異世界転移したパーティの弓がクライマックスで迷子になる話
そう。私は格好良く言ってやったわけです。自分なりのキメ顔で。
「私がここで食い止めます。貴方たちはどうぞ先に!」
念願の台詞です。これが漫画ならきっと大きいコマで集中線でババンとなっているはずです。
勇者をはじめ、パーティの仲間たちは『だが……』とか『きみを置いていくなんて……』とか渋い顔をされますが、そこを振り切って私は続けます。
「この敵を倒したら必ず追いつきます。さぁ、早く!」
勇者に狙いを定めていた中ボスのモンスターに、逆に狙いをつけて矢を放ちます。
魔力をまとわせたこの矢は放たれた瞬間炎の矢となり、モンスターに的中です。
一撃で倒せませんでしたが、モンスターの視線が勇者から私へ移りました。
この隙だけで十分です。彼らを先へ行かすためには。
勇者と一瞬目線を交わして頷き合います。
「必ず追いついてくるんだぞ!待ってるからな!!」
モンスターの僅かな隙をついて勇者たちは先へ進まれました。
視線を勇者からモンスターへ向けて間合いを詰められないようモンスターの足下目がけて高速矢を打ち込みます。
横目で彼らの行く末を確認します。あそこまで駆けていけばモンスターの攻撃範囲外となるでしょう。
先ほどの魔力を込めた一矢。あわよくば一撃で仕留められればと願って首を狙ったものの、そううまくはいかず、肩を貫通させたに過ぎません。
この場合、炎属性の矢より毒性のある矢のほうが良かったかしら。
いやでもここまでレベルの高いモンスターだと毒耐性があることも多いので、どちらにしろ一撃必殺という理想は叶わない可能性が高そうです。
次の一手を考えている間にもモンスターは私との間合いを詰めてこようと勢い込んできます。
遠距離攻撃がメインの私には敵との間合いは必要不可欠。
そう簡単に敵の思うようにはさせません。多数の矢をもって足下へ放ち、地面へ縫い付けてやりました。
それに私にはこの矢以外にも魔術だって使えるんです。負けませんよ……いざ!!
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精神力も体力もジリ貧で肩で息をする私。
微動だにしない敵であるモンスター。
最期に大きな悲鳴のような慟哭を叫び、モンスターがバターンと大きな音を立てて倒れ伏しました。
額の汗を拭い詰めていた息を吐き出します。腰に下げている道具袋から取り出した回復薬を飲んで、モンスターの最期を見守ることとします。
強敵だったそれは足下からさらさらと砂となって崩れていき形が失われいきました。
後に残ったのはモンスターの持ち物だったと思われる何かのネックレスといくらかの金銭。
それらを回収しがてら、心の内で私は少し前の自分の台詞を反芻します。
人生で言ってみたい台詞、言っちゃったな、と。
ふふふ、やったぜ、とね。
ほら、現代日本を生きていたらこんな台詞言えないじゃないですか。
『俺の屍を超えていけ!』と迷ったんですが、どうにも私のキャラじゃないので断念です。
いえ、わかっていますとも。俗に言う死亡フラグってやつだったのでしょう。
わかっていたからこそ、準備は抜かりなく、です。
いざ残るはラスボスのみという段階において、この魔王城に乗り込む準備として貴重アイテムも購入して対策しておいたものです。
戦闘で命を落としてもそれを持っていると一度だけ復活できるというびっくりアイテム。
ダンジョン探索で運良く見つかれば良いほうで市場にはほとんど出回らない一品です。
さすが世界の希望、勇者一行は敵拠点の探索や秘境の森なんかでしれっと見つけられますが、旅の最中に見つけたこれらは勇者と回復役と魔術使いが持つことになっていました。
私の個人的希望のために貴重アイテムを譲ってとお願いするわけにはいきませんから、いつ市場で見かけてもいいようこっそり貯金していたわけです。
もちろんこんなアイテム、使われずに済むならそれが一番ですし、保険があると思って油断すると危険ですからそりゃもう死に物狂いで敵と対峙しましたけどね。
人間、やればなんとかなるもんですね。文字通り、命懸けでしたし。
おや、何かおかしいでしょうか。
現代日本?死亡フラグ?なんじゃそりゃ、ですか?
ああ、お気になさらず。
私はどうやら、別の世界から召喚された人間のようでして。私のいた世界、国での言葉ですね。
魔王討伐のために必要だとかなんとかで、なんだかわかりませんが私が召喚されてしまったようです。
こんな、どこにでもいるような普通の女性なのに。
強いて言える戦闘手段なんて何年か前の中学高校で経験した弓道(過去)くらいなのに。
荷が重いなんてものじゃないですよね。
スポーツと戦闘なんて全然違うじゃないですか!
なんてこった、と天を仰ぎましたが現況はどうにもならなかったので、流れ流されるまま旅を始めたらこれがまぁなんとかなったわけですね。
言葉の問題とか魔術の適正とかも不思議なチカラでピリカピリララって感じでした。
そんな感じで勇者ご一行の一員として旅をして、ついに敵本拠地であるこの城に乗り込んだ私たち。
罠や難しいトリックなんかを掻い潜り、私たちは魔王へとつながる廊下を守るモンスターと対峙することになりました。
ここを押さえられたら勇者たちは大きな被害もなく魔王と戦えるはずと思った私は、冒頭の行為にいたったのです。
さてさて。長居は無用です。少々疲れはしましたが、悠長にもしていられません。
戦利品を道具袋にしまい、一息ついて立ち上がります。
勇者たちのあとを追わねばなりません。
魔王が倒される決定的瞬間にパーティメンバーが欠けているなんて格好つきませんからね!
