いつか、また
「右京、おまえまさか寝てないのか?」
家の誰にもバレていないのに、何故川上先生にバレるんだ?
発作起こして3日も意識がなかったのにさっさと退院させてもらう代わりとして経過観察の外来予約を入れられていた。
石川先生の外来だったハズなのに、石川先生は緊急手術が入ってしまったらしい。
それで代打の川上先生の診察となってしまったのだ。
名前を呼ばれて部屋に入って椅子に座るなり川上先生は顔を見てそう言い当てた。
「その顔はやっぱり寝てないんだな」
顔なんてかわってないってば…。
しかし川上先生は確信してしまったらしい。
「…なんでわかるの?」
「分かるよ…いったい何時間眠てないんだ?」
「えー…退院してから3日だから…」
「まさか丸三日寝てないのか!?一体何してるんだ」
「いろいろさ、仕事とか?でもさすがに少しは寝てるよ?3時間くらい?」
「それ3日間トータルでだろ?」
本当の本当に呆れた、という顔をされた。
川上は頭をぐしゃりとかくと看護婦を呼ぶ。
「点滴受けていけ。その間くらい寝なさい。わかったな」
右京は笑うしかない。
黒木先生と同じ類の過保護だ。
今日は右京が最後らしく、そのまま外来の診療台に寝かされる。
点滴を入れようとして川上が眉をひそめた。
「ずいぶんな腕になっちゃったな。痛くないか?」
そう言って右京の腕を川上がさする。
右京は血管が細くてかなりルートが取りにくい。
川上先生はすごく上手で一発で入れてくれるのだが、看護師さんにはかなり採血を失敗されたので腕が痣だらけなのだ。
自分で採らせてもらいたいと何度思ったことか。
なんなら神の力で簡単に治せるのだが、それを急に治すとおかしいので今はそのままになっている。
「痛くないよ。見た目アレだけどね」
今日も川上は一発で長い針を入れるが右京は顔色ひとつ変えない。
心電図はデフォルトらしくさっさとつけられてタオルケットを掛けられる。
「明日、だな」
「そうだね。何て顔してるの。別に川上先生のせいじゃないって」
「俺が悪いんだ。シヴァに話していなかったら」
「大丈夫だと思うよ。すれ違いが少しあるだけじゃないかな」
一応最悪を想定して準備をしているけれど、右京にはなんとなく予感がある。
シヴァは川上の望まないことはしないんじゃないかと。
「ねぇ、先生ひま?少し手を握っていて欲しいんだけど…」
「おやおや甘えん坊だな。今日はこれで終わりだからいいけど」
そういって一回消えて、看護師に何か告げて帰ってくると右京の側に座って片手を差し伸べた。
右京はえへへと笑って、その手を握ると目を閉じた。
川上とつながっているととても落ち着いた。
何か優しい気持ちになれる。
夢をみた。
いや、夢ではない。
多分、川上から流れ込んでくる記憶だ。
それはお祭りの日。
まだ二人が少年だった頃、シヴァに半分強引に連れられて甲斐は<天>に忍び込んだ。
ほんの軽い冒険のつもりだったのだろう。
決して行ってはいけないと言われていた<天>だったが、お祭りと聞けば殊更興味がわく。
しかし二人は割とすぐに村人に捕まった。
殺されてしまうのだろうかと思ったが、天馬に乗って駆けつけた少女が二人を庇ってくれたのだ。
『ふたりは私の友達だから、お祭りに遊びに来てくれたんだよ。私の友達に何をするの!』
と。
少女と一緒に居た少年が『無理がある』と笑っていたけど、『姫様がそういうならそうなんでしょう』と誰もがそれで納得して彼らを受け入れてくれた。
そしてそのままお祭りに参加して、美味しいものをたくさん食べさせてもらったり、一緒に踊ったり…。
『お祭りは無礼講なんだよ』と胸を張って『だから来年も遊びに来てね』と国境まで見送ってくれた。
最後まで傍にいて彼らを守ってくれた姫様こそ、櫻の神様だったのだ。
その思い出が川上の中には温かく残っていたのだ。
「右京様、右京様」
名前を呼ばれて目を覚ますと、榊が困り顔で見下ろしていた。
「さかき…」
「スイマセン、よく眠っているからこのままお連れしようと思ったんですが」
まだ半分夢見ているような右京に榊は本当に困ったという顔をしている。
それでいて右京に対する申し訳なさも混じっていて、大層複雑な表情だ。
「先生の手を放さないから…」
ぼーっとしたまま自分の手を見る。
「あぁ、ごめんね、先生…」
川上は苦笑いしただけだった。
何か本当に眠かった。
寝ないのは平気だけど、一度寝てしまうと際限がない。
なかなか厄介だ。
体を起こしても眠さが消えてくれない。
川上が点滴の針を抜くのを黙って見ていたが、この静けさが更にまずかった。
かくっと右京の頭が後ろに倒れそうになって、それを川上がベッドのパイプにぶつかる間一髪の所でうけとめた。
「右京様っ!?」
もっとさっきより悲惨な状況になった。
右京は川上の白衣にしがみついたまま深い眠りに入っている。
「ムダ、みたいだな」
そんな…と情けない声を出す榊は途方に暮れた。
「やっと起きましたか、眠り姫は…」
目が覚めると自分の部屋だった。
手には皺くちゃになった白衣を握っている。
つい、匂いを嗅いで川上のものだと判断した。
本人には脱皮で逃げて貰ったが、白衣はどうしても握って離さなかったらしい…。
恥ずかしすぎる‥‥!!!
