夕食
「あれ、今日は珍しく早いじゃん。」
帰り着いた家の玄関で丁度食事に下りてきた忍と遭遇した。
確かに19時前に帰ってくるなんて何ヶ月ぶりだろうか。
「父様に追い出された。」
「その父さんは?」
「神谷さんと飲みに行った。」
「よく連れて行かれなかったな。」
「未成年ですから。」
話している横で控えていたお手伝いさんに鞄を渡して靴を脱ぐ。
スリッパを履いて部屋に上がろうとしたら、忍に呼び止められる。
「飯は?食べた?」
「夕方に食べたんだよね。」
「少しくらい晩飯付き合えよ。食べられるだろ?」
「うーん。じゃあ、お粥がいいなぁ。そんなの今からでも出来ます?一回食べたんで少しで良いんですけど」
鞄を持ってくれているお手伝いさんに聞いてみる。喉の調子が悪いからあまり固形物は食べたくない。
「中華風ですか?和風ですか?」
「和風かな?」
「お粥好きなのか?今朝も食べてただろ。」
「美味しかったんだよね、朝粥。だからリピート。」
「料理人も喜びますね。すぐにご用意致しますよ。」
まずは荷物を運ぼうとしたお手伝いさんに自分で持つから良いと受け取って、厨房に急いでもらう。
「ご飯私のが出来るまで待っててくれる?」
「当たり前だろ。」
「ありがとう。着替えてくるね。」
一人で2階に上がって自室に入る。
書斎とベッドルームが二間続きになった部屋だ。家で仕事をする事もあるとはいえ、忍の部屋よりも広い。3人で暮らすには広すぎる家なのでまだ部屋は余っているものの、最初から私が暮らす事を想定してこの部屋は空けてあったらしい。
鞄は定位置に置いて、そそくさと楽な格好に着替えて化粧も落とす。
食事が出来るまではまだかかるだろうが、忍を待たせるのも悪いので早々にリビングに向かった。
「お待たせ」
電話をしていたらしい忍が携帯をローテーブルの上に置いてにこりと笑う。
忍が座っているソファの斜め前に座ろうとすると、手首を掴まれて引き寄せられた。
バランスを崩して転けそうになる右京を忍が抱きとめる。
「危ないよぅ!」
「そんな離れた所に座ることないだろ?」
「そこまで離れてないでしょ!」
こっちは抗議しているのに、忍は抱き留めた右京をそのまま自分の膝の上で横抱きにした。
「右京熱いな?」
「暑苦しいなら下ろせばいいじゃん」
「そういう事言ってるんじゃなくて」
「子供の体温なんてこんなもんだよ」
忍は久しぶりのじゃれあいに嬉しそうだ。
まだ忍が5歳くらいの時に決まった婚約だが、決して嫌だと言ったことがない。
それどころか、溺愛とも言っていいくらいに右京にかまってくる。
私としてもこの婚約が嫌なわけではない。
私が2歳の時に決まった婚約だが、相手を決めたのは自分なのだ。正確に言うならば、私に憑いている神様の意志だが。そう、神憑きだからか2歳から普通に意思疎通できた私です。
「夕方何食べたの?」
「えーと、ホットドッグと、オニギリ2個と、アイス、かな」
ちなみに前半は海崎が食べたものだ。
誰がとは言ってないので嘘は言ってない。
「食欲はあるんだな?」
「食欲は?」
「具合悪いんだろ?」
そこまで言われて、さっきの電話の相手を察した。きっと父様だ。
「悪くないよ」
「嘘つけ」
「何を根拠に?」
「警察庁長官から詫びが入ったんだろ」
やっぱり…。
さっきもこのやり取りを父様としたばかりなのだ。
体調が思わしくない中、事件解決を頂いた上、結果についての報告にご足労頂いたのに、能力を疑う様な騙し打ちをして申し訳なかった、と代理当主である父様に警察庁長官から連絡が入ったせいで。
「父様にも言ったけど、試される様な事をしたんで、ちょっと意趣返しをしただけ」
「試されるって何を?仕事は無事に終わったんだろ?」
「仕事を終える前に仕込んだイタズラをそのまま出されただけだよ。」
「悪戯?」
やり取りのあらましを教えると忍は自分の事の様に嫌悪を露わにする。
本人的には別にそこまで思うことはないのだが、父様も忍も気に入らないらしい。
「そんなに信用ないならもう右京が出る必要ないんじゃないのか?」
「釘を刺したからもうないと思うよ。ちゃんと謝罪も受けたし。まぁ同じ事繰り返すなら警察の仕事は受けるのやめるね」
自分の管轄は本来警察の仕事ではなく、国の治安維持なのだから拒否することは出来るだろう。総理大臣の直轄ではあるけど、総理大臣が上と言うことでもない。何せ国をどうとでも出来る力を有しているのだから、あくまで力を貸す代わりに便宜を図ってもらうという協力関係に過ぎないのだ。
「異能を認めるのって難しい事だから仕方ないよ」
まだ日本に帰ってきたばかりなのに結構便宜を図ってもらった認識はある。
だから少しずつ、丁寧に理解してもらえるようにするよ、と父様と同じように忍を宥めた。
その後はご飯を食べながら、忍の事を沢山教えてもらう。
いっぱい質問されてなんだか嬉しそうだ。
「忍はさ、学校楽しい?」
「普通に楽しいよ」
「勉強は?」
「そこまで嫌いじゃないけど、高校入ったらもう少し頑張らないとな」
「なんで??」
「なんでって、右京がハーバード出てるのに俺がFランじゃカッコつかないだろ?」
「そういうもんなの?」
「そういうもんなの!」
中高一貫の進学校に在籍しているだけはあって勉強はそこそこ出来るらしい。一応、和泉財閥は世襲というか、経営層は概ね一族が牛耳っているのでそのまま父様の跡を継ぐ気はあるようだ。
それに、私の配偶者になると自動的に一族の当主となるので、それなりの大学入らないとね、と言うことらしい。
「忍はさ、私との婚約、嫌じゃないの?」
「なんで??右京は嫌なわけ?」
「私は嫌じゃないよ。私が望んでしたんだもん。でも忍は違うでしょ?」
「俺も嫌じゃないよ。俺は選ばれた時、すっごく嬉しかったな。そもそも一目惚れだったし。やっと毎日会える環境になったのに、殆ど帰って来ない婚約者に困ってはいるけど」
婚約する前、もっと霊力も知能も高い優秀な従兄弟に比べられて子供ながらに傷ついていたそうだ。そんな従兄弟も婚約者候補に名を連ねていたのに、自分が選ばれた事がとても誇らしくて嬉しかったらしい。
「右京はなんで俺を選んでくれたんだ?」
「だって…運命だから。私はその為に生まれてきたから」
「…随分、情熱的な事言うんだな」
忍は嬉しそうに目を細めて笑う。
大人達にも従兄弟の方を勧められたが、櫻にとっては忍以外眼中にはなかった。
だって、忍の魂と出会う為に櫻は降臨し続けているのだから。しかし忍には櫻との記憶は今のところない。