表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/100

封印

「和泉さん」


体育館からの帰り、渡り廊下ですれ違った保健医に呼び止められる。

見上げるとすっと手が伸びてきて耳の下に差し込まれた。


「少し熱があるんじゃない?顔色が悪いわ。体育館寒かった?」


言われて自分の頬に手を当ててみるがひんやりと冷たいだけで熱は無さそうだ。

これは保健室へのお誘いと受け取ってよいだろうか。


「寒かったです。」

「保健室で少し休んだら?先生には連絡してあげるから」

「はい。ありがとうございます。」


そう言って2人で連れ立とうとしたところで、「先生」と後ろから声をかけられる。

木村愛美だ。


「なぁに?」

「わたしも、お腹痛いので、保健室行ってもいいですか」

「もちろんよ。冷えちゃったのね。」


保健医はお腹を押さえている愛美の肩をそっと抱いて受け入れる。

他の子達は口々に「大丈夫?」「無理しないでね」と言いながら渡り廊下を渡った所で左右に分かれた。


愛美は仮病だ、と私も保健医も察している。

2人のどちらかに話があるのだろう、と。

保健室で席に座らせて2人に体温計を手渡して、保健医は担任に内線で連絡を入れに行く。


「体育館寒かったね。」

「うん。櫻ちゃんは…」

「ん?」

「卒業式、制服で出るんだよね?」

「制服で出るつもりだよ。1日の為に服買ってなんて言いたくないし。オシャレ気にするタチでもないしね。」


学校に来る時はなるべく地味にしている。

茶色や紺のプリーツスカートにシンプルな白のシャツをインして、その上にベージュやグレーのカーディガンを着るのが定番だ。

そして瓶底メガネにおさげ。


「そっか。じゃあ私も制服でいいかな。」


少し嬉しそうに愛美がはにかんだ。

きっと買ってくれそうにもないと思って不安になったのだろう。

あそこで制服着る宣言をしておいた自分グッジョブ。


少しの時間差で2人の体温計が鳴った。

先生の差し出した掌に気にせず乗せようとしたが、その数字に目を瞬かせる。


「あれっ!?」

「やっぱり和泉さんは熱があるわねぇ…」


どうせ平熱だろうと思っていたのに、体温計が38.2℃を示していて自分でも驚いてしまう。

愛美もそれを見て心配そうに眉を寄せた。


「櫻ちゃん大丈夫?くらくらしない?」

「全然。普通。」


保健医がブランケットを持ってきて肩にかけてくれ、ポットのお湯でココアを作って2人に手渡してくれる。


「とにかく温まって」

「先生、マスク下さい」

「マスク?」

「インフルエンザだったら困るから。ワクチン打ってるし違うと思うけど念の為」


ココアをくぴっと一口飲んでから受け取ったマスクを装着した。


「愛美ちゃんはお腹どう?」

「ワタシ?私は…ココア飲んだら大丈夫そうかな…」

「よかった」


自分が思いがけず本当に熱があったので、仮病と決めつけて申し訳ないと思ったが、反応からしてやはり当たっていたのだろう。

一応こちとら現役の医者なのでそこは見る目があるつもりだ。自分のことは抜きにして。


「何か不安なことあった?」


急に聞かれて愛美がびっくりしたように私を見返す。


「私に何か話したい事あったのかなって思って。それとも先生に?」

「あら、何かあるの?せっかくだからお話聞かせて。」


自分のお茶を持って戻ってきた保健医も席につく。

コップの中を覗き込む様に俯いていたが、少し経って頭を振る。


「…もうすぐ卒業だから、櫻ちゃん、他の学校行っちゃうでしょ?先生も…会えなくなっちゃうし。」

「寂しくなっちゃった?先生嬉しいなぁ。」

「櫻ちゃんは、寂しくないの?」


質問し返されてどう答えたものだろう、と頬に手を当ててこてりと首を少し傾ける。


正直、仕事で来ているだけなので寂しいという思いはない。

今まで大人とばかり付き合ってきたから、子供達の感性に面白いなぁと思うことはあるけれど、あくまで観察者の視点だ。

神様が降臨していた400年分くらいの記憶があるので、ほんのひとときにしか思えないというのもある。


「うーん。転校してきてるから、愛美ちゃん程じゃないかもしれないなぁ。一回経験してるから、次の学校への不安もそんなにないかもしれない。わくわくもないけど。」

「前の学校の子とまだ連絡取ったりしてる?」

「してないよ。」


そもそも友達っていただろうか?と考えてしまう残念な事実だ。ちなみに仕事相手とは連絡をとっている。あくまでも仕事の話だけれども。

愛美が求めていた答えはきっと違うだろうとは思う。前の友達を大事にしていて、愛美とも付き合っていくような事を願っているのだろう。

しかしそれは出来ないのだから、希望を与える事は言わない。


「優恵ちゃんとか沙織ちゃんって櫻ちゃんのおうち遊びに行ったりしてるの?」

「してないよ。遊びに行ったこともないし。うちはちょっと面倒な家だから誰も呼ぶつもりはないかな。」

「面倒な家?お母さんがうるさいとか?」

「お母さんは一緒に住んでない。私は親戚の家に住んでるから。」

「そう、なんだ…」


実家は鎌倉にある。

和泉家も元々は鎌倉に住んでいたのだが、仕事の都合もあって忍が中学に入る際、東京に出てきた。

実母と和泉社長は戸籍上夫婦ではあるけれど、家の都合で夫婦にされただけで好きあって結婚した訳ではないので、仲は良いが一般的な夫婦とはちょっと関係性が異なる。

母を早くに亡くした忍を育てたのは右京の実母なので、忍にとっては母親みたいな所はあるけれど、実母は特殊なお家事情もありまだ鎌倉の屋敷に残っているのだ。


櫻の家を避難場所に考えていたアテが外れたのだろうが、母親が一緒に住んでいないと言う点が同じなのが嬉しかったのか、絶望と安堵が入り混じった微妙な顔をする。


「櫻ちゃんは、お母さんのこと、すき?」

「好きだよ」

「一緒に暮らしてないのに?」

「一緒に暮らしてないのと好きかどうかは別物じゃないかな?」

「一緒に暮らしたいとは思わないの?」

「うーん、無理な理由分かってるから、思わないかな。」

「寂しくないの?」

「会いに行けるし、電話もメールも出来るから平気。」


正直なところ、電話やメールはアメリカ時代からしているけど、会ったのは日本に帰ってきた直後に一度鎌倉に会いに行ったきりだ。

薄情な娘で申し訳がない。


「私も、平気になるかな…?」

「それは人それぞれだから何とも言えないけど、中学行ったら新しい出会いもあるし、部活とかも忙しくなったり、彼氏が出来たりとかして親離れしたらまた感じ方も変わるんじゃないかな。」


