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商談

「ここからここの土地所有者とは話がついてます。ここの土地はうちで買います。それで、この会社とこの会社もこれから買収します。こっちは買収済み。残りは検討に値しないですね」

「ここは?ここは買うだろ??」

「買わない。優秀な社員が頑張ってただけで、欲しい人は何人か引き抜いたから先が見えてる」


呆れた顔で肩をすくめて見せるけど、この状況に否を唱えないでいてくれるのだからありがたい。


東京駅近くの一等地に立つ財閥系大手の本社ビル。最上階にある一般社員が入れない役員用の応接室で向き合う老獪な経団連理事と小学生の商談なんて誰が信じるだろうか。


一応、小学生には見えない程度に化粧をして身なりは整えてはいるけれど、どうしたって20代くらいにしか見えないだろう。

まるで親子。

最悪、孫。


財閥系ホールディングの社長である保護者と目の前に座る別財閥系ホールディングの会長である神谷さんは飲み仲間である。

飲んでいる時に私がハーバードでMBAまで取った話を面白がった神谷さんが、勝ったらラッキーくらいのノリでアメリカでの仕事を振ってきたのをキッカケにこうして一緒に街づくりをする事になったのだ。


最初は保護者からの電話とメールだけで、そのうち神谷さんと直接やり取りするようにはなったけど、直接会ったのは日本に帰ってきてから。

年齢は保護者も言ってなかったので、若いというのは分かっていたみたいだけど、ここまで若いとは思ってなかったと目を剥いていた。

何分か唸ってたけど、それまでの実績と天秤にかけて気にするのは止めたらしい。

さすが老獪と言うべきか。


「ここの土地は買ってどうするんだい?」

「ホテル建てるよ」

「どこの会社が?」

「うちが」

「ホテル業なんてやってないだろ?」

「初めてだね」

「和泉社長が経営するってことかい?」

「いや、私が。あ、表向きは和泉社長がやることになるのかな。ただ、お財布分けたくて新しい会社作ったので、別会社ですけどね」

「あー・・・もういい。ガイドラインだけど」


今回も理解したくないことは見ないことにするらしい。

次の話題に遷って仕事の内容に戻る。

特にこっちとしてもツッコむ必要もないので有り難く次の話題に乗る。

隣の席に積んでおいた資料を漁ってテーブルの上に広げた。


「ガイドラインの叩き作りましたよ。提案書とデザインマニュアルと。

一通り国と都知事に送ってとりあえず内々にOK貰ってます。

神谷さんが問題なければ事務局とかにも根回ししますね」

「今日俺は何をしにきたのかな」

「仕事でしょ」

「仕事をさせてもらっていない気がするんだが」

「承認するのが神谷さんの仕事でしょう」


嫌そうな顔で受け取った資料にざっと目を通すと、これで構わないと了承してくれる。

これからの予定の認識合わせをして今日は終わりとなった。


「晩御飯でも一緒にどうかね」

「あーすみません。今日はまだ予定があって」


お互い微妙な顔で肩をすくめ合ったが、どうやら意味合いは違うらしい。

大きなふかふかした手が伸びてきて頭をぽふぽふと叩く。


「ちょっと張り切り過ぎじゃないかい?」

「もっとやれますよ?日本は制限多いよね」


諦めたみたいな呆れ顔になって、神谷さんは「それは君だけだよ」と帰っていった。

と言っても、実のところ元々和泉社長と会食する予定なんだそうな。


今日確認したことをだーっと資料に纏めて次の指示と一緒に各所にメールで飛ばしてから、また車に乗り込む。

買ってきておいてもらったお弁当を車の中でかき込んで、ハイヒールからエアマックスに履き替える。


「お帰りは何時頃のご予定ですか?」


運転手さんが予定を確認してくれるけど、予定は未定だ。


「今日はもういいですよ。帰りは電車で帰るんで。」

「駅からどうするおつもりです?夜道は危険ですよ」

「5分ですよ?」

「5分でもです」

「でも夜遅いですよ?」

「右京様がお仕事の間は休んでおりますから問題ございません」


異質すぎる状況を理解しているのは運転手さんが特殊なお家関連の人間だからだ。

特殊なお家に関わる仕事をする時は和泉櫻という名前を名乗っているが、私の本名は崎谷右京という。

つまり保護者である和泉社長は対外的には父親として一緒に暮らしているが、本当の父親ではない。和泉社長の奥様が若くして亡くなった後、奥様の妹であり、未婚の母であった私の母を後添えに迎えたので母は和泉姓だが、私は養子縁組していないので崎谷のままだ。それでも実子と変わらず可愛がってくれている。ちなみに忍は和泉社長の血の繋がった息子だ。そして私の婚約者でもある。


「でも、25時くらいになる気がするんだよなぁ」

「終電ないじゃないですか」

「タクシーで帰りますよ!」

「25時にお迎えに上がりますね。早まる様であればご連絡下さい。いってらっしゃいませ」


南新宿総合病院のエントランスにすっと車をつけて運転手さんはにこりと笑って送り出してくれた。

ここではドアを開けてもらうのは止めて止めてもらっている。


「行ってきます」

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