でも何処か心がぽっと温かくなる。
最近迷ってばかりでめちゃくちゃだった心の中が穏やかだ。
このまま前に進もう、と右京は思えた。
ベッドの上で正座して、白衣に顔を埋めたまま前屈して布団に頭をぐりぐりする右京に榊が呆れた声を出す。
「何やってるんですか、貴方は」
「…忍いる?」
「いらっしゃいますよ」
「呼んで貰ってもいいかな。明日から父様についてアメリカだよね?」
「そうですね。起きたら呼ぶように言われていますから、呼んで参りますね」
本当は父様と自分でアメリカに出張する予定だったのだが、発作が続いたことで却下となってしまった。
その代わりに忍を連れて行って、雰囲気を感じてみて欲しいというのが右京からのリクエストだ。
本当に将来、和泉財閥を率いるつもりがあるのならば早い内からそういう場を経験した方が有利だと思う。でも右京の為だけに当主を目指すというのは止めて欲しいと思うのだ。
だから本当に自分がやりたい事を見極めて欲しいと思う。
財閥を潰すつもりはないが、この先、自分は一族に終止符を打とうとしているのだから。
「起きたのか?…どうして泣いてる?怖い夢でも見たのか?」
「泣いてないよ?」
ノックをして入ってきた忍が右京の顔を見るなりそう心配そうに言う。
右京は何を言われているのか分からず首を傾げた。
忍の視線を追う様に右京はそっと自分の頬に触れてみる。
濡れている。
何故?
愕然とする右京を忍はそっと抱きしめた。
右京は忍の背に応える様に手を回す。
温かかった。
いつもの忍だ。
「泣いてないよ。私、泣いてないよ?」
「あぁ」
「ねぇ、忍…ひとつお願いがあるんだけど…」
「何?」
忍が髪を撫でながら聞き返す。
右京は少し躊躇する。
だが心の中に温かさがある内にと思い直す。
「…抱いて欲しいの」
忍がびくりとして髪を撫でる手を止める。
抱きしめる力を緩めると右京の顔を間近に見た。
「あ、あの。だから…だっ」
「わかってるよ。1度言えば…」
女の子に二度もそんな言葉を言わせない優しさからだろう。
忍が語気を強めて右京の言葉を遮った。
「いいの?本当に」
こくり、とうなづく。
「俺の部屋に行く?」
また、こくりとうなづく。
少しうつむいてしまった右京の目尻に軽くキスをすると、忍は右京を抱き上げた。
ドアを出ると、榊に出くわす。
「どうかなさいましたか」
「右京、俺の部屋にいるから安心して」
「忍様?」
「やぼなこと聞くなよ」
ちらり、と榊が右京を確認する。
右京は小さく頷いた。
榊はただお辞儀をして階段を下りていく。
忍はさっさと2つ先の自分の部屋に入ると右京をそっとベッドの上に下ろした。
「体、大丈夫?今日はずっと寝てたんだって?」
「大丈夫。眠かっただけだよ」
深く口づけをした。
あの事件以来、こういう事は避けてきたけど、抱きしめられても右京の体は震えることはなかった。
「綺麗だよ、右京」
何度も、何度も、確かめる様に忍は右京を深く貪った。
最後の夜はこうして更けていった。
カタン、という音がして目を覚ました。
「忍?」
目をこすりながら名を呼ぶと、隣で寝ていたはずの忍はジャケット姿で現れる。
「ごめん、起こしちゃった?」
「今何時?」
「5時半くらい」
「起こしてくれれば良かったのに。…ごめんね、朝イチで行かせて。…やっぱり私も行こうかな」
シヴァはアメリカまで追いかけてくるだろうか?
「駄目だよ。飛行機は疲れるからね」
「いっぱい体験してきてね」
忍は右京の頭を撫でておでこにキスをする。
「体、大丈夫?だいぶ無理させちゃってごめんね」
昨日の忍は狂ってた。
でも、優しかった。
何回も何回もした。
苦しかったけど、止めようと思わなかった。
忍をずっと感じていたかったから。
「だいじょうぶ…」
結構体が重いが問題はない。
右京がはにかむと、忍は嬉しそうに笑う。
「行って来るね」
「行ってらっしゃい」
キスをする。
今度は唇に。
これが最後かもしれない。
忍、また会いたいよ。
いつか、また。
右京は布団の中から笑って手を振った。
コンコン
右京の部屋のドアを叩く。
どうぞ、と声が聞こえたので榊は部屋に入って右京の前に立った。
「右京さま、私は…」
右京に見据えられて榊は言葉を失う。
全て知っていたのだ、この人は。
自分が言うまでもなく、
自分が考えていることを。
右京の希望と自分の希望のジレンマにあって、どちらも選べなかったことも。
そのくせ自分が昨夜、右京を止めるだけの為に部屋へ行ったことも。
右京は机の引き出しから白い封筒を取り出す。
そしてその封筒を右京は榊に差し出した。
「もし、忍が帰るまでに私が帰らなかったら、この手紙を渡して欲しい」
「何が…?」
右京はただ笑う。
「この手紙は忍にしか開けることは出来ないようにしてあるから。お願いね」
「右京様、私は…」
「行ってくるね」
右京はただ微笑んで、榊の横を通りすぎていく。
結局榊は自分の願いを伝えることすら出来ずに右京を見送るしかなかった。