達観した意見すぎて小学6年生にはまだ理解されないだろうか。

まぁ、私も同じ学年なのだが。


「木村さんは双子の弟が居たわよね?弟さんとは今日みたいな話はしないのかしら?」


ずっと2人のやり取りを聞いていた保健医が愛美に質問する。


「たーちゃんは、パパとママがケンカしてるより良いって。ご飯とか洗濯とか困らなければ良いって言ってる。」

「ご飯はどうしてるの?」

「冷凍食品とか、お弁当買ったり、マック行ったり。たーちゃんはおばあちゃんち行ったりしてる。特に金曜とかは泊まりで。」

「木村さんはおばあちゃんち行かないの?」

「あんまり。たーちゃんはパパに似てるし、長男だから良いけど、私はママに似てるからって嫌われてるんだもん。」


うーん、闇が深そうだ。

普段はあまり積極的に話をしない愛美だが、今日は相手が2人とも聞き役に徹しているからか、櫻の方が不幸そうに見えたのか口が軽い。愛美はとにかく不満を話続けた。

保健医が何度か熱のある櫻を離脱させようと視線を投げてきたが、櫻は視線で拒否して聞き続ける。

そのうち放課後になって、櫻の鞄とコートを持った優恵と、愛美の分を持った隆弘が連れ立ってやってきた。


「櫻ちゃん、愛美ちゃん、具合どぉーお?」


2人の姿に愛美の顔が曇る。

しかし2人はそれに気づくばすもない。


「櫻ちゃん、卒業式ね、先生にも聞いたけど、やっぱり服は何でも良いんだって!ママが良いって言ったら私は可愛いスーツ買ってもらうつもり!」

「買ってもらえるといいね。」

「沙織ちゃんとか、優里ちゃんとかも聞いてみるって〜」


るんるんな優恵にも私はにこやかに対応する。そこに愛美が参戦してきた。


「私も櫻ちゃんも制服で出るつもりだよ。」

「そうなの?そういえば櫻ちゃんさっきもそう言ってたね。」

「うん。」

「でも櫻ちゃんは私立行くから皆とも違う制服だし、それもありだよね。」

「世田谷の鳩だけどね。」


愛美と櫻は違う、と言われ愛美は顔を引き攣らせる。


「まなちゃん、帰ろう」

「たーちゃんは今日おばあちゃんち行くんでしょ。」


荷物を差し出した隆弘から受け取りながら、愛美は一緒の帰宅を拒んだ。

隆弘は困った様に眉を寄せる。


「まなちゃんも来れば良いじゃん。ご飯も無いのにどうしてまなちゃんはお父さんの言うこと聞かないの?」

「おばあちゃん私の事嫌いだもん!」

「だからそれはまなちゃんの思い込みだって…」


隆弘と愛美の言い争いが始まって、優恵が目を丸くする。

どうやら愛美の語った話と隆弘の考えにはかなり隔たりがある様だ。

まぁ想定通りと言えば想定通りだが。

保健医が宥めに入るが、愛美はヒートアップしていくばかりだ。


「櫻ちゃん、愛美ちゃんどうしたの?」


優恵が隣から小さい声で尋ねてくる。

なんと答えたものか、と思いつつ、大丈夫だよと笑いかけようとしたところで愛美が声を張り上げた。


「たーちゃんには私の気持ちなんて分からないんだよっ!!」


その瞬間、保健室の窓にピシリとヒビが走る。櫻は優恵をドア側へ押して、素早く印を結び前に出た。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」


少し遅れて保健医が子供達を守る様に窓側に立って2人を抱きしめる。

保健室の窓が一斉に割れてガラスが飛び散ったが、櫻が張った結界に阻まれて垂直に床に落ちて散らばった。


