番外編「単独任務」3
戦闘員事務所の屋上。いつも薄暗い冥界の重苦しい空の下。
屋上の中央にはユノの繭が置かれていた。ユノ隊の管轄従者・グレートチョイナーがここに運んできたのである。
グレートチョイナーは、茶色い肌に、サイのように鋭く尖った鼻、大きく突き出た顎を持つ亜人系の男だ。小柄だが、身の丈程もある巨大な金槌を担いでいる。
屋上にはもう一人の男がいる。面長の顔に、更に長い神官風の帽子を被り、鎖帷子の上に法衣を纏い、メイスと盾で武装したヒューマンタイプの男。
ダオルの隊の管轄従者・ジャベリガンである。
ユノ隊の指揮権がダオルに移ったことで、ダオルの意を汲んだジャベリガンがグレートチョイナーに、ユノの繭を屋上に移すよう命じたのである。
「本当にヴィクト隊の奴がユノ殿の繭を狙ってくるのか?」
グレートチョイナーが怪訝な顔をして極太の繋がり眉毛をしかめ、ジャベリガンに視線を流した。
「さあな」
「さあな!? 憶測でこんなことさせたのか」
グレートチョイナーが更に訝し気な顔をして聞き返してきた。
「何? 憶測で動いちゃ悪いわけ? もしもの事態に備えちゃ駄目なのか? 何事もなければそれでいいだろう」
ジャベリガンが鼻で笑った。
「まあそうだが」
そう言いつつも、不満気な表情を隠さないグレートチョイナー。
「ユノ殿の繭が狙われる可能性がある以上、責任取って守るのはお前んとこの役目だ。ちゃんと備えはできてるんだろうな?」
ジャベリガンが言うと、グレートチョイナーは腕を組んだ。
「……問題ない。兄貴達が守りについてる。それより、お前こんだけ大口叩いて、何事もなかったらどうしてくれんの?」
「別に」
「はあ?」
グレートチョイナーの額に血管が浮き出た。
「何で万一に備えただけで責任取らなきゃいけないの? 無事に済めばそれは『良い無駄』じゃないの? 我々の隊はいつも場当たり的な対応しかできないユノ隊とは違って事前のリスクに備えるのが常識なんで。今、この隊の指揮権は我らにあることをお忘れなく」
「……フン」
グレートチョイナーは自分で自分を納得させる努力をしているようだが、その顔はいつまでも不満気であった。
◆
「冗談じゃないわ! どうしてあなた達の隊長がやるべき任務をウチのヴィクト殿がやらないといけないわけ?」
戦闘員事務所の入口で、女性の怒る声。
そこにいるのは、ヴィクト隊の管轄従者・レドゥーニャだ。
上半身は人間の女性、下半身はメタリックな質感の、黒光りする外皮を持つ巨大な蜘蛛のアラクネ系の種族。巨大な蜘蛛の頭部がそのまま美女の上半身に置きかわっている巨体のシルエット。
金髪の前髪をオールバックにし、後頭部から何本もの女王然としたゴージャスな縦ロールをぶら下げている。
頭には黄金と宝石を散りばめたティアラを着けている。上半身にはほとんど胸の先端部分しか覆っていないような(流石に乳輪回りはギリギリ隠れているが)、これまた数多の宝石が眩い、面積の極端に小さいビキニアーマー風の衣装を着けているだけだ。しかもそれは肩にかけたり背中に回す紐が一切存在しない、魔力で胸にぴったりと吸着するタイプのもので、とにかく肌の露出が多い。
その衣装の他にも体中の至る所に豪華なアクセサリーを着けており、服より宝石を着ていると言った方が相応しいだろう。
そして、蜘蛛の下半身は、左右に大きく広がる八本の脚のみ蜘蛛のそれではなく、異様に長いヒューマン系の脚であった。八本の足全てに、鋭いヒールのサンダルを履いており、計四十本の足の指には、色とりどりのペディキュアやネイルアートが施されている。
彼女の目的は、仮眠室にあるユノの繭を破壊し、ユノを叩き起こして彼本人をキャプテン・ダマシェ鎮圧に向かせることにある。
「うるさい! ここを通るものは誰一人として通せん!」
ユノ隊の非正規雇用、人材派遣ギルドから出向している派遣従者・アックンガーがドアの前で通せんぼしている。
真っ赤な肌に、サイのように鋭く尖った鼻、大きく突き出た顎を持つ、太い繋がり眉毛の亜人系の男だ。
「あなた、誰に向かって言ってるのか分かってるわけ?」
