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発熱

特に怪我もしてないし、車が迎えに来ているという事で櫻はすぐに解放された。眠っている3人は親が迎えに来て事情を話すまではそのまま寝かせておくらしい。

駆けつけた他の先生から家に連絡を入れると言われたが、保健医が既に連絡を入れたから車が迎えに来たのだと嘘をついた。担任が車まで付いてきて運転手に挨拶していたが、運転手は櫻が仕事で来ていることを知っているから、適当に話を合わせて対応してくれる。


「お仕事に動きがあったんですか?」

「一応任務完了かな。今日は直接病院向かって下さい。」

「承知いたしました。」


車に積んでおいたノートパソコンで文部省や、警視庁へ完了の連絡を入れる。

他の仕事もサラッと確認して次の指示を出し終わる頃には病院へ着いていた。


「海崎先生。」


外来診察室から顔を出して前を通りかかった海崎に手招きをする。

怪訝な顔をして近づいてきた海崎が診察室の中を覗き込んで他に誰もいないのを確かめた。


「何してるんだ?」

「ちょっとお願いあるんですが。」

「なに?」

「処方箋出して欲しいです。」

「誰の?何を?」


右京は処方箋は出せないので代わりに出すことはよくある。

いつもの事なので、右京を押して中に入ってカルテを見ようとパソコンを覗き込む。


「抗生剤点滴とラクテックG注?インフル陰性で、WBC29600 CRP9.6の急性扁桃炎ね。うん、いんじゃない?」


薬局で出す用の処方箋は肩代わりすることはあるものの、その場で治療に使用する薬剤については自由にやっているのでそこまで確認して海崎は首を傾げる。


「患者は?」


目を泳がせる右京にバッと海崎はパソコンにかぶりついた。微妙にスクロールして隠れていた患者名が崎谷右京になっているのを見てグアッと目を見開く。


「おまっ…」


海崎が右京の肩に両手を置いて無理矢理座らせ、額を捉えた。

慌てて体温計を探り差し出す。


「もう計った。」

「いいから計って見せろ。」


目の前に座って迫られて、右京は仕方なくそれに従う。


「はい、あーん」


海崎が胸からライトを出して口を開けさせる。見事に腫れているのを見て眉をしかめた。


「お前、さっきまで普通に仕事してなかったか?」

「ちゃんとインフル陰性は確認してからですよ。」

「そういう事を言ってるんじゃねーんだよ。」


ピピピ、と鳴った体温計を抜き出すと、見る間もなく取り上げられる。

それを見てハァ、と大きくため息をつかれた。


「点滴取ってくるからお前そこに寝とけ。絶対、動くなよ?」

「承認してくれたら自分でやるってば。」

「俺の!言葉を!聞いてたのかっ!?」


立ち上がった海崎がむくれる右京を急に抱き上げる。


「うわっ!」

「おまっ…軽すぎるだろ。」

「ちっちゃいもん。」


診療台に下され毛布をかけられ寝かされてしまう。

ぽんぽんと毛布の上から叩かれて、絶対に動くな、と再度念を押して海崎は奥に消えた。


はぁ、なんで扁桃炎なんか…。


自分の軟弱な体に文句を言っていたら、右京はいつの間にか眠ってしまっていたのだった。



「やばっ!!」

「そうだな、ヤバいのはお前の頭だ。」


飛び起きたら、返事が返ってきたでござる。

そろりと声のした方に目をやると、外来診療室のパソコンに向かっていた海崎が振り返った。


「先生、何して…」


そこまで言って時計を見上げると、点滴がぶら下がっているのが目に入る。

そう言えば点滴を処方してもらおうとして眠ってしまったのを思い出す。

点滴もほぼ終わりだ。ということは1時間近く寝てしまっていたらしい。


「あー点滴ありがとうございます。」

「他に言うことがあるだろう。」

「他に?えー?…あ、ICUの酒井さんは大丈夫そうなので明日病棟にあげますね!」

「違う…。お前いつから症状あったんだ?」


何やら御立腹のご様子。

頼み事しておいて寝てしまったのがマズかったのだろうか?だったら起こしてくれれば良かったのに、と右京は思う。


「昼過ぎですかね。学校で他の人に熱あるんじゃ?って言われて気づいた感じです。」

「喉痛いとか、怠いとかあるだろ?」

「寒いなーってのは思ってたんですけど、あとはなんか首痛いから頭痛が多少あるかなーくらいで…眼鏡合わないせいだと思ってたんですよね。」

「今は?」

「点滴は偉大だなって感じですね!」


親指を立てて見せたら、凄く嫌な顔をされた。何故だ、解せぬ…。


「とりあえず迎え呼べ。」

「なんで?まだ時間ある。」

「迎え約束してんのか?ならそれまでここで寝ておけ。今日は何故か患者も少ないし。」

「十分寝ましたよ?」

「お前…」


また怒られそうな雰囲気を感じ取って、右京は慌てて両手をあげた。


「あ、寝ます。寝ますね!ありがとうございます!」


そうか、自分は患者なのかと思い至る。

病院にいるとどうも医者の立場が先に立ってそこに考えが至らなかったのだ。

アメリカにいる時もよく具合が悪くなる事はあったのだが、相当マズイ場合以外仕事を休んだこともないし、申告する事もなかった。

アメリカにいる時は自分で処方も出来たから、他人に相談する必要もなかったというのが大きい。大事になって帰国させられるのも困るし、一回他人に飲まされた薬でアナフィラキシーを起こして以来、処方を他人に任せるのは止めている。


