当番だった鈴屋は、俺より10分程遅く待ち合わせ場所に来る。
「ごめんね、加賀くん。遅くなっちゃって……って、え?」
楓の姿を見た鈴屋は、案の定目を見開いて驚いている。
「どうして猪狩さんがここに? それも加賀くんと一緒に? ……ううん、言わなくて良いよ。猪狩さんがいるってことは、そういうことなんだよね?」
鈴屋とてバカじゃない。楓が俺と一緒にここにいる理由を、瞬時に理解した。
「……彼女、いたんだ」
「あぁ」
「知らなかったとはいえ、ごめんね。彼女がいるのに告白なんてされたら、困るだけだよね」
「そんなことはない」。俺の否定をかき消すように、楓がセリフを被せてくる。
「まったく、その通りよ!」
さも犯人の罪を糾弾するかのように、楓は鈴屋に人差し指を向ける。
「平太は私と付き合ってるの! それはもう、甘い蜜月を毎日のように過ごしているの! だからあんたみたいな泥棒猫の入り込む余地なんて、これっぽっちもないのよ!」
怒鳴るような楓の物言いに、鈴屋は萎縮してしまう。
「平太の友達だかなんだか知らないけど、本当に平太のことを思うなら、もう二度と彼に近づかないで! あんたみたいな嫌われ者は、私の男に相応しくないのよ!」
「そっ、それは……猪狩さんに言われなくても、そのつもりだよ。告白した以上、もう友達じゃいられない。初めからフラれた時は、ケジメをつけて二度と近づかないようにしようと心に決めていた」
鈴屋は先程俺に、「迷惑だったよね?」と聞いてきた。鈴屋は失恋した直後でも相手を思いやれるような、そういう強いやつなのだ。
あざとい部分しか見ていないみんなは知らないけれど、俺だけはそのことを知っている。
だから彼女が「二度と俺に近づかない」と言えば、きっと有言実行することだろう。
その結果、どうなるのか?
俺は楓と今まで通り交際を続けられるし、鈴屋が俺に接触しない以上楓も嫌な思いをすることはない。
鈴屋は俺という友達を失うことになるけれど、根は良い子だ。きっとすぐに新しい友達を見つけると思う。
誰も傷付かないとはいかないけれど、一番被害の少ない形で一件落着となるだろう。
だからこれで良かったんだ。うん、良かったんだ……よな?
――本当に、これで良いのか?
ふと俺は、自身に問いかける。
俺にとって一番大切なのは楓だ。それは不変の事実である。
だけど鈴屋だって、楓までとはいかなくとも大切な友人で。俺のエゴかもしれないけれど、鈴屋にも納得のいく結末を迎えて欲しい。
それに出来ることなら、楓にも鈴屋の良さを知って欲しい。そして二人には、良き友人になって欲しい。
これは鈴屋の為だけではない。俺は楓に噂だけで人を糾弾するようなことをして欲しくないのだ。
「だからバイバイ、加賀くん。今まで本当にありがとう」
「待ってくれ、鈴屋」
目尻に涙を溜めながら立ち去ろうとする鈴屋。俺はそんな彼女の手を掴む。
「加賀くん……何をしているの?」
「告白してくれてありがとう。嬉しかった。だけど俺は、お前の気持ちに応えられない。だからお前の気持ちを、とことん拒んでやる。……友達をやめる? ふざけんな。お前が一方的に関わりを絶とうとしても、俺は受け入れねぇ。俺はこれからだってお前と友達でい続けてやる!」
鈴屋に対して言いたいことは、全て吐き出した。今度は楓の番だ。
「楓だってそうだ!」
「えっ、私!?」
「大して話したこともないくせに、鈴屋を悪い奴だって決めつけてんじゃねーよ! 俺はお前にそんな嫌な女になって欲しくないんだよ!」
「でも……」
「言い訳無用! 鈴屋は良い奴だ! 友達の俺が、保証してやる! それとも……お前は彼氏の言うことが、信じられないのか!?」
今の言い方は、少し卑怯だったかもしれない。
だけど、それで良い。二人が幸せになれるのなら、喜んで卑怯者になろう。
『……』
楓と鈴屋が顔を合わせる。
先に手を差し出したのは、楓の方だった。
「確かに、何も知らないくせに悪人だと決めつけるのは良くないわね。だからあんたのことをよく知ってから、悪口を言うことにするわ」
「それって、暫定的に友達になってくれるっていう認識で良いのかな? 嬉しいよ。たった一人の友達が出来て」
……ん? 楓がたった一人の友達?
俺は鈴屋の友達をやめたつもりはないって言ったのに……俺の言いたいことが、上手く伝わってなかったのか?
俺が首を傾げていると、鈴屋が小悪魔のようなあざとさ溢れる笑みを向けてくる。
「ごめんね、加賀くん。やっぱり私は、加賀くんのことを友達とは思えないや」
さっきまでと同じセリフ。だけどその意味合いは、さっきまでとは大きく異なっている。というか、正反対と言うべきかもしれない。
「私、諦めないから」
本当、お前は強い奴だよ。
宣戦布告とも受け取れる鈴屋の発言を聞いて、俺は苦笑いを浮かべる。
一方楓の方は、とてもじゃないが穏やかな心中ではいられなかったらしい。
「やっぱり、この女のこと嫌い!」
だからさ、頼むから二人とも、仲良くしてくれよ。
彼女と彼女の大嫌いな女の子との板挟みは、まだこれからも続くみたいだ。