第90話 転妖の術!
前回のあらすじ:妖怪男・羅蝿籠山を明辻泉綱が撃破!
「ぐ、ぐぅおオオオーーー!!!?」
明辻先輩の秘剣・雨の太刀が直撃すると羅蝿籠山はズタズタに引き裂かれ、技の勢いそのままに木々をなぎ倒してながら茂みまで吹っ飛ばされた。
「いよっしゃ!」
勝負あり!明辻先輩の完勝だ!
実戦から数年以上離れている上、既に三十代も半ばに差し掛かり全盛期の身体能力も失われつつある中、衰えをまったく感じさせる事のない剣技は見事としか言いようがない!
「ふう〜。復帰戦にしちゃ上々だけど、現役の時の7割ってとこかな」
……ふっ!その上、この余裕!流石は明辻先輩!
ため息が出るほどの美しさと強さを併せ持つ、この稀代の女傑ぶりにはまったく、あらためて惚れ直し……ませんッ!いやいや、せん!せんよ、危ない!
この人は既に他の男の妻。かつて彼女に憧れた事は事実だが、サムライにとって不義の恋は御法度だし、ましてその恋心も遠い過去の話だ。今俺が慕うのは彼女ではなく……
「う……」
むっ、茂みからうめき声……!
羅蝿籠山……明辻先輩の大技を受けながらなおも息があるようだな。妖の耐久性がなんとか持ちこたえさせたか……
「……うう、ぐうあぁ!」
傷を負った羅蝿の体からドス黒い煙が立ち上がると、ウツボカズラのような顔がナスのヘタのような髪型の貧相な中年男へと変貌していく。
これは妖化した御庭番十六忍衆を倒した時と同じ妖化の解除か……
「人の姿に戻ったのか」
妖状態で受けた傷は人間体になっても消えない。
羅蝿は命こそ取り留めたがまともには動けない様で、茂みから這い出ようともがいていた。
明辻先輩は能力で周囲に散逸させていた刀身の欠片を柄だけになっていた手元の剣に集約。刀身を再び蛇のように伸ばし、虫の息で這いつくばる羅蝿の首に剣をつきつけて言った。
「羅蝿籠山。兵士の誇りに殉じるならば今すぐ辞世の句を述べるがよい。そうすれば、せめてもの情け。苦しまぬように首を刎ねて介錯してやる……だが、汚名を恐れず、なお生に執着するというならば情報と引き換えに命だけは助けよう」
情報の取引……なるほど、重傷ながら今なお羅蝿に息があるのは先輩がわざと手加減したからか。確かに、こやつには聞きたい事が多くある。
だが、拷問などはせずにあえて死の選択を用意する辺りは実に先輩らしい言い草だ。
この提案に対し、羅蝿は苦苦しげな目で先輩を見上げる。
「無論、嘘があれば斬る」
羅蝿は不服そうな顔を見せるが、「ちっ」と1つ舌打ちすると背に腹は代えられないとばかりに、取引に応じる姿勢を見せた。
「……何が聞きたいっつって」
先輩はつきつけていた剣を引くと、尋問を始めた。
「よろしい。ではまず、その妖化の力についてだ。その力、どのようにして手に入れた?」
「……昔……ある男から伝授されたっつって」
「伝授?妖になる術をか?」
「そう……【転妖の術】……だ…………人と他の生物の持つ呪力の融合……強制進化を促す…………と、その男は言っていた……つって」
おおお、これはとても貴重な情報だ!
【転妖の術】とは陰陽術の一種だろうか?そのような術が開発されていようとは知らなんだが、陰陽術の進化は日進月歩。マキや板岱屋の物体に六行を宿す技術しかり、俺の様ないち剣士には及びもつかない研究がジャポネシアのどこかで日夜行われていると思えば、妖の研究の結果そのような術を開発する者が現れたとしても不思議はない、か。
ん?待てよ、とすればもしや……
「おい!その【転妖の術】を伝授された男とは金鹿……いや、玲於灘瓶中の事か?」
俺は、明辻先輩の尋問に割って入り、羅蝿に疑問を問う。
すると羅蝿は無言で一度頷いてみせた。
……むむ!【転妖の術】とやらの出どころはやはり金鹿馬北斎もとい、玲於灘瓶中!という事は……
「先輩!俺はこいつと同じように、妖の姿に変化した御庭番十六忍衆と戦った事があります!」
「何?それは本当か?」
「はい。こいつらに【転妖の術】とやらを伝授したのが金鹿なら御庭番十六忍衆にも同じく術を施した……そう考えると辻褄が合うんです!」
頭の中で点と点がつながった。
玲於灘瓶中はもともとデグモー神殿で、マガタマの研究をしていたという。マガタマとは(マキの説を信じるなら)六行の源であり、陰陽術とも密接な関係がある。その研究過程で密かに【転妖の術】を開発したというのなら、驚くべき事ではあるが因果関係としては齟齬はないし、自身の傭兵や一時所属していた御庭番十六忍衆に伝授したのも自然の成り行きだろう。
「ただ、俺の見た御庭番十六忍衆の妖化はこやつのものよりも、より巨大で獣の原型に近く、代わりに理性をほとんど失っていました。だから、いかに呪力量や膂力が増大しても、知能の落ちた分、そこまで手強さを感じる事はありませんでしたが……」
理性の有無。そこが御庭番の変身と羅蝿の変身の大きな違いだ。
確かに体格が巨大な分、御庭番の変身の方が力も呪力量も上だ。しかし、理性がない分戦略面では大きく劣り、どちらかと言えば人間の体格と知性を残しつつ変身していた羅蝿の変身に驚異を覚える。
より改良された術を羅蝿に施したというのなら、分かるが……
①妖のような姿で戦うという幻砂楼の遊民の噂はキリサキ・カイトによるジャポネシアの統一前(5年以上前)からあった。
②金鹿が御庭番十六忍衆になったのは、少なくとも俺が旧エドンを去った後。(5年以内)
上記①②の時系列を整理すれば、御庭番の奴等に術を施した時期の方が後という事になる。であれば、後の時期に施したであろう御庭番への術の方が完成度が上となっていた方が自然だが……
「いや、そういう事なら金鹿はわざと中途半端に【転妖の術】を使ったとも考えられな。金鹿は御庭番加入時から既にマガタマを奪って逃げる事を計画していたのだろう。私なら敵対する可能性のある相手にはむしろ弱点となる要素を作っておくな」
……ああ、そうか。
御庭番級の使い手にとって理性を失う妖化は、技の練度も落ちるし暴走の危険も孕む事から致命的な弱点にもなりうる。
そこまで計算して術を施したのだとすると金鹿馬北斎という男、相当に頭がキレるな。計画も万事周到に準備していたのだろう。"御珠守"に列せられる陰陽術の実力を併せて考えればこの任務、想像以上に過酷なものになるやもしれんな……
「……話がそれてしまったな。質問を続けよう。此度の件に関わる貴様たち幻砂楼の遊民の戦力はいかほどだ?」
「…………アッシを含めて……総勢21……」
「その全員が妖化を使えるのか?」
「……ああ」
「その中に……三池乱十郎もいるか?」
「ああ、お頭もいるっつって」
やはり、あの戦国七剣・三池乱十郎も敵の戦力か!
"御珠守"と"戦国七剣"……この2枚が揃う敵の兵力は軍の一個師団にも匹敵する。無論、今回の任務の主目的はマガタマの奪還。敵戦力すべてを殲滅する必要はないが、俺と先輩だけで正攻法で戦うのは難しいだろうな……さて、どうしたものか。
「ハァ、ハァ……おい、もう良いだろう。そろそろ、解放してくれっつって……」
羅蝿が懇願するように言う。確かに、そろそろ解放してやって傷の手当をしに行かなければ、取引の甲斐もなく死んでしまうかもしれない。
「では、最後の質問だ。これを答えれば貴様は自由だ」
「……」
「金鹿の拠点はどこにある?」
おお、そうだ。そこを聞かなければ意味がない。
斥候の男は拠点の場所を話す前に死亡してしまった。
いかに相手の戦力が分かっていても敵の居場所が分からねば戦いようがないのだから、この情報を聞き出すのは必須だ。
「……ぐぐ…………そ、それは……ボソボソ」
羅蝿は消え入りそうな小さな声で答えるが、肝心の部分が聞き取れない。
「なんだって?」
「さっ……きも……言…………こ……れで3度目……」
「聞こえないぞ。はっきり答えろ」
声の遠い羅蝿に俺と明辻先輩は近づき、言葉を聞き取ろうとする。
「さ、さっきも…………い、言ったはず……死ぬ人間には……何を話しても無駄だっつって!!」
「「何ぃ!?」」
羅蝿が啖呵を切ると同時に口から何か小さい玉のようなものを吐き出した!




