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第2話「小さな先輩」

 桜が花道を作る季節――晴れて高校一年生となった俺は、新しい制服に身を包んで緑ヶ丘大学附属高等学校に通っていた。


 ここから心機一転、新たな青春を謳歌する――という心持ちにはなれず、今は一人寂しく放課後を歩いている。

 現在部活動見学をしているのだが、私立校だからか中学時代の同級生は誰一人としておらず、入学して間もないせいで友達も出来ていない。


 ……というか、なんだかクラスでは取り残された感じだった。

 今まで意識して友達を作った事なんてないからどう作ればいいのかもわからない。

 これから高校生活がボッチ生活になってしまったらどうしようか……。


 ――俺が不安に駆られている中、グラウンドには先輩方の元気な声が響き渡っている。

 部活動が盛んな高校だとは聞いていたが、部活をしている先輩方はみんな活き活きとしているように見えた。


 やはり、前に俊哉に言った通りソフトテニスが全てではない。

 これだけ多くの部活動があるんだ。

 身長や力なんて関係ないスポーツもあるだろう。


 ――そうだ。

 陸上の短距離走か長距離走はどうだろうか?

 足の速さには自信があるし、体力も中学時代の練習のおかげで身に付いている。

 やはり俺には陸上が合っている気が――


「――あの、ちょっといいかな?」

「え……?」


 考え事をしていると、背がかなり低い女の子が声を掛けてきた。

 身長に比例するかのように顔も小さく、クリクリとした瞳や鼻筋が通った顔を見るにかなりかわいい子だ。

 何より、俺に向けている人懐っこい笑顔がとても魅力的に見えた。


 だけど、笑顔を向けられているにもかかわらず、俺の気持ちはざわつき始める。


「何か用ですか?」


 初対面のため、一応敬語で返す。

 声が低くなってしまったのは意識的にしたものではない。

 自然と、体が彼女を拒んでいるのだ。

 俺に話し掛けてきた女の子は、スポーツ用のTシャツに身を包んでスコートを履いているのだが、大事そうにテニスラケットを抱えていた。

 練習中のようだから、背が低くて童顔でも先輩なんだと思う。


 ……多分。

 

 あまりにも幼く見えるからちょっと自信がない。

 校内で会っていなければ小学生だと思うレベルだ。


 まぁこんな失礼な事、口が裂けても言えないが。


 この学校に硬式テニス部はないと聞いているし、ラケットの形状から見て彼女はソフトテニス部だろう。

 だから俺は彼女と関わりたくないと思ってしまったのだ。


「浅霧君……だよね?」

「…………」

「あっ、ごめん! 名前を知ってるからって別に怪しい者じゃないよ!」


 俺が無言で目を細めると、小さな先輩は慌てたように手をブンブンと顔の前で振り始める。


 別に、名前や顔を知られていたから目を細めたわけではないのだが……。


 俺は過去の好成績によって一応年齢の近いソフトテニス関係者には名前が知られている。

 今までだって、大会で知らない選手に声を掛けられる事もあった。

 だから今更名前と顔を知られていたところで驚きはしないのだ。


「私ね、花咲(はなさき)美鈴(みすず)っていうの。ここの二年生だよ」


 花咲美鈴……?

 何処かで聞いた事がある名前の気がする。

 大分昔、何か人づてで聞いたような――。


 ………………駄目だ、思い出せない。


 まぁそれはさておき――。


「人違いです」


 俺はそう答えて踵を返した。

 ソフトテニス関係者の上に名前を知られているのなら、尚の事関わりたくない。

 ここは知らないふりをしてさっさと立ち去るのが吉だ。


「ま、待って待って! 絶対浅霧君だよね!? だってすぐに否定しなかったもん! 人違いだったらすぐに否定するよね!?」

「……いきなり知ったふうに話し掛けてきたのに、名前を間違えられたから『なんだこの人?』ってなっただけです」

「冷たい! 反応が冷たいよ! えっ、私知らない間に何か怒らせる事しちゃった……?」


 適当にあしらおうとすると、花咲さんが段々涙目になってきてしまった。

 さすがにやりすぎてしまったかもしれない。


「すみません、ふざけてしまいました。浅霧優馬です」

「もぉ……からかうなんて、浅霧君いじわるだよぉ……」


 正直に名前を名乗ると、花咲さんが頬を膨らませて恨みがましく見つめてきた。

 からかったんじゃなく邪険に扱っていたのだが……まぁわざわざ訂正する必要もない。


「すみません。それで、なんの用でしょうか?」

「ねぇ、ソフトテニス部に入らない?」

「は……?」


 唐突に予想外の言葉をぶつけられ、俺は間抜けな声を出してしまった。


「浅霧君がこの学校に来ている理由はなんとなく察しがつくよ。君の噂、私も聞いてたから。だけどね、もう一度ソフトテニスをやろうよ」


 なんだ、この先輩は……?

 どうして男の俺をソフトテニス部に誘う?

 この学校には男子ソフトテニス部がないのだから誘っても意味が無いだろ……?


 一つわかったのは、花咲さんは見た目ほど頭が緩い人ではないという事だ。

 言葉を濁して言い方も変えているが、男子ソフトテニス部がない学校に来ているというだけで、もう俺がソフトテニスをするつもりがないのだと理解している。

 噂というのは、簡潔にいえば俺の悪口みたいなものだ。

 別に俺が何か悪い事をして嫌われているわけではない。

 ただ結果を出せなくなった事に対して、陰口を叩かれているというわけだ。


「あなたが何を考えているのかは知りませんが、他人の事に口を出さないでください。そもそも、男の俺が入ったところであなたには関係ないでしょ?」

「うぅん、ごめんね、言い方がずるかった。あのね――ソフトテニス部に入って、私とペアを組んでほしいの!」


 ラケットを抱えている手を胸の前でギュッと握りしめ、上目遣いで俺の顔を見上げてくる花咲さん。

 大きな瞳をウルウルとさせており、身長の低さや顔の幼さからまるで子供がおねだりをしてきているように見えてしまった。


「先輩とペア……? つまり、ミックスダブルスって事ですか?」


 ミックスダブルス――それは、異性とペアを組んで行うダブルスの事だ。

 日本代表が出場するアジア大会では、普通のダブルスだけではなくミックスダブルスも行われている。

 そのため、近々学生の大会にもミックスダブルスを取り入れるという話はジュニア時代に聞いたが――。


「そうだよ! これからはミックスダブルスにも力を入れたいっていう理由から、一年前に高校生の大会にもミックスダブルスが出来たんだよ!」


 俺が言い当てた事が嬉しかったのか、ニコニコ笑顔を浮かべて無邪気に説明をしてくれる花咲さん。

 人懐っこい笑顔には目を奪われるものがあるが、正直このまま話を続けるのはしんどい。


「そうですか」

「うん、だから――え、浅霧君!? 待って何処に行くの!?」


 再度俺が踵を返すと、慌てたように花咲さんが追いかけてこようとする。


「――ちょっと、休憩時間終わってもう練習再開してるわよ! 何こんなところで道草くってんの!」

「あっ、す、すみません! すぐに戻ります!」


 しかし、後ろからチームメイトに呼び止められてしまい、花咲さんは慌ててテニスコートへと戻っていった。


 ――俺が花咲さんの話を途中で無視して帰ろうとした理由。

 それは、彼女の期待に応える事が出来ないからだ。

 俺はジュニア時代全国大会を制している。

 そして中学一、二年生の時には全中にも出場している。


 一般的に見ると、全国大会に出場しているだけで凄い成績だ。

 だから彼女も俺とペアを組みたがっているのだろう。


 だけど、それらの結果は前衛だった頃のものであり、後衛になってからは県大会も勝ち上がる事が出来なかった。

 そういうと前衛に戻ればいいだけの話と思うかもしれないが、中学では前衛として通じないと理解したから後衛に転向したのだ。

 体格差が更に現れる高校では余計俺にとって厳しい環境になっているだろう。


 そもそも中学時代に全国まで行けたのは全て俊哉のおかげだ。

 俺はあいつの足を引っ張っていたにすぎない。

 そんな俺では、花咲さんの期待には応えられないんだ。


 やってから恥を晒すよりもやらずに嫌われたほうがいい。

 そういう結論に至ったからこその判断だった。

 まぁ直接断らなかったのは卑怯だとは思うが、あの人の顔を見ているとなんだか断れない気がしたのだ。


 ――もう今日は部活動見学をやめる事にした俺は、少し重たい気分になりながら帰路へとつくのだった。

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