毛布に包まって寝てますアピールをしてみたが、呆れてこちらを見ている海崎が去る気配がない。


「先生、もう戻ってもらって大丈夫ですよ?」

「忙しくなったら呼びにくる様に言ってあるし、点滴ももうすぐ終わるだろ。」

「点滴なら自分で…」

「お前、寝るんだよな?」

「あ、ハイ。寝ます寝ます。」

「俺の事は気にせずいいから寝やがれ。」

「オヤスミナサイ。」


余計なことを言うと怒られそうだ。

とりあえず仕事もなさそうなのでお言葉に甘えて寝ることにする。

そう言えば最近、少し睡眠足りてなかったかな?小学校って授業中寝るわけにもいかないし、無駄に時間を喰うのが困るんだよなぁ。

そのせいで放課後にやりたい事がスライドするのが困る。

ただこれから1週間、うまくすればもう少し長く扁桃炎ということで学校に行かなくて済むのがありがたい。そもそも仕事終わったんだからもう行かなくてもいいのか?

明日から何しようかなー?



「おい…」

「あ、海崎先生お疲れ様ですー。あ、何か手伝います?」


目が覚めたのでとりあえず今日のカルテを登録していた所に海崎が再び顔を出した。忙しくなったら呼びに来ると言ってたので来たのだろうか?と思ったのだが、違ったらしい。

また怒ってる。


「俺は寝てろって言ったよな?」

「はい、寝てましたよね?」


海崎が再び体温計を差し出す。

仕方なく右京は再び体温計を脇に挟んだ。


「少しはマシになったのか?」

「はい、もうスッキリバッチリ。」

「そんな訳ないだろ。」

「いやほんと、睡眠も偉大ですよ?」

「つまりは睡眠不足だったと?」

「うーん、結果を見るとそうなのかもしれないですね。でも今日問題解決したんで明日からは大丈夫ですよ!」


胸を張る右京に海崎は懐疑的な目を向ける。


「先生こそ睡眠足りてないのでは?」

「何故?」

「今日は怒ってばっかりなので。」


なんでそんなにご機嫌斜めなの?という右京の直球に海崎が目を細めて凄い顔になった。

おーこれはマズイ…。

そこに体温計が鳴って、海崎が手を差し出してくる。引き抜いて先に見ようとしたら、ふんっと奪い取られてしまう。


「あーっ!先生私にも見せてよ!平熱戻ってるでしょ!?」

「お前平熱何度だよ?」

「36.2℃くらい?」

「惜しい、一桁間違ってるな。」


目の前に翳された体温計は39.2℃を示している。


「体温計、壊れてますね。」

「壊れてるのはお前の頭だから心配するな。」

「昼間は38.2℃だったのにおかしいですよ、その体温計。」


ハァとため息を吐いて海崎が頭を抱える。

やはり今日の海崎は疲れている、と右京は確信した。

そこにセンター長が顔を出す。


「なに騒いでるの。」

「海崎先生が今日怒ってばかりなので寝不足なのかと思いまして。海崎先生、ニンニク注射打ってあげましょうか?」

「いらんっ!」

「具合悪いの右京先生でしょ?」

「いや、全然元気ですよ?」

「熱40℃超えてるって聞きましたけど?」

「体温計壊れてるんですよ。」

「壊れてない。」


体温計をセンター長に渡して海崎が立ち上がる。もう一本持ってくるから待っていろ、と言って部屋を出て行く。

取り残されたセンター長が受け取った体温計を見て、代わりに右京の前に座った。


「体調は?」

「お陰様でだいぶ寝させて貰ったので本当に大丈夫ですよ?働けます。」

「急性扁桃炎なんですよね?」

「扁桃炎ならうつらないし、抗生剤とラクテック入れて貰ったから本当に治りましたよ?」

「そんな簡単に治る扁桃炎ないでしょう。」

「だって治りましたもん。」

「喉みせて。あーん。」


海崎と同じ様なやり取りをしていると海崎が新しい体温計を持って戻ってきた。

それを右京に渡してもう一度計れと言う。

さっき右京が壊れていると言った体温計を海崎が自分で脇に挟んだ。

結果は海崎36.0℃、右京39.3℃。


「壊れてないことは証明されたな。それで迎えは何時に来るんだ?」

「そんなに帰って欲しいなら帰りますよ。扁桃炎うつらないって言ってるのに。マスクもしてるし…。」

「まさか迎え呼んでないとかないよな?」

「22時に来ますよ。」

「早まっても来てくれるのか?」

「連絡すれば来てくれると思いますけど。」

「さっさと呼べ。」


大人2人に凄まれて右京は胸に挿してある病院の呼び出し用携帯で運転手に連絡をする。

すぐに伺います、と言っていたので本当にすぐ来るだろう。

せっかく今日は15時くらいに来れたのに、4時間くらいしか働けていない。


「すぐ来るって。」

「よし。あ、解熱剤、消炎鎮痛薬、うがい薬全部出しておくか?」

「要らないよ。明日も来るし。」

「あーまぁそうだな。学校行かずに来いよ?」

「うん。」

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