レドゥーニャが左右に思いっきり広がる、異様なまでの長さを誇る八本の足をわさわさと蠢かせ、アックンガーに詰め寄る。
巨大な蜘蛛女の影が、小柄なアックンガーの全身に黒の幕を落とした。
「それはこっちのセリフだ。アックンガー四兄弟が長男、この『火のアックンガー』様が貴様を焼き尽くしてくれるわ! ウワッハハハハ!」
アックンガーはその場に鎮座し、木の板を取り出して眼前に置き、更に取り出した木の棒を板の上に置いた。そして、棒を両手で回してこすり始めた。
「フハハハハ! どうだーっ! 人材派遣ギルドに登録する前、キャンプ場の管理人としてチビッコ達に火の起こし方を直伝して二十年! この俺様の脅威のアウトドアスキルを思い知るがいい! ハーッハッハッハァッ! あと五分もあれば火がつくぞおおおおっ!」
レドゥーニャは構わず火を起こそうとするアックンガーをヒールで踏みつけた。
「ぐげぇっ!」
その場に倒れるアックンガー。構わずドアの前に進むレドゥーニャ。
「ば、馬鹿めッ……! お前のそのデカい蜘蛛のケツでは、この狭い事務所の玄関は入れぬわ! そう、これこそが俺様の真の狙いよ! フハハハハ!」
アックンガーが土にまみれた顔を上げ、レドゥーニャに負け惜しみを言う。
負け惜しみではあるが、確かに彼の言う通りであった。
レドゥーニャは上半身こそ一般的な冥界人の女性と変わらないサイズだが、下半身は巨大な蜘蛛である。それだけで玄関は後体腹部がつかえるし、それ以前に長い八本の足が左右に広がっており、玄関の幅を完全にオーバーしている。
体を縦にしようが横にしようが入れるものではない。
「おのれ、こんなドアが何だっていうのよ!」
構わずレドゥーニャは八本の脚を蠢かせ、狭い入口に上半身を突っ込む。そして、壁に引っかかっているにも関わらず自分の体を前に押し出し、無理矢理玄関を破壊して事務所の中に入り込んだ。
「ゲ、ゲェーッ! 壊しやがった!」
驚愕するアックンガー。
「何よこんなボロ屋! こんぐらい、いくらでも弁償してやるんだから!」
高名な上級貴族の生まれであるレドゥーニャは、傲慢な態度で言い放った。
そして、構わず玄関回りや廊下に置いてある物をバキバキと破壊しながら階段を上がっていった。
廊下や階段で方向転換する度に、後ろに大きく飛び出した蜘蛛の下半身がぶんぶんと振られ、強力な遠心力で花瓶や本棚、窓や壁を破壊していく。
階段の手すりを破壊しながら仮眠室のある二階に向かうレドゥーニャ。その勢いに、通りがかりの平従者達はあまりの迫力に慌てて逃げる。
仮眠室には、ユノの繭はなかった。代わりにいたのは、入口であったアックンガーと瓜二つの亜人系の男。ただし、肌が真っ赤だったアックンガーに対して、今度は真っ青な肌をしている。
「ククク……。レドゥーニャ殿、どうやら兄を倒したようですね。私はユノ隊平従者にしてアックンガー四兄弟の次男・『水のバッフンバー』! 兄アックンガーは我ら四兄弟の中でも最弱! そして兄は所詮非正規! 毎月の給料の四割を人材派遣ギルドに中抜きされているような我ら四兄弟の面汚し! 山奥のキャンプ場でたまに現れるゴブリンやスライムなどの下級モンスターを自衛して倒していた程度で戦闘員として十分やっていけると思っちゃった勘違い野郎!」
「繭はどこ?」
「レドゥーニャ殿が知る必要はありませんなぁ……」
「教えなさい。平従者のあなたが、管轄従者であるこの私の命令が聞けないって言うの?」
それを聞いてバッフンバーはレドゥーニャのことを鼻で笑った。
「フッ、愚かな。何も知らないのですね……。今や我らの隊はダオル副社長の指揮下で動いています。副社長からユノ殿の繭を襲おうとする不届き者がいるとの事。あなたのことですよ。そして我らアックンガー四兄弟には繭の護衛の任務が与えられた。直属の上司でもないレドゥーニャ殿がこの私に命令することなど、できないのですよ」
「うるさいわね。そんなの知ったことじゃないわ。繭をどこにやったのか言いなさい」
レドゥーニャは仮眠室にせせこましく並ぶベッドを八本の足で押しのけながらバッフンバーに詰め寄る。