「きゃーーーーっ!!!」

「六根清浄、急急如律令」


素早くまた印を結び、真言を唱えながら窓ガラスが割れた事に驚いて叫んだ優恵の腕を引く。同時に子供達が一斉に気を失ってその場で崩れ落ちた。


「櫻ちゃん!?」

「大丈夫。ちょっとベッドに並べて寝かせて貰えますか。」


自分が抱える優恵だけなんとかベッドに運び込んで寝かせる。2人抱えていた保健医も1人ずつベッドに運び込んでくれた。


優恵が持ってきてくれた鞄の中から3枚の護符を取り出して3人の額に其々貼っていく。

一人一人左手で額を押さえ、真言を唱えながら反対の手で印を手刀で切ると護符が青い焔となって消える。


「さて、どうします…?」

「どうするって、どうなってるの?」

「愛美がキレて力が暴走したので抑えこんで3人とも能力封印したところ、までですね。」


保健医が額に手を当てて重いため息をつく。

展開が早すぎてついていけないわ、と嘆くがすぐに頭を振って切り替えたようだ。


「この後可能な選択肢は何かしら?」

「1、私に関する記憶をまるっと消す。2、優恵と隆弘が来たところからやり直す。3、突風かなんかで窓が割れた事にして愛美と私の力行使については改竄する、くらいですかね。」


再び保健医が頭を抱える。

まるっと消すって何よ…とぶつくさ呟いているが、再び深く息を吐いて立て直す。


「一番簡単なのは?」

「3ですね。ただその場合、窓ガラスが割れたままになりますけど。」

「そもそも窓ガラスが元通りになるなんて思ってもないからいいわ。」

「じゃあ3で。先生の記憶も改竄します?」

「そこはしないでくれると助かる。」


了解と請け負って、再び鞄の中を漁って和紙と筆ペンを出す。

サラサラと魔法陣を描いて床に置くと、呪文を唱えながら近くに散らばるガラスで指の先を傷つけ、溢れた血を魔法陣に押し付ける。

筆ペンで描いた黒い線がさっと紅く色を変えて光を放つ。

部屋いっぱいに光が満ちて、保健医は眩しさに腕で目を覆った。


「終わりましたよ。」


そう言われて保健医が目を開けたところで何も変わっていない。

相変わらず子供達がすやすやと眠っているだけだ。


「えーと?」

「愛美と隆弘がケンカしている時に突風が吹いて窓ガラスが割れて、先生が覆い被さった2人が頭をぶつけて意識を失ったのと、優恵がびっくりして転んで頭を打って意識を失ったけど、先生とカーテンのお陰で怪我人ゼロ、ということになってますんで。」

「…櫻ちゃんの指先は?」

「舐めたら治りますよ。」


血が滴る指を保健医が指摘したので、パクっと口の中に指を入れて引き抜き、ほらね、と指を見せた。

櫻の指から傷が消えているのを見て保健医が呆れ果てる。


「ヲン・キリ・キャラ・ハラ・フタラン・バソツ・ソワカ・ヲン・バザラド・シャコク」


結界が解け、静かだった教室に音が戻ってきた。


「寒っ」


窓ガラスが無くなったせいで外と変わらない。風が吹いて櫻は両腕で自らを抱きしめて腕を摩る。席まで戻ってコートを着込むと、いつの間にか床に落ちていた膝掛けも拾って席で丸まった。


「先生、各所に連絡お願いします。」


保健医は奥から取ってきた毛布で櫻を包んでから、後処理に奔走する事となった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