第97話 牢獄トーク!(後編)
前回のあらすじ:金鹿によって同じ牢獄に捕えられたサシコとコジノ。そこでサシコはコジノの過去について知る……
※この回は基本サシコ目線ですが、回想だけはコジノ目線。毎度分かりづらくて申し訳ない……
「戦士の名は村雨岩陀歩郎と燕木哲之慎。エドン・サイタマ戦争で活躍したエドン公国の剣士たちだった」
村雨岩陀歩郎……確かにコジノさんはそう口にした。
まさか、太刀守殿の存在がコジノさんの過去に大きな影響を与えたというの!?
「戦国の世で天下無双の強さを持ち、名を聞くだけで他国の兵士を震え上がらせたという伝説の剣士……ウチはその二人に興味を持ち二人と知り合いだったという司教のマキさんに話を聞くことにしたたい」
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「村雨くん?いやー、アレは噂されてる程のモンじゃないよ」
マキさんはあっけらかんと答えた。
「……そ、そうなんですか?」
剣豪・村雨"太刀守"岩陀歩郎は若くして剣の道の極め、幾多の戦場を鬼神の如き強さで蹂躙した剣の魔王……という風に聞いていたけど……
「いや、確かに強いは強いよ。一対一の戦いなら正味、最強なんじゃないのかしら? でも、村雨くんは何ていうか……甘いのよ。命を取るか取られるかの戦いで武士道気取ってとどめを刺さなかったり、心を鬼にしきれない精神的に弱い部分もあった」
……確かに村雨岩陀歩郎は幼い頃から名門道場で剣を学び、清廉の人である七重隊長からの薫陶も篤いと聞く。その他に聞こえてくる話からもその性質はこの紅鶴御殿の人たちと同じであると分かる。正・奇でいえば間違いなく正の人。例えこの人に師事したとしても、七重隊長と同じように乱世の剣を教えてくれる事はないだろうな……
「うーん、そういう意味じゃあ燕木くんの方が冷酷さや強かさもあったというか……戦士向きの性格してたわ」
燕木哲之慎……元々はエドンの敵国であったダイハーン兵士の捕虜の子という逆境から、自分の腕のみを頼りに這い上がった反骨の人と聞く。実力では村雨岩陀歩郎に一歩下がる評価だけど、ウチの求める強さには近いものを感じる。
「燕木哲之慎殿は今もご健在なのですか?」
「生きてはいる……はずだけど健在とは言えるかどうか……」
「……というと?」
「例の戦争の折、御庭番十六忍衆だった燕木くんはエドン兵のほとんどが降伏する中で仲間と共に最後まで帝と戦ってね。それこそ帝に王家の者や家族を人質にされても断固抗戦したんだとか…………結果、共に戦った当時の御庭番たちはそのほとんどが殺され、燕木くんも一命こそ取り留めたものの、利き腕と左目を失う再起不能の重傷を負った。私が紅鶴御殿に来る時は病院で一人動く事すらままならなかったけど、今はどうしているのか……」
「…………!」
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「ウチはマキさんに聞かされたその話に強烈に惹かれた。仲間が倒れ、守るべき人たちを人質に取られていてもなお戦い続けるその執念に。ウチの求めた強さはそれだと思った」
コジノさん……
「そして、紅鶴御殿を目指した時のように、ウチは燕木哲之慎殿に会うため旧エドンを目指して今度は紅鶴御殿を飛び出した」
…………そうか……この人はアタシと同じなんだ。
憧れた人は違えど、その憧れの感情にまっすぐ向き合う心がある。
村の近くであるオウマの見張り棟に太刀守殿が赴任されると聞いた時、アタシはその日のうちに見習い兵に志願する事を決めた。自分が憧れ目指した存在に少しでも近づく為に……
「そして、エドンの町で燕木哲之慎殿を見つけ出し、すぐに弟子にしてもらうよう嘆願したばい」
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「フン。なかなか面白い奴だ……気に入った。弟子にしてやってもいいぞ」
燕木哲之慎殿にこれまでの経緯を話すと、拍子抜けするほどアッサリと弟子入りが認められた。
「……ほ、本当ですか?」
「ああ、だが一つ条件がある」
「条件?」
「……俺はある人の誘いで近々国に出仕する。そこで御庭番十六忍衆への復帰を申し出るつもりだ。だから俺に弟子入りするというのならお前も御庭番の配下という事になる。場合によっては危険な任務にも就いてもらう事になるかもしれない」
燕木殿の言葉には耳を疑った。