「ククク……、いいでしょう、今からワルキュリア・カンパニー正規戦闘員の実力、お見せしましょうぞ! ハアアアァァァァッ!」
バッフンバーは凄むレドゥーニャを前にして動じず、その場で両足を広げ、深く腰を落とし構え始めた。
「うるさいわね!」
レドゥーニャはそんなバッフンバーなどお構いなしに、八本の脚を上に伸ばし、広がった股下の空間から後体腹部を潜らせ前方に突き出した。
そして、その先端に有する器官・出糸突起をバッフンバーに向け、大量の糸を噴きかけた。
「ギャアアア!」
糸でぐるぐる巻きになったバッフンバーはその場に倒れ込んでもがく。
レドゥーニャの糸はどんどん締まり、最後には巻かれた者の全身の骨を粉々に砕いて無残に殺す。レドゥーニャが念じると、魔力を帯びた糸がバッフンバーへの締め付けを少しずつ強くしていった。
「あ、あ、あがあああ、や、やめろぉぉ!」
「繭はどこ?」
「お、屋上! 屋上!」
「あっそ」
レドゥーニャが手の指を鳴らすと、バッフンバーを拘束する糸は光に包まれ魔力の微粒子となって分解され霧散。空気と同化しながら消滅していった。
レドゥーニャはそのまま仮眠室を後にしようとしたら、バッフンバーが立ち上がり「待てええい!」と声を張り上げた。
「はあぁぁ!?!?」
レドゥーニャは目を鋭くして、上半身だけをひねりバッフンバーに振り返る。ゴージャス極まりない女王のようなブロンドの縦ロールを揺らしながら。心の中から湧き上がる苛立ちを隠さない。
「まだまだまだまだああああっ! たかだかこんな糸ごときでやられるバッフンバー様ではないわ! かくなる上はこの筋肉増強剤を飲んでもう一回勝負だあああああっ! 見るがいい! この『水のバッフンバー』の真の実力をなぁ!」
バッフンバーは腰に下げる革袋から、ドクロマークのラベルが貼られた怪しげな瓶を取り出し、口に突っ込んで中の錠剤をガバ飲みした。
「それヤバい薬って聞いたことあるけど、そんな飲んで大丈夫なわけ?」
こんな状況でバッフンバーの体を気遣うレドゥーニャの圧倒的余裕。
以前レドゥーニャは、隊長のヴィクトが、この薬のことを副作用が大きいから乱用すべきではないと部下達に注意を促していたのを聞いたことがあった。
ユノ隊ではこういったドーピングの類を使わせ放題なのであろうか。それともこの男が勝手に使っているだけなのであろうか。
「ほああああああっ!」
奇声を張り上げるバッフンバー。
一瞬にして彼の全身の筋肉が肥大化し、彼の装備する安物の鎧が膨張する筋肉に圧迫され木端微塵に吹き飛ぶ。
その下に着こむ肌着類もビリビリに破れて、一糸纏わぬ全裸となった。真っ青な肌は各所に太い血管が浮き出て紫色に変貌する。
「来た来た来た来たああああっ! 上半身から下半身まで力がみなぎるぞ! もう一回勝負だあああああっ! 見るがいい! この『水のバッフンバー』の真の実力をなぁ!」
興奮状態のバッフンバーは先程と同じ内容の発言を繰り返した。
「さっきからうるせえぞテメー! 夜勤任務明けで仮眠取ってたっていうのに!」
そのとき、仮眠室の隅のベッドで眠っていた平従者・パイポーが寝ぼけ眼をこすりながらバッフンバーに文句を言いに来た。
「うるせえええ! 口から乳首発射すっぞボケが!」
バッフンバーは振り返りざまにパイポーの顔面を、大木のように筋肉の肥大化した腕で殴りつけた。
「ナスカ!」
一瞬にして後頭部から地面に倒れ込むパイポー。顔面がバッフンバーの拳の形に陥没し、耳と鼻から血を噴出させ小刻みに痙攣している。
「何やってんだよさっきから、眠れねーじゃねーか! 外でやってくれ!」
仮眠室の一角のベットで眠っていた平従者・グーリンダイが不機嫌な様子でバッフンバーに詰め寄る。
「うるせえええ! 屋根より高いコイノボリには言われたくねーわ! お池にハマッてさあ大変!」
バッフンバーは振り返りざまにグーリンダイの顔面を、大木のように筋肉の肥大化した腕で殴りつけた。
「イースター!」
一瞬にして後頭部から地面に倒れ込むグーリンダイ。顔面がバッフンバーの拳の形に陥没し、耳と鼻から血を噴出させ小刻みに痙攣している。
