永遠
結局右京の話はあそこで止め、今日病院であった楽しい話だけして夕食が終わって黒木先生は帰っていった。
二人で後片付けをして、右京をベッドに入れてからフロに入る。
ふー。
そういえば右京がうちにいる理由、忘れかけてた。
すっかり元気だ。
この生活が終わってしまう悲しさが押し寄せて、海崎は急いで風呂を出た。
駆け込んだベッドルームに最近ではあたりまえになった右京の寝顔。
無駄に癒されてしまう自分が情けない。
そこへパチリ、と右京の目が開いた。
「自分だって頭濡れてるじゃん~」
「ちがうよ、洗濯物がないか見に来たんだよ」
まさか右京がちゃんといるか心配で見に来たなんて言えなくて、俺はとっさに嘘をつく。
肩に掛けたタオルで頭をゴシゴシと拭いてごまかした。
右京はちょっとつまんなそうにあたりを見回して、ないよ、とだけ答える。
「ほら、いいから寝ろよ。またぶり返しても知らないぞ」
「もうさすがに大丈夫だよ。」
「おまえはどうしてそう自分の事となるといいかげんなんだ」
骨折のことといい、今回のアレルギーの事といい、右京にとって自分は保護の対象外なのだという事をいやと言うほど思い知った海崎だ。
医者の不養生。
たぶん、そんな言葉で表すよりも酷いな、右京の場合。
自分だけは大丈夫だと思っているというよりは、死んでもいいや、と思っていそうなところがなお悪い。
「そのお説教は聞き飽きたよ」
右京は小さくタメ息をついて、再び目を閉じる。
そりゃ、誰だって右京を見てれば言いたくもなるだろうよ。
「海にゃん、寝ないの?」
左手を閉じた目の上において、右京は表情を見せずに問う。
電気をつけている海崎への抗議だと判断して、海崎は慌てて電気を絞った。
「悪い、まぶしいよな」
「いや、そうじゃなくて。少し話をしようと思ったんだよ」
「話?」
「あ、難しい話じゃなくて。さっきみたいなくだらない話。ここ3日ずっと寝てたから、誰かと話したくて」
海崎はそのまま右京の隣に潜り込む。
右京は手をどけ、海崎を振り向いた。
「髪は?」
「いいよ、俺は短いから」
「洗濯は?」
「明日の朝する」
「自分だって適当じゃないか」
「適当じゃなくて、優先順位の問題だろ」
「私とどこが違うんだ??」
「どこがって・・・オマエは自分の生命を一番最後にもってきてるだろうが」
「生命って・・・そんな大層な事じゃなかったじゃん、たかが骨折とか」
「おまえ自分でアレルギー危なかったって言ったじゃないか。病院にいなかったら死んでたとか」
「今、生きてるんだからいいよ」
もうこの件に関しては言うだけ無駄なんだろうか。
あの右京に向けられた絶対的なまなざしを思い出す。
右京を唯一の信じるもののようなあの秘書のまなざし。
そして、右京も生身の人間であると気づいた時のあの表情。彼は今、どうしているのだろうか。
「桂さん、だっけ?おまえの秘書」
「元秘書」
「・・・彼は、これからどうなるんだ?」
「これから?別に犯罪者じゃあるまいし・・・当分は海外で経営をやってもらうつもり」
「それ普通、栄転って言わないか」
「普通はね。桂はイタリア語は出来るんだけどフランス語は出来ないからフランスに飛ばしておいた」
なんつーかわいい嫌がらせ。
それくらいで許されるものなのか?
だいたいからしてそれって罰になってないぞ。
いや、まて。
「・・・飛ばして、おいた?」
「ん?」
「今、過去形で言ったよな。おまえ、ちゃんと寝てなかったな!?」
ペロっと右京が舌を出す。
「だって暇だったんだもん。携帯からメールしただけだよ」
「おまえなぁ」
「だって海にゃん、少しは連絡しないとおうちの人心配するでしょ」
うっと海崎は返答につまる。
確かに中学生が3日も連絡ナシに行方不明になったらそれはもう誘拐されたとかで大問題になるのは間違いない。
それが右京くらいのお金持ちならなおさらだ。
と言っても病院で急な泊り込みになっても右京が家に連絡しているのなんて見た事ない気もするのだけど。
「なんてね。2・3日くらい平気だよ。駅の事故の事は周知の事実だしね」
「右京、おまえは永遠を信じているか?」
海崎の唐突な切り替えしに右京は一瞬言葉を失う。
小さく苦笑して、目を伏せた。
「覚えてたんだ」
忘れていたさ、さっきまで。
それでも、今回の事件のはじまりはここからだったって思い出した。
海崎が茶化してしまったせいで右京の本心を聞いてやれなかったのが今となっては気にかかる。
「永遠・・・信じていた。うんん、今でも信じている。でも、永遠なんてない事を本当は知っている」
「何故?」
「何故?海にゃんは永遠を信じていられる?」
まっすぐな瞳に見つめられ、海崎は息を詰めた。
永遠?そんなもの、考えたこともない。
永遠なんてきっと自分は信じていない。だけど、右京が信じているなら信じてみたいとも思う。
「永遠、本当に永遠のものなんてないかもしれない。でも、たとえば右京がここにずっと居てくれて、永遠にこの幸せな時間が続けばいいのにって願って止まないよ」
「ありがとう。あたしも同じ気持ちだよ。海にゃんの隣は心地がいいもの」
右京が笑った。
それが嬉しくて、海崎も笑う。
「ねぇ、海にゃん。たとえば遠くに居ても、私と海にゃんは繋がっているよね?」
たとえば離れたくないと思って帰ってきたアメリカの事を思っているのだろうか?
それとも、俺が留学した場合の話だろうか?
かわいらしい右京の言葉に海崎は優しく笑った。
「当たり前だろう。絆はそう簡単に切れやしない」
「絆?」
「一度繋がってしまったら、絡まってしまう。縁なんてそんなもんだろ?」
「そうだね。そうかもしれない」
「右京、おまえ、やっぱり何かあったのか?」
海崎の言葉に右京はきょとんとした目を向ける。
「なんで?」
「おまえ、何か最近おかしいぞ」
「あたしがセンチな事言うとおかしい?」
「そういうわけじゃないけど」
おかしいさ、と言ってしまいたいところだが海崎は言葉を濁す。
右京だって普通の女の子なのだから、センチになることだってあるだろう。あの秘書に言ったように、右京は無敵ではないのだから。自分もあの秘書と同じ考えを持ち始めていたことに海崎は嫌悪する。
「永遠に誰かを好きで居られたら素敵だなって思ったの。でも、それはきっと、何かを犠牲にすることなのかもしれないって気がついた。誰かの想いを裏切っているのかもしれないって」
「おまえ考えすぎなんだよ。そんなんじゃ長生きできないぞ」
不器用な右京がなんだか不憫になって、海崎は右京の頭を撫でた。
右京は目を丸くして、でもすぐに苦笑した。
「長生きはしなくてもいいかな。普通でいいや」




