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六章 低血圧の人は、朝は無理をしない方がいい

 合宿二日目の朝、生徒も教員も、五時に起床した。


 会館には、バスケのコートが二面取れるくらいの体育館がある。

 ジャージに着替えた生徒らは、目をこすりながら体育館へ向かう。


 体育担当の玉田が、目が痛くなるほどの真っ黄色なジャージ姿で、朝からデカい声を出している。


 マジ、うるさい。


 加藤は、ぼさぼさの頭を掻きながら、トレーナー姿で朝の体操に加わった。

 そのトレーナーには、炬燵に入った猫のイラストが描いてある。

 いかにもやる気が見られない風体だ。


「こらあ、もっと腕を振り上げろ!」


 玉田の声が響くと、音竹が、その場にしゃがみ込んだ。


 加藤はすぐさま駆け寄る。

 起立性調節障害を抱えた生徒に、早朝からの体操なんぞ、ひどい罰ゲームだ。


「ああ、養教さん、甘やかしちゃだめだめ。夕べ騒いでいたから、睡眠不足なんだろ」


「うっさい。脳筋玉!」


「やめろ、その呼び方!」


「ドクターストップだ! 見りゃ分かるだろ」


「お前は保健室の先生であって、医者じゃない!」


「言葉のアヤだ、玉座衛門」


 顔を真っ赤にしてツバを飛ばす玉田を完全無視し、加藤は音竹の肩を抱いて、体育館の端に連れて行く。


 そのまま二人は床に腰を下ろした。


「朝は、辛い? 頭、痛いか?」

「はい……」


「夕べは眠れた?」

 音竹は頷いた。


「先生が、不動明王様を呼んでくれたから」

 音竹の白い顔に、桜草の色が浮かんだ。


 嘘も方便だな、と加藤は思う。

 いや、あながち百パー嘘ではない。

 得度したのも、不動明王の真言を、スラスラ唱えることが出来るのも本当だ。

 ひょっとしたら、たまにお不動さんが、側に立っているやもしれぬ。


 ただし、昨夜、生徒たちが寝付いたのち、加藤は不動明王を呼ぶ代わりに、自分の脳内に蓄積された、情報を読んでいたのだ。


 なぜ


 音竹は、自宅以外のベッドや布団で寝ることが、出来ないのだろうか。

 そもそも、音竹が患っているのは、起立性調節障害だけなのか。

 もしも、音竹があの病気であるなら、寝たら楽になるはずだ。


 それとも


 音竹が、あの病気であることを、周りに知られたくない奴が、いるというのか。



 朝食後、保健室代わりに設けられている一室に、加藤は木ノ下を呼び出した。


「先生、ちゃんと音竹君に謝りました!」

 加藤は木ノ下の頭を、ぽんと軽く触れる。


「ところで、なんで君は、音竹君に枕を渡したの? 彼は枕も持って来てたでしょ?」


 木ノ下は、思い出しながら答える。


「音竹君は、持ってきてた枕を抱きしめていました。最初は普通に寝てましたが、なんだか苦しそうに唸りながら、体を何回か曲げ始めて……」


 体を曲げた?


「木ノ下君、ちょっと、音竹君が『苦しそうに体を曲げた』っていうの、今やってくれる?」


 わかりましたと言って、木ノ下は畳に横たわり、仰向けになる。


 そして首を起点に、背中を湾曲させ、のけぞらせた。


「こうやって、背中と布団に隙間が出来るくらい、ブリッジみたいな動きをしてたんです。それで背中と布団の間に枕を入れたら、真っすぐに眠れるかと思って」


 なるほど。


「いろいろあってさ、音竹君、自分のウチから持ってきた布団とか枕しか、使えないんだ」

「はい、聞きました。悪かったなって思いました。もう絶対しません」


 加藤はもう一度、木の下の頭をぽんぽんした。

 加藤の脳内に、仮説を埋めていくピースが、集まってきた。


 その後、合宿は、つつがなく終了した。

 バスに揺られた一行が、葛城学園の敷地に戻ったのは、夕暮れの時間であった。


 多くの生徒たちの保護者らが、学校まで迎えに来ていた。


 音竹の母親の顔も見えた。


 音竹母の横には、男性の姿もあった。


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