「うるせえな、仮眠室では静かにしろよ! せっかく眠って体力と魔力を回復させてたのに」
仮眠室の奥の方のベットで眠っていた平従者・ポンポコピーが寝癖だらけのボサボサの髪に手櫛を入れながらバッフンバーに歩んでいく。
「うるせえええ! ウィーナ様に逆らう奴はこの俺の手でウィーナ様のアナルに脳天突っ込ませてやる!」
バッフンバーは振り返りざまにポンポコピーの顔面を、大木のように筋肉の肥大化した腕で殴りつけた。
「ガラパゴス!」
一瞬にして後頭部から地面に倒れ込むポンポコピー。顔面がバッフンバーの拳の形に陥没し、耳と鼻から血を噴出させ小刻みに痙攣している。
「うるさいのはあなたよ!」
レドゥーニャは再び、八本の脚を上に伸ばし、広がった股下の空間から後体腹部を潜らせ前方に突き出した。
そして、その先端に有する器官・出糸突起をバッフンバーに向け、大量の糸を噴きかけた。
「ギャアアア!」
糸でぐるぐる巻きになったバッフンバーはその場に倒れ込んでもがく。
レドゥーニャが念じると、魔力を帯びた糸がバッフンバーへの締め付けを少しずつ強くしていった。
「あ、あ、あがあああ、や、やめろぉぉ!」
レドゥーニャは有無を言わさず糸に思念を送り、バッフンバーへの締め付けを一気に強くした。
「ギャアアアーッ!」
仮眠室どころか、事務所の二階フロア全体にバッフンバーの悲鳴が轟いた。全身の骨が粉々に砕ける。
全身複雑骨折のバッフンバーが白目をむいて気絶したところで、レドゥーニャは仮眠室の出口へ向かって八本の長い脚を動かしていく。
入口付近のベッドでは、ヴィクト隊の平従者・ヤブラコウジが布団から上半身を起こし、呆然とした様相で事の成り行きを眺めていた。
レドゥーニャはそんなヤブラコウジの肩を叩き、「後始末、お願いね」と声をかけた。
「あ、はい」
ヤブラコウジは散乱したベッドや、床に倒れるバッフンバー、パイポー、グーリンダイ、ポンポコピーをなおも呆然と眺めながら、気の抜けた声色で頷いた。
レドゥーニャは体の幅に合わぬ手すりをバキバキと壊しながら階段を登り、三階へと歩みを進めた。
◆
事務所の屋上では、グレートチョイナーがユノの繭の護衛のため、平従者のオルト、シフト、デリート、タブ、エンター、ナムロックの計六名を招集していた。
ジャベリガンが六名を横一列に整列させ、腕を後ろで組みながら右に左に歩いて、彼らを品定めするように睥睨している。
「まあ、何だなお前ら、揃いも揃ってブッサイクな顔してんな。さぞかし女にモテなかろう、え?」
ジャベリガンが眉間に皺を寄せ、六名を威嚇するような態度を取りながら、罵倒とも問いかけともつかぬ言葉を吐いた。
グレートチャイナーは苦々しい思いで様子を見ていた。確かに、今の発言内容は誰もが認めるであろう紛れもない客観的事実ではある。が、今それを言う必要なないだろう。
それを言ったらジャベリガンも異様に顔が長くて、どちらかというと、いや、明らかに不細工の部類だ。少なくとも目の前に並ぶ六名の容姿を馬鹿にできる資格のある顔ではない。
「顔で戦うわけではありません」
「あ゛ぁっ!?」
オルトが言葉を返すと、ジャベリガンは目を細め、凄みを利かせながら手に持つメイスをオルトの喉元に突き付けた。
思わずオルトは顎を上げて、固い面持で唇を真一文字に結んだ。
「そうか、俺も同感だ。じゃあオメーら、ウィーナ様のためなら何でもできるか?」
「何でもできます!」
六名が一斉に声を張り上げた。
「そこまで言う必要はない!」
後ろで様子を見守っていたグレートチョイナーが前に出てきたが、ジャベリガンが腕を伸ばして制止した。
「だったら今すぐ全裸になってみろ!」
ジャベリガンが吠える。
「えっ?」
「い、今ここで?」
狼狽する平従者達。
「どうした、ウィーナ様のためなら何でもできるんじゃなかったのか?」
「脱ぐ意味が分かりません!」
エンターが言うと、ジャベリガンが彼の喉元にメイスを突き付ける。
「意味とか言ってる時点でもう迷いが生じてるだろうが! そんなんでウィーナ様が満足すると思っているのか?」
「ぐぬぬ……」