キリサキ・カイトの支配する国への出仕……しかも今はその直轄部隊となった御庭番十六忍衆への志願……ありえない事だ。
「キリサキ・カイトの軍門に降るというのですか!キリサキ・カイトはウチの故郷をめちゃめちゃにした男……累さんはアイツの軍勢と戦って死んだ!貴方の仲間だって何人も殺されたはず!それを何故……」
「大義の為だ」
「大義?それは悪政にあえぐ民衆を守るためにあえて不倶戴天の敵の下につく……と、そういう事ですか?」
「…………ふっ。まあ、そんなところだ」
燕木殿の言葉にはとても幻滅した。
あれほどに執念深くキリサキ・カイトと戦った男が、その憎き敵に対し頭を垂れるなんて……ウチならそんな事は絶対にしない。いくら民衆の為といえども、自分自身の誇りを捨ててまで仇敵に仕えるなんてマネは出来ない。例え首を刎ねられても膝を屈する事はないだろう。
「なるほど。貴方はそういう人でしたか。もう少し気位の高い人と思うとりましたが」
「気位……気位か。クックック。俺はそんなものの為に生きた事は一度もないが…………まあ、多少の屈辱は仕方あるまい。あのクソ野郎にやり返すにはどうもこれが一番の近道らしいしな」
「……えっ?」
燕木殿の言ったやり返すという言葉……その響きには悲壮感や強がりのような響きは感じらない。路地裏で汚い奴らのつまらない嘘や罵倒を幾度も耳にしてきたウチには分かる。この人の言葉は偽りでも負け犬の遠吠でもない。彼には勝算があるのだ。その為の手順として必要であれば膝を屈しても見せる……ウチは思い違いをしていた。つまるところ燕木殿とはそういう人なのだ。
「ヤツにはこの左眼と右腕の借りはキッチリ返してもらうさ。そう遠くない内にな…………で、お前はどうなんだ?強さを求めるというが、その強さで誰を倒し、何を奪いたい?」
「う、ウチは……」
「言っとくが家族や恩人の命なんてどれ程強くなっても戻らないぞ。この眼と腕と一緒だ。本当に取り戻したいもの程、失ったら二度と戻らないものだ……だがな、その穴を埋める事はできる」
燕木殿の言葉。それはウチが今まで欲してきた言葉
「何が自分の穴を埋めるか分からないのならその答えを探せ!そして、その答えが見つかった時、自分自身の手でそいつを掴み取れ!その為に必要な戦い方なら俺が教えてやる!」
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「……あれから2年。ウチにはまだ自分の心を埋めるモノは見つからない。でも、それが見つかるまでウチは燕木師匠の元で戦い、乱世の剣士になると決めた……いつか本当に望むものを奪い取る強さを得るために!」
…………コジノさんの過去。
御庭番十六忍衆の配下として任務に就く現在。そして、目指すべき未来の形。
戦乱の世で勇名を馳せた英雄二人。そして、その二人に憧れた少女も二人。
かたや敵の脅威に向かい立ち弱き者を守る英雄の姿に憧れ、かたや脅威となって敵を討ち強き者を薙ぎ払う戦士の姿に憧れた。目指した相手の境遇が逆ならば今アタシたちが立つ場所も逆だったかもしれない。
「……ふぅ。こんなに長く自分の事を話したのは始めてかもしれんね。ばってん、今度はサシコちゃんの事を教えて欲しいたい」
「え、アタシの事……?」
コジノさんがアタシの事を知りたい?
そういえば、金鹿の妖から襲撃を受ける直前にもそんな事を言っていたような……
「サシコちゃん。アナタも紅鶴御殿で修行をしたんやろ?」
アタシが一時紅鶴御殿に留まっていたという情報は知られていないはず……だけどまあ、これは話の流れ上察するよね。天羽々切も持ってるし。
「はい。七重隊長にもご指導を受けました」
「やはりね……最初に村雨殿と行動を共にする君の話を聞いた時には、まだ六行の力は未覚醒の状態という事だった。でも、次にウィツェロピアで現れた時の報告では黒子人形を倒すほどの腕を身につけていたと聞いた」
…………
「この間、わずかに3ヶ月。いかに才能に恵まれた者であってもその様な短期間で六行の技を身に付けるなど不可能。いかに【龍の玉視】を持っていたとしてもね」
りゅ、龍の……玉視?
金鹿馬北斎も確か同じ言葉を口にしていた。
一体アタシとその【龍の玉視】に何の関係があるの……?
「でもウチには……ウチだけには分かる。アナタがどうやってこの短期間で技を磨き、黒子人形や妖の群れを倒せる程に強くなったのかを……」
…………ッ!?
コ、コジノさん……ま、まさかあの事を……
「サシコちゃん……アナタ、【玄野伊弉冊の像】を使ったでしょう?」




