サボり
体が弱い、と言う事にしてあるので今日は途中から保健室でおサボり中だ。保健医とはグルなので、こっそり持ちこんだノーパソを堂々と広げて仕事をする。
「お茶どうぞ」
「あ、ありがとうございまーす」
「しかしすっかり平和ねぇ。櫻ちゃんが転校してきてからポルターガイスト止まっちゃったらしいのよ」
せっかく来てもらったのに、と保健医はため息をつく。
学区外の小学校に通っている理由はこれだ。
「原因は特定出来てるから無理矢理解決は出来なくもないんですけど」
「特定出来てるの!?」
私が依頼を受けた時は結構な被害が出ていたらしい。急に物が宙に舞って空中で停止した後生徒達の上に降ちてきたりだとか、授業中にある教室の窓ガラスが一斉に割れただとか。それで怪我をする子が続出して文部省まで報告があげられた結果、和泉家本来の家業である陰陽師に解決の依頼があったわけだ。
「霊障的なやつじゃないんですよね。今落ち着いてるのに他人の家庭環境の問題に踏み込むのも気が引けると言うか。」
「それ櫻ちゃんの領分じゃないけど解決できるってこと?」
「領分じゃないこともないですけど。やるとしたら心理セラピーですから、むしろ先生の方が適任と言えるかもしれませんが。」
「つまり原因は反復性偶発性念力ってことでいいかしら?」
「そうですね。」
反復性偶発性念力とは思春期の子供が家庭環境に問題を抱えるなどで心理的不安定な中、無意識に用いる念力だ。
つまりは心理的問題が解決されれば現象は収まるとも言える。
保健医は頬に手を当てて、困ったわ、のポーズをしていたが、何かを思い出して不思議だわ、の顔に変わった。
「でも、中島優恵は家庭環境に問題はなかったはずだけど…」
保健医はこの学校に私より1か月早く赴任して調査をしていた警視庁の職員だ。
全ての現場に遭遇しているにも関わらず、一回も被害に遭っていないという唯一の共通点が中島優恵だった。
やはり反復性偶発性念力を疑って中島優恵を調査したそうだが、心理的不安定さは見当たらなかったらしい。
転校生の私に一番最初に声を掛けるあたり、中島優恵はどう見ても不安定さはなく、ミーハーなだけだと思う。注目を引きたいというのには変わりないけれど。
「中島優恵は超能力者ではあるんですけど、今回の犯人ではないですね」
「超能力者なのに犯人じゃない?」
「超能力者だから回避出来ていた、という事ですね。ただ中島優恵も自覚はないです。」
「じゃあ犯人は誰なのかしら?」
立ち上がって窓辺に寄る。
私の視線に保健医も立ち上がって横に立った。
閉めてあったカーテンを少し摘んで外を覗く。校庭では櫻のクラスがサッカーをしている。
「木村愛美。あの校門側のゴールポストの前に立っている背の高いひょろっとした女の子です。」
「双子のお姉ちゃんの方よね?」
「あー双子ですね。どっちが上かは知らないですけど」
私はカーテンを閉めて再びに席に戻った。
保健医は机の引き出しからファイルを取り出してペラペラと捲って考え込む。
「1回目の事故では怪我はしてないわね。2回目もかすり傷程度だったし。どんどん悪化していってる感じだわ。」
「お母さんの注目を引きたかったんでしょうね」
この子の家庭環境までは調べきれてないわ、と保健医は悔しそうに額に拳を当てる。
私も特に調べた訳でもないが、小学6年生の女子ともなると母親達の情報を聞きかじっているらしい。
「噂によれば、お母さんが男作って出て行ったらしいです」
「あらあらまぁ!」
おませで情報通の沙織が教えてくれた。
とくにこちらから聞いた訳ではないが、どんな情報も感心して聞くので仲間に思われているのかもしれない。
「怪我をすれば帰って来てくれると思ったんでしょうね」
実際、最後の窓ガラスで腕を切った際には帰って来てくれたらしい。
それは櫻が今日はなんだか嬉しそうだね、と声を掛けた際に本人が少しはにかんでこっそり櫻にだけ話してくれたことだ。
以前の事を知らない転校生で、帰国子女という事で周りとも感覚が違い、同じ中学にも行かない事が確定している櫻が距離的にも愛美には丁度良かったらしい。
それから少しずつ、愛美は自分の事を他の人間が居ない時に話をしてくれる。
愛美の考えを否定せず、ただ相槌を打ったり、質問をしたり。自分の話を被せる事なく話を聞いてくれる櫻の存在に愛美は精神的に安定してきたようだ。
「最近安定しているのはお家の状況が落ち着いてきたということなのかしら?」
「今は私が話を聞いているから多少気が紛れているだけだと思います。お母さんは彼氏と暮らし始めたみたいですから」
「近くに?」
「子供が行ける距離みたいですね」
「それはそれで残酷ね」
沙織から聞いた話だと、愛美の母親はパート先の社員と出来てしまったんだそうだ。だからこそ母親達のネットワークに情報が乗るのも簡単だった。
今では愛美の母親と彼氏が腕を組んでそこら辺を歩いているのも見かけられることもあるらしく、都内へ働きに出ている父親には関係ないかもしれないが、子供達への配慮が全く感じられない。
本当に残酷だと思う。
「じゃあこのまま落ち着くのを待つのかしら?」
「私も先生もそろそろ離れないといけませんから3人まとめて何とかしますよ」
「3人?木村愛美と?」
「中島優恵、そして木村隆弘」
「木村愛美の弟?」
「双子ですから」