六名はしばらく歯を食いしばったが、すぐさまそれぞれが着用している鎧やローブを脱ぎ始めた。
「おい、ウチの隊員に何をさせてんだ」
グレートチョイナーが抗議したがジャベリガンが「誰かさんが繭に引きこもったせいで、今この隊の指揮権は我らダオル隊に移ったのだ。文句あるならお前んとこの隊長に言え」と言葉を返した。
「ぐっ……」
グレートチョイナーが渋い顔でジャベリガンや平従者達を交互に見遣る。
六名はパンツまで脱ぎ捨て、全裸になって整列する。
「よーし、これから俺がお前らに、最強無敵の力が手に入る伝説の装備品を支給してやる。ちゃんと装備しないと効果がないぞ」
ジャベリガンは六名分の天狗のお面を持ってきて、六名の股間に装備させた。
次は女性もののパンティを六名分持ってきて、六名の頭に被せた。そして12個の洗濯バサミを用意して彼らの乳首をつまんだ。
「いで、いでででで!」
「我慢しろ! 最強の力がほしくないのか!」
その後、彼らの頭のパンティに鼻フックの付いたベルトを固定し、フックで鼻の穴を上に引っ張る。
「いで、ちょ、これキツイ!」
「我慢しろ! そんなんで芸人が務まるか!」
「俺達芸人じゃなくて戦闘員……」
「黙れ! ウィーナ様を失望させたいのか!? ウィーナ様のお望みを無視するというのか!?」
ジャベリガンが痛がる六名に檄を飛ばす。続けて「屁で演奏しろ!」と言いながら彼らの肛門にリコーダーを差していく。
そして最後に、股間の天狗のお面の鼻の先端にアメリカンクラッカーを固定して「腰を振ってクラッカーを鳴らせ!」と命令した。
六名は一斉に腰を左右に振ってアメリカンクラッカーを鳴らそうと試みるが、なかなか上手くいかない。
「お前上手いなあ」
シフトがオルトに言うと、オルトが「左右よりむしろ上下に振った方がいいかも」と返した。
「これ難しいな」
デリートが愚痴をこぼすとすかさずジャベリガンが「普段からキンタマで練習しとかないからそういうことになるんだよ!」と怒鳴った。
「本当に、本当にこれで最強の力が手に入るのでありますか?」
タブが鼻フックで持ち上げられた鼻を抑えながら、フガフガとしゃべり辛そうに問いかけた。
「当たり前だ!」
ジャベリガンが即答する。
「本当にこのようなこと、ウィーナ様がお望みになったのか?」
グレートチョイナーがジャベリガンに問う。
「当たり前だ!」
ジャベリガンが即答する。グレートチョイナーは訝しげな表情をし、深く鼻から溜息をついた。
◆
「私の糸を初見でかわすとは……。噂に聞いたユノ隊の『疾風の暗殺者』とは、あなたのことだったのね」
屋上に続く階段の前に立ち塞がった、アックンガーやバッフンバーとほぼ同じ見た目をした、緑色の肌の男。
その男は、レドゥーニャの出糸突起から出した糸に加え、彼女の両手の指から同時に出した十本の糸も全てすり抜け、レドゥーニャの背後を取ったのだ。
「フッ……、その通り。人呼んで『疾風の暗殺者』ことユノ隊中核従者筆頭、アックンガー四兄弟が三男『風のヌーツルラー』とは俺様のことよ。繋がり眉毛は伊達じゃない!」
全方位から繰り出された糸を避け、レドゥーニャの背後へ抜けたヌーツルラーは、振り向いてニヤリとニヒルな笑みを見せた。
「さっきの二人とは、スピードも技のキレも比べ物にならないわ。結構やるじゃない」
「上の二人の兄貴は、俺達四兄弟の中でも戦力外の数合わせに過ぎない。ここからが四兄弟の本領発揮よ!」
「あら、そう。お兄さんなのに不甲斐ないものね」
「ああ、できの悪い兄を持つと弟は苦労するものだ」
「……おしゃべりはここまで。早くしないとヴィクト殿が出発しちゃうわ」
レドゥーニャは上半身を後ろに目いっぱいひねり、闇属性の攻撃魔法を詠唱した。
レドゥーニャの両手から暗黒の波動がビーム状に放出されるが、またしてもヌーツルラーは跳躍してかわし、レドゥーニャの脇を通り抜ける。
すれ違いざまに、レドゥーニャは右手の鋭い爪を振りかざし、ヌーツルラーの鎧に爪跡を刻みつけた。
「流石だな、俺の動きを捉えるとは」
「あなたの相手をしてる暇はないわ。大人しく道を開けなさい」
