第96話 牢獄トーク!(前編)
前回のあらすじ:富岳杯開幕!一方その頃、金鹿に捕らわれたサシコは……
※一人称サシコ視点
コロコロ変わって読みづらくて申し訳ない…
「えっ!?コジノちゃん年上なの!?」
ミヴロ裏通りでの戦いに敗れ、金鹿馬北斎に連れてこられた牢屋の中。六行の技でさえ破壊するのは難しいだろう分厚い金属の壁に囲われ、武器もすべて取り上げられた絶望的状況にも関わらず、牢屋内での武佐木小路乃とのお喋りは楽しく、直面している危機を忘れて話がはずんでいた。
「そう……ウチは18歳。サシコちゃんよか3つも上やけん。だから、ちゃん付はやめてくれん?」
う……じ、18歳……じゃあ、アカネさんよりも上なのか。
見た目的にアタシとタメくらいか、もしかしたらちょっと下かもと思ってたのに……
「それじゃコジノ……さん。コジノさんはその……何故、御庭番十六忍衆の弟子になったんです?」
コジノさんは元・紅鶴御殿の近衛兵だ。
しかも、才ある者でも数年の修行を要するといわれる近衛兵の選抜試験にわずか1年の修行で合格した天才中の天才。紅鶴御殿の最高傑作とさえ噂されていたらしい。
そのように期待された彼女だったけど、近衛兵になっておよそ1年後に突然更なる強さを追い求める事を理由に紅鶴御殿を出て行ってしまったという事だった。
確かに御庭番十六忍衆は強い。若い剣士が彼らの異能の強さに憧れるというのは理解できる。
しかし、それこそ七重隊長だって御庭番十六忍衆以上の強さを持った剣士だし、同じ女性でもあるし憧れの対象として不足はないはずだ。そりゃ彼女の修行は鬼のように厳しいし理不尽なところもあるけれど、指南は的確で太刀守殿や紅鶴御殿の他の近衛兵たちなどを育てた実績だってあるし、剣の腕を上げるにはうってつけの環境だと思うんだけどなぁ。
「紅鶴御殿でウチの話を聞いたん?」
「はい」
「そっかぁ。七重隊長やマキさん……紅鶴御殿の皆は元気にしてる?」
「……うん。みんな元気だよ」
コジノさんはしみじみと「それはよか」と呟くと、ポツポツと自身の行動の理由について話し始めた。その口調はぶっきらぼうながら最初に会った時に感じたそっけない印象ではなく、気のおけない友人と話すような柔らかく砕けた感じを受けた。
「サシコちゃん。ウチは剣の強さを求めて紅鶴を出たと聞いたかもしれんけど……それは正確やない。剣士としての強さだけなら紅鶴御殿にいれば身につくばってん、ウチの求める強さは別のところにあるんよ」
剣士としての強さとは……別の強さ?
……え?一体どういう事?
「君とは何故かウマがあう。だから、師匠にしか話していないウチのこと特別に話すけん」
そう言うとコジノさんは自身の生い立ちについて話し始めた。
「ウチは元々ここからずっと西にあるハクオカ王国ってとこの生まれなんやけどね。物心つく頃にはお父もお母も戦争で死んでしまっていて、頼るものもないウチは路上で物乞い同然の暮らしをしてたんよ……」
そこから話された彼女の過去は、壮絶なものだった。
彼女の語った生い立ちをまとめるとこうだ。
ハクオカの町外れで食うか食わざるかの生活をしていた彼女は幼年ながらも盗みや死体からの追い剥ぎ等の悪事にも手を染めていた。ある日、彼女が盗みを働こうとした道行く女性に返り討ちに合いコテンパンにのされてしまったのだという。はじめて女性に負けた彼女は腹を立て、女性の居場所を突き止めると復讐を企んで彼女の住まいである小さな剣術道場に侵入した。そこで女性を待ち伏せて襲うが再び敗北。しかし、その根性を認められると道場の師範でもある女性──累さんというらしい──に拾われ、住み込みで奉公する事になった。彼女はそこでの生活の中で累さんから剣術を学び、女であっても乱世を生き抜く術を身に着けていった。道場での暮らしは安全な寝床はあったものの、経営は厳しく決して楽なものではなかった。しかし、そこでの生活は彼女の人生の中で最良の時間だった。両親が死んで以来、はじめて気を許せる人と暮らしていたからだ。しかし、そんな彼女の幸せな時間も長くは続かなかった。
「ウチが12歳の頃、サイタマ共和国の侵略戦争があった。累さんは故国を守るため兵士として戦って、そして命を落とした……」
う……両親を戦争で失くし、今度は自分を拾ってくれた恩人までも戦争で失くすなんて……
以前、アタシの村が戦火に巻き込まれた事を思い出す。あの時は同盟国の援軍としてきてくれた太刀守殿の部隊が敵を倒して村を救ってくれた。でも、あの時に太刀守殿がきてくれなかったらアタシもコジノさんと同じ境遇になっていてもおかしくなかった……
そう考えると胸がギュっとなる。
「また身寄りのなくなったウチは途方に暮れた。ウチらのような弱き者はただ強き者に奪われ支配されるしかないのか…………いくら剣を覚え抗っても結局負ければ死ぬしかないのか。その時、ふと累さんが死ぬ前に話してくれた事を思い出した。遥か東、フォクシム王国には強き女性たちが兵として集う紅鶴御殿という場所があると……そこでは女性たちが自分たちの身を自分たちの力で守っていると」
その時のコジノさんにとっては紅鶴御殿の噂は生きる希望になったのだという。そして、キリサキ・カイトによる統一が成され、国境がなくなってジャポネシア大陸の自由移動が可能になるとコジノさんは1も2もなく紅鶴御殿のあるアイズサンドリアを目指した。西から東へ千里以上の旅は12歳の女の子にとっては過酷なものであった事は容易に想像できる。しかし、幸か不幸か路上で生きてきた知恵が彼女を生かし、遠くフォクシムの地に辿り着くとすぐに紅鶴御殿に入門。もともと剣術に覚えがあった事もあいまって、彼女はメキメキ頭角を表し、たったの1年で紅鶴御殿の近衛兵へと上り詰めるに至る。しかし……
「確かに紅鶴御殿では剣を教えてもらった。七重隊長や先輩たちには恩がある。でも紅鶴御殿で身につく強さは、守る強さ。負けない強さだった。紅鶴御殿に身を置くうち、ウチの求めてる強さは違うのだと気づいた。ウチの求める強さは奪う強さ。敵を倒す強さ……やられたらやり返す強さだった」
……確かに紅鶴御殿の近衛兵たちはその主目的が巫女たちを守る事である事から、外征や侵攻を想定した戦い方は教えていない。そもそも戦乱の終わったこのご時世、敵を斬り殺すのに特化した剣術などは不要になっていくし、争いの火種にすらなり得る。太刀守殿の受け売りで、アタシも今までそう信じていたけれど……
「七重隊長は確かにウチの憧れる強さを持っていた。戦場を勝ち抜く強さ。斬られる前に敵を斬り伏せる強さ……だけどあの人は決してそういう剣をウチに教えてはくれなかった。そんな時にウチは紅鶴御殿の中で流行っていたある戦士たちの衆道本を目にしたんや」
……うげ!
衆道本てあの男と男がくんずほぐれつする様子を描いたあの破廉恥な本……よね?まさかこの話の流れで衆道本の話が出るなんて……
しかし、次いでコジノさんが口にした人物の名は更にアタシを驚かせる事になった。
「そこに載っていた戦士の名は村雨岩陀歩郎と燕木哲之慎。エドン・サイタマ戦争で活躍した剣士たちだった」




