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ER

ロッカーにザックを放り込んで施術着を着る。

その頃には救急車が入ってきた音がして、慌ただしい雰囲気が伝わってきた。

急いで救急処置室に滑り込む。手洗いをしてマスクとゴム手袋を付けると近くにいた看護師さんがガウンを着せてくれる。


「右京先生ナイスタイミング」

「こっち引き受けますね」


南新宿総合病院は新宿駅南口にほど近い救命救急センターを持つ三次救急医療機関だ。

本来であれば日本で医療行為を出来ないはずの私だが、色々あってここでお手伝いをさせて貰っている。


色々というのは、アメリカの研究所や学会で知り合った先生達が私の帰国を知って大騒ぎしたせいだ。日本に帰ってどうするんだ?と聞かれたので、医者は出来ないのでもう一度学生からですね、と答えた。日本には義務教育ってのがあるんだよと。アメリカで結構やりたい放題だったのもあって各方面に反響があり、実績を買ってくれてた人達が世界医師会やらアメリカ合衆国保健福祉省を巻き込み、日本医師会やら厚生労働省、厚生労働大臣に訴えた結果、特殊なお家事情も作用して内閣総理大臣の許可を得て東京大学医学部、京都大学医学部人間健康科学科に無理矢理編入&全期テスト満点合格と論文提出などで卒業見込みとなり医師免許が交付されたのだ。秘密裏に。


そんな訳で、その裏事情を知る上層部が懇意にしている病院長のこちらにお世話になる事になったわけだ。ERであれば担当した医師の顔なんて覚えていないというのもあって希望通りのER配属となった。

同僚の皆さんには正確な年齢は言っていないが、センター長にだけは真実をお伝えしてある。


ただどう見ても若いのでアメリカでスキップして医師免許を取って働いていたが、日本で働くにあたり日本でも国家試験を受けてこちらで働く事にした、という説明はしている。

又、日本では資格を取得する為に日中は学校に通っていること、臨床の感覚を忘れない為に在籍しているだけなので、ローテーションには組み込まれない事が前提となっている。

資格ってのが小学校の卒業資格だとは誰も思わないだろうけど。


かなりの特別待遇に最初は奇異な目で、また若さ故に不安視されていたものの、1日が終わる頃にはその疑いは晴れたようだ。

処方箋交付以外の仕事は何でもさせて貰えている。医師免許を大っぴらに出来ないのもあって、何かあった場合は最終的に臨床修練制度という、日本の医師免許を持たない外国人医師が、国内で処方箋交付以外の診療することを可能にする制度で逃げましょう、という大人達の配慮のせいだ。

この制度は最長2年間であり、診療の対価として収入を得る事を禁じられている。2年後は病院を移るか、なにかしらまた大人達が考えてくれるらしい。そして収入は特に要らないと言ったのだけど、こちらも何かしら理由を付けて働いた分は払うと言う事で、毎回タイムカードは押さされている。迷惑ばかりで申し訳ないので、払うにしても研修医と同じ金額で、というのだけはのんでもらった。


運ばれてきた人の全体状態をばっと確認してから、手首を掴んで目を閉じる。

チート能力のお陰で相手に触れれば記憶が少し視える。誰が相手でも視える、ということではないけど、ここに運ばれてくる人達は生死をさ迷ってる様な人達ばかりだから、無防備な状態というのもあって大抵視える。ATフィールドなしってことだね。

発症した時の記憶を探って確認しているわけだが、周りのスタッフさんには助ける為のお祈りみたいなルーティンだと思われたようだ。


「昼ぐらいから頭が痛いと言っていたそうです。嘔吐して昏睡」

「血糖値測って、頭部CTお願いします。病歴とか普段飲んでる薬とか分かります?」

「特にないそうです」

「血圧は?」

「250mmHg」

「ニカルジピンをモニタリングしながら2.5mg/時で持続静注しましょう」


患者をCTに送り出すとまた別の患者が運び込まれてくる。

そちらを対応しているとCTが届けられた。

「脳外の先生は?」

「今、他の手術に入ってて1時間ほど手が空かないそうです」

「それは間に合わないかなぁ。じゃあ私入りますんで準備お願いします。センター長!」


隣の治療台で奮闘しているセンター長に許可を求めようと声をかける。レントゲンを翳した私を見てひょいひょいと手首をはらう。あっち行けみたいなポーズだが、勝手にしろの合図だ。

初日に勝手にしたら怒られたんですけどね。


「海野先生、ご家族に説明と同意書お願いします」

「俺ぇ!?」


一緒に患者を診ていた若手の先生にレントゲンを押し付ける。やり手の看護師さんに尻を叩かれながら出て行く海野先生を尻目に手袋とガウン、マスクをゴミ箱に捨てて私も部屋を出た。



一通り仕事を終えて医局に戻ると時計は0時55分を指している。

慌ててロッカーに向かう。


「センター長!私帰ります!」

「右京先生まだいたの?」

「カルテは入れてありますんでー!」


センター長が呆れ顔でまた手首を払う。

今度は早く帰れの合図だ。


「子供は早く帰って寝ろ。ちびっ子のままだぞ。お疲れ様」

「ぐぬぬ。お先です!」


厚底で誤魔化してはいるけど、それでもまだ小さい。

海野は実年齢は知らないものの、右京のことを可愛がって『子供』だの『ちびっこ』と茶化す。医師としての実力は右京の方が上で信頼もされているが、そうやって若手の海野が揶揄うことで右京は和を乱すことなくやれているのだ。海野なりの優しさに今日も感謝しながら病院を後にした。


「右京先生、いつの間にどんだけ働いてんだ…」


私が帰った後、自分が目を離していた間の記録を見て、センター長は苦笑していたらしい。

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