レドゥーニャは相手がスピードを活かせぬよう、粘着性のある糸を四方八方にまき散らしながら、狭い通路を自らの巨体で塞ぐように、ゆっくりとヌーツルラーとの距離を詰める。
「そうはいなかい。管轄従者のアンタに勝てれば、俺は今度の試験に自信を持てる」
どうやらこの男は、管轄従者への昇格試験を控えているらしい。なるほど。ピンからキリまでいる中核従者の中でも上位の実力を持っているようだ。
「じゃあ、あなたも試験を辞退せざるを得ない体にしてあげようかしら?」
レドゥーニャは高い位置から小柄なヌーツルラーを見下し、嗜虐的な笑みを浮かべた。
◆
「さっきから騒がしいな」
ヴィクトが何となしに言う。
「騒がしいね」
ゲキシンガーも何となしに返した。
ヴィクトは暫しの間、双眸を閉じ、応接室の外へ耳をそばだててみた。
耳に入ってきた音は、八本程の足によって奏でられる規則的なハイヒールの靴音。複数人の悲鳴や戦闘音。そして、ここからでも強力な闇属性魔法の気配。かなり強い魔力でハイレベルな術者であることを窺わせる。
それらの情報を総合すると、ヴィクトの隊の管轄従者・レドゥーニャの仕業に間違いないようだ。
「レドゥーニャだ」
ゲキシンガーが言う。ヴィクトは、若干うんざりしたような表情を見せることで、ゲキシンガーへの返答とした。
「……ゲキシンガー、じゃあ早速だけど、サポートお願いしたい。ここ任せていいかな?」
ヴィクトが問うと、ゲキシンガーは苦笑した。
「ここでかぁ……。マジかよ」
「頼む。俺はウィーナ様の所へ顔出して、そのまま任務へ出る」
「承知!」
二人はすぐに応接室を出た。
ヴィクトは何者かに破壊された玄関からウィーナの屋敷に向かい、ゲキシンガーは手すりがバキバキになぎ倒された階段を昇って騒動の元を目指していった。
ヴィクトは玄関前で、ユノ隊の派遣従者・アックンガーに出くわす。
「ああっ、ヴィクト殿、丁度いいところに! おたくの隊のレドゥーニャ殿がドアを滅茶苦茶に壊して中に入ってったんですよう!」
「知ってる! 今ウチのゲキシンガーに対応を任せた。今度はどんな体型の種族でも入れるように建て直そう!」
それだけ言ってヴィクトは足早にウィーナの元へ向かった。
◆
ゲキシンガーが事務所二階に上がると、ユノ隊の平従者バッフンバーと中核従者ヌーツルラーが二人揃って複雑骨折の重傷で、手の空いた者によって担架で運ばれている最中だった。
兄弟二人ともほとんどそっくりな見た目で、体色ぐらいでしか見分けがつかない。
「ゲキシンガー殿!」
自分を呼ぶ声が聞こえて振り向くと、そこには平従者のヤブラコウジがいた。寝ていたのか、シャツとトランクス姿で頭は寝癖だらけである。
ゲキシンガーはヤブラコウジの報告で、少なくとも青い肌のバッフンバーの方をやったのは、レドゥーニャであることが分かった。
「ヌーツルラー殿はちょっと分からないなぁ……」
ヤブラコウジが当惑しながらぼやくと、担架を運ぶ者の一人が「いやヌーツルラー殿もレドゥーニャ殿がやったの!」と答える。「あ、そうなんだ」とヤブラコウジ。
「下に行くぞ。階段気をつけて」
「うん。いいよ」
担架を担ぐ戦闘員達が、ヌーツルラーとバッフンバーを一階に運ぼうと歩みを進めたとき、階下から彼らの兄である赤い肌のアックンガーが駆け上がってきた。
「おっ、色違いだ。ゲーム後半で出てくる強化版かな?」
ヤブラコウジがそんなことを口走ったので、ゲキシンガーが「いや、こいつらの兄貴だよ。むしろ弱いんだけど」と正した。ヤブラコウジが気の抜けた相槌で応じる。
「おお、弟達よ! 複雑骨折してしまうとは何事だ! 情けない弟達だ!」
アックンガーが弟達の無残な姿を見て悲憤していた。
「ちょっと邪魔、どいてよ」
担架を運ぶ戦闘員の一人がアックンガーを押しのけ、さっさと彼らを一階に降ろしていった。
一方、仮眠室の方からは、まだざわざわと喧騒が聞こえている。
「まだ生きてる!」
「馬鹿、脳を揺らすな!」
「筋肉増強剤なんか使うからこういうことになるんだよ!」
「誰かそっち回れよ!」
「おいぶつかるぶつかる一旦ストップ!」
そんな風な喧騒が重奏を成す中、二人一組の戦闘員達に担がれた担架が、更に三セット仮眠室からぞろぞろ出てきたのだ。担架には、いずれも顔面が拳の形に陥没した、意識不明の重体となった者達が横たわっていた。
「おいおい、こっちも大事じゃねーか!」
ゲキシンガーが驚愕する。
「まだ生きてます。下に転移用の魔方陣マットを用意してあるので、直ちにリティカル殿のいるリソ研に搬送します!」
担架を担ぐ一人がゲキシンガーに報告した。
「まさか、これもレドゥーニャが?」
ゲキシンガーがヤブラコウジに問う。
「いや、違いますけど……」
「ええい、これじゃ埒が明かん!」
「ユノ殿の繭もレドゥーニャ殿も屋上へ行きました」
「分かった!」
「お気をつけて!」
ヤブラコウジや他の野次馬達に見送られ、ゲキシンガーは屋上へ走った。
◆
レドゥーニャは難なくヌーツルラーをその糸で絡め取り、宣言通り管轄従者昇格試験を受けれない体にしてやった。
そして屋上へ上がると、そこには確かにユノの繭があった。
しかし、彼女が繭の存在を認めた直後、ダオル副社長の側近的立場の一人であるジャベリガンが、全裸で股間に鼻の先端にアメリカンクラッカーをぶら提げた天狗のお面をつけて頭にパンティを被り鼻フックで顔を釣り上げ尻にリコーダーを差した六人の変態達をけしかけてきたのである。
レドゥーニャは変態達を一瞬にして魔力の込められた糸で拘束し、思念を送って締め付け、全員の骨を粉々に砕いた。
「お、俺は最強……、最強なんだぁ……! ナムロック、死にます……」
変態の一人がそう捨て台詞を吐き、白目をむいて失神した。
「ぎゃああああっ! ウィーナ様ああああっ! エンター! 死にまああああああす!」
「ほ、骨が、骨があああっ! ウィーナ様ああああっ! オルト、享年23歳! 今から死にまああああああす!」
「どうしてだ、どうして最強の力を得たのに負けるのかーっ!? 全身骨が粉々で内臓に突き刺さって早く楽になりたいからウィーナ様とりあえず自分ちょっと死んどきますね!? なわけで、タブ、これより死にます!」
「ぐわあああ! これが俺が今まで生きてきた積み重ねの全てだああああっ! このシフトっ! 遠のく意識の中でっ! ウィーナ様の勝利と栄光を願いっ! 死にまあああああっす!」
「ぎょええええっ! 俺の人生これでお終い! 頭にパンティ被って股間に天狗のお面着けてケツにリコーダー差して俺の人生お終いだああああっ! ウィーナ様ああああっ! これでよかったのでしょうか!? 俺の選択は間違ってなかったんでしょうか!? ……えっ、ほ、本当ですか!? ああ~! そ、そのお言葉だけで救われます! フヒヒ、イヒヒヒィ……! 全てはウィーナ様のためにっ! デリート! 死にまああああああす!」
他の変態達もそれぞれ断末魔の叫びを上げ、次々と白目をむいて、連鎖的に失神した。本人達は死ぬと思っているらしいが、当然レドゥーニャは致命傷までは与えていない。
「気持ち悪ッ!」
レドゥーニャは倒れる六人の変態達を見下し、吐き捨てるように毒づいた。
「グレートチョイナー、俺は行く。後は頼んだぞ」
ジャベリガンが脇に立つグレートチョイナーに調子の良い感じで言うと、グレートチョイナーは舌打ちをしてレドゥーニャの前に立ちはだかった。
グレートチョイナーは体色が茶色という以外は、先程戦った三人と全くと言っていいほど同じ容姿であった。
「部下の変態達に戦わせておいて、あなたは自分で戦わないのかしら?」
レドゥーニャが屋上を立ち去ろうとするジャベリガンに問う。
「はぁ? 何で俺がユノ隊とヴィクト隊のもめ事に介入しなきゃいけないの? 俺カンケーねーし。お前達で解決すべき問題だろ? それに平従者なんて所詮使い捨ての駒に過ぎないでしょ? こんな使えないゴミ共」
ジャベリガンがさも当然といった風に答えた。
「貴様ッ……! 今なんつった?」
グレートチョイナーが額に青筋をいくつも立て、身の丈程もある巨大な金槌を構えてジャベリガンに視線を送った。
「おっと、倒すべき相手を間違うなよ。俺はダオル殿の命令で、ユノ殿の任務を引き継いだヴィクト殿のサポートとして同行する使命がある。それでは」
そう言い残してジャベリガンは階段を駆け下りていった。
「はぁ? 何でアンタが行くのよ? ちょ、待ちなさい!」
レドゥーニャが振り向くが、もうジャベリガンはいなかった。ヴィクトのサポートして同行するなら、ジャベリガンなどではなく、直属の自分が行くべきだとレドゥーニャは思った。
ヴィナスも副官であるにも関わらず、ヴィクトがハッチョウボリー行きを断るところを最後まで見届けず、Valkyrie5のスケジュールを優先させた。
以前よりヴィクトの側で副官を務めることを熱望していたにも関わらず、ヴィナスはウィーナの娘という特別な立場を利用して彼の副官に収まった。
しかもValkyrie5という芸能グループの片手間で。更にはウィーナやヴィクトの配慮からか大事にされ、勝利が約束された格下の悪霊や魔物相手の安全なミッションしか回されない。
その割に態度が非常に尊大で我儘だ。レドゥーニャは納得いかない。ヴィナスに対する嫉妬の感情ももちろんあった。それは否定しない。
「くぅ……、それもこれも全部ユノ殿のせいよ! ヴィクト殿を危険な死地に出向かせはしないわ! 隊長は私が守る!」
ジャベリガンを追うのを諦め、レドゥーニャがグレートチョイナーに向き直る。
「ヴィクト隊に迷惑をかけたことは、本当にすまねえと思ってる。それに関しては謝る。申し訳ない!」
グレートチョイナーは金槌を床に置き、床に膝を突き、額を床に打ち付け、土下座して謝罪した。
しかし、彼の土下座はレドゥーニャの心には全く響きはしなかった。
「だったらその繭、好きにさせてもら」「悪いがそれはできねぇ!」
レドゥーニャの言葉を、土下座したままグレートチョイナーが遮った。
「はぁ!? じゃあ何で土下座したわけ?」
グレートチョイナーは押し黙ったまま、立ち上がって再び巨大な金槌を構え直した。
「羽化の前の状態で、無理に繭を破壊すると、ユノ殿の体にどのような影響を及ぼしてしまうか分からない」
「だから何? そっちの都合でしょ? それってヴィクト殿が行かされることと関係ある?」
「確かにそうだ。けどそれはウィーナ様やヴィクト殿の意思で正式に決まったこと。上層部が納得したことであれば、下の連中が勝手にそれを曲げるって違くねえか?」
「曲げるわけじゃないわよ。ユノ殿が目覚めれば別に当初の予定通り何の問題もないってだけでしょ?」
六人の変態が気絶する中で、二人の論戦は続いた。
「……なら戦う他、仕方あるめえ。アックンガー四兄弟が末弟、ユノ隊管轄従者『土のグレートチョイナー』、相手になるぜ! 兄貴達の無念を晴らす!」
「あ~ら、随分と弱いお兄さん達だったわねぇ。てっきり色違いの雑魚モンスターと繰り返しエンカウントしてるのかと思っちゃったわ。ホホホホ!」
レドゥーニャが手の甲を顎にあてがい、高飛車に笑って相手を挑発した。
「お前は俺の部下達を気持ち悪いと言ったが、俺に言わせりゃあ脚だけヒューマン系の蜘蛛って方がよっぽど不気味で気持ちわりーと思うがな」
「何ですって!? この八本の美脚の美しさが分からないの?」
「この組織は戦闘能力至上主義。文句があるなら『武』で示せ」
そう言って、グレートチョイナーは威勢よく金槌を振り回した。
「黙れ!」
レドゥーニャは脚を罵られたことに心の琴線を刺激され、怒りに任せて八本の『美脚』を激しく蠢かせながらグレートチョイナーに突進した。
繋がり眉毛を引き締め、迎え撃つ形で金槌を構えるグレートチョイナー。
両者の体が交錯する瞬間。
「超波動砲!!」
掛け声と同時に、両者の間を、青白いオーラの奔流が通り過ぎた。凄まじいエネルギーを湛えた波動はそのまま光の柱となって遥か天空へと駆け抜けていった。
レドゥーニャとグレートチョイナーはその場でピタリと佇み、波動が発せられた方を向く。
屋上の入口(レドゥーニャの体の幅に合わず、既にドアは彼女の足や後体を無理矢理通す過程で破壊されてしまっている)に、両の掌を突き出した体勢で、普段着姿のゲキシンガーが構えていた。