「待っていてください皆さん、すぐに追いつきますから!」
その時の私は忘れていたのです。
自分の致命的な欠点を。
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格好良い台詞を口にして、敵を食い止め、見事勝利を掴む私。
加えて、魔王との戦いの最中、ピンチの仲間のところに別れていた私が颯爽と助けに入る、なんて場面があれば完璧なシナリオと言っていいはずです。
ところがどっこい。そう簡単にはいきませんでした。そこそこ強いモンスターを門番としたその先は、すぐに魔王ではないのですか。
段差を上り、上段のエリアに移ったと思いきや気づいたら思っていた到着点の下段にいたりする。
同じような道をぐるぐる回ってしまい、なかなか勇者たちに追いつけません。
なんですかこれ、なんですかこれ!まだこんなフロアがあるんですか!
さっきまできっと格好よかったはずの私なのに!
励ましてくれる仲間も勿論いなく、半泣きになりながらも先へ進もうと焦ってしまい、何かを踏んづけてしまいます。
あ。と思ったときには時すでに遅し。
くらぁっと体が揺れたように感じ瞬きした直後に城の入り口に立っていました。
転移トラップを踏んでしまったようです。
くそぅ!と城の中に勢い入り一直線上にある細工のあった扉(乗り込んだ際にみんなで解除済み)を開けますが、この部屋から先は駄目だと私は思い出したのです。
鏡張りのこの部屋、とても方向感覚が狂う仕様であるこの部屋。
思わぬところに扉があり、思わぬところに壁があるこの部屋。
はじめに通ったときは、はぐれないようにと勇者を先頭に回復役を最後尾とする隊列の間に入れてもらい進んだことを思い出しました。
最後尾に回復役がいては駄目なんですよ本当は……
ある意味パーティの要の彼女を最後尾にして、もし背後から攻撃を受けては困るのですから。
本来は棍遣いの彼が最後尾であるのですが、鏡の部屋で背後からの攻撃には備えやすいという点で前面からの攻撃特化型の隊列として彼は前衛にいたのです。
回復役の彼女を最後尾にするわけにはいきませんから、彼が前に行くならば私が最後尾に控えていないといけません。
いけないのですがその……私の欠点を補うために回復役の彼女に位置を交代してもらいました。
幸いにしてこの部屋での戦闘はありませんでした。
一安心して、最後尾の彼女から大きな罠などなくて良かったですねーなんて話しかけられ、それに頷きながら元の隊列に戻ろうとしたときです。
方向感覚が狂ったままの私はふらふらと勇者たちとは違う方向に歩いてしまったのです。
ごん、と頭をぶつけその重みで今さっき出てきた扉を開けてしまい鏡の部屋に戻ってしまいました。
頭をぶつけた衝撃で目は覚めたものの、私はかなり焦りました。
周りを見回しても間違えて入ってしまった扉は見当たらず、ぺたぺたと壁を触ってみてもそれらしい取っ掛かりがありません。
頭の中に地図を思い浮かべようにも現在地がわからない今となってはどこを目指せばいいものでしょうか。
いやでも待てよ、と。自分がはぐれたことは勇者たちが気づいてくれているはずです。
少なくても回復役の彼女の目の前でやらかした失態です。気づかないはずはありません。
友情に篤い彼らならきっと自分を探してくれているはずと大声を出してみました。
思ったとおりすぐに勇者たちが迎えに来てくれて事なきを得た私です。
そう、あのときは仲間が一緒だったからなんとかなったのです。
今までだって、誰かの後をついていくくらいならできていました。(※鏡の部屋とか特殊な場合を除く)
いまは単騎。私ひとりです。
この難解な道をひとりで進めるのでしょうか……否、否ですよこれは。
自分のこの……方向音t……うっかり迷子さんな欠点はここでも発揮されるに違いないです。
いやそれでも!私は彼にすぐ追いつくと約束したのですから!
「私の戦いはきっとこれから……!!」
欠点だって乗り越えてやる!と意気込んで鏡の部屋に入ろうとした直後のことです。
激しい地響きがして思わず膝をつきました。
何事かと身構えて様子をうかがっているとあたりが崩れ始めました。
このままだと巻き込まれると直感した私は慌てて来た道を戻ります。
一直線である出入り口くらいまでなら、さすがの私も大丈夫ですとも。
崩れ落ちる寸前で城から脱出はできました。
城を構成していたそれぞれは先ほど倒したモンスターのように徐々に砂化し風に流されていきます。
本当についさっきまでそこに存在していた圧倒的な存在たちは跡形もなくなって、私は呆然と立ち尽くしてしまいました。
だって、どうしろっていうの?
予想できることはあります。きっと勇者一行たちが魔王を倒したのでしょう。
そして魔王が維持していたと思しき城も崩れたのでしょう。
では勇者たちはどうしたのでしょうか。
一緒に崩れ落ちてしまったの?
何らかの手段で脱出できているの?
目的は達成されたなら元の世界へ帰ることができるの?
帰ることができるのなら、どうやって?
突然放り出されたってわかるわけがありません。
「私の、戦いは、これから……だ……?」
混乱のなか呟いた、本来なら格好いいはずの台詞。
「私の、未来は、……どっちだ……?」
聞いてくれる誰かもいない台詞は、清浄な風に飲まれて